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夕日は瞳の奥に  作者: ぬりえ
第七章
39/163

三、

 拓真の実技講義以外は、地震発生から約二十分後、安全が確認されて再開された。集まっていた野次馬と警備隊員、執行部員たちもそれぞれ三限の予定に戻っていく。

 ドームに残されたのは、碧以外のガーディアンズメンバー一同だ。碧は温室の被害を確認と薬草学の準備が終わってから集合することになっている。

「すまない、大事になってしまって」

「まあ、学外に影響はなかったみたいですし、地面も直せますからいいのではありませんか」

 苦笑いを浮かべながら謝る拓真に、一水(かずみ)はとりあえず問題はない、といった体でフォローする。

 さらと弦矢は気の言伝で情報のやりとりを繰り返していたため、少し疲れた顔をしている。

 学長からの連絡もあった。今回の地震の件は、故意に行われたものではなく、学外への直接的な影響も少ない。学園の敷地に張り巡らされている結界により、学外では地震の観測はされていないようだ。

 ただしこれは学外での話。学内ではそこそこ影響があった。そこで、地面の状態を戻すことを条件に、地震の件については簡易な注意で済まされることとなった。学園としても、これほど大きな魔力を持ち、十分に発揮できる学生がいることは誇らしいことだ。これにより他の学生の士気が高まることに期待しているとも思われる。罰は最小限に控える形になったようだ。


「とりあえず、地面の傷跡を残さず直せってことですよね」

 力のコントロールの不備ということで、拓真が厳重注意以上の罰則を与えられるのではないかと心配していたフジは、学長の寛容な決定に安堵した。土の長だからこそ、問題を起こした場合の責任は大きい。学長が出してきた条件は、それほど難しいものではないが、簡単ともいえない技術だ。

「では、さっそくやるとするか」

「できる限り、少ない量から力を出してくださいね」

 始めようとした拓真を、ある声が制止させる。碧だった。すべき仕事を済ませ、急いできたのだろう。ふぅふぅと息があがっている。

「碧さん! すみません、間に合いませんでした……」

 しょぼん、と萎れるほのかに碧が優しく声をかける。

「ほのかちゃんのせいじゃないよ。私が昨日、伝えるべきだったんだから、非があるのは私。あんなに走らせちゃってごめんね。みなさんも、申し訳ありませんでした。ご迷惑をおかけして……」

 地震の直後、一番に駆けつけた受講者以外の学生はほのかだった。その理由は本人から聞いていたため、ほのかが碧に謝る理由を尋ねる者はいない。

 だが、碧に謝られた一同は、なんと答えるべきか決めかねていた。伝えるべきことを伝えなかった、といえばたしかに碧に非があるのだが、ヒーリングを否定していると碧に捉えられてしまうかもしれない。だからといって、拓真も碧を責めるべきではない。

「いや、非は自分にある。冷静に考えれば、昨夜や今日の状態で全力を出したらどうなるか、わかったはずだ。だが、身体も心も軽い状態で自分の力を試してみたい、という誘惑に勝てなかった」

 その結果がこのありさまだ。

 自分も気を付けよう、とほのかはそっと心に誓う。

「もう一度言う。非があるのは自分だ。碧さんではない。謝らないでくれ」

 まっすぐに拓真に見つめられ、根負けした碧が「はい」と返事した。拓真はふっと口元に笑みを浮かべた。

「よし、今度こそ、修復を始めるか。初めは力を抑えながら……ですかな、先生?」

 いたずらっぽく拓真は碧に視線を向ける。

 拓真は誰に何に対しても生真面目な堅い印象があった。今のようなおちゃめなところを見るのは初めてで、樹は内心驚いていた。もしかしたらこの人は、自分が考えているよりももっと、フランクな人なのかもしれない。今の顔を見ることができたのは、拓真への圧力がヒーリングによって抜けたことによるものか。

 拓真のいう“先生”が、自分だということに数秒遅れて気付いた碧は、大きな目をさらに見開く。

「へ、あ、はい、ゆっくりと、少しずつ、流し込んでください。調節しながら、広がるようなイメージで」

 なんとか返事をした碧に、「先生だって~」とほのかが絡んでいる。碧は、「もう、やめてよぉ」と言いながらも嫌な顔はしていない。恥ずかしそうだ。


「弦矢、学内には普段どおり学生がいるんだよな」

「はい、普段どおりです。修復を行うために地面に魔力が流れることだけはアナウンスしてあります」

 三限、講義も再開され、講義がない学生も学内をうろついている。大きくひび割れたところにこそ近寄っていなくても、地面の上には人がいるのだ。修復があることは伝えなければならない。それができているかという確認だった。それ以上の確認をしないのは、弦矢を信頼している表れでもある。

 拓真以外のメンバーも、そのまま拓真のまわりに立ったままだ。この乱れた地面がどんなふうに修復されていくのか、緊張と好奇心が伝わってくる。

 拓真は息を吐き、しゃがみこんでそっと地面に手を当てた。

 目を閉じる。

 始まる、と思った直後、魔力が拓真を中心にして流れ出した。

 円形に、魔力が波紋となって広がっていく。

 ドーム内の大きく盛り上がった亀裂がゆっくりと閉じ、平らになっていく。そしてドームの外へもその力は広がっていく。自分たちが立つ地面が変化しているというのに、違和感をかんじさせないなめらかな修復。揺れもなく、だがぴしっ、きしっと時折音を立て、地面が地震前の状態へと戻っていく。


 しばらくして、拓真は地面から手を放した。そして、メンバーを見て微笑んだ。

 終えたことへの合図というより、どうだ、とでも言っているような表情だ。拓真の気持ちの良い笑顔に、樹たちは称賛の拍手を贈ったのだった。

 ドーム内はすっかり元どおりになっている。しかし外はわからない。さっきの拓真の表情を見れば、外まできれいになっていることは疑いようもないのだが、一応手分けして外の状況も手分けして確認することになった。

 樹は感嘆の声しか出なかった。ドームへ来るまでに何本も入っていた地面の亀裂はすっかりなくなって、なめらかになっている。細いひび割れまで消えていた。

 もう一度集合し、報告し合ったところ、地震による地面の亀裂などはもう見られなかったそうだ。ただ、芝生や植物が生息していたところは、それらに線状の間ができているため、手入れが必要だ。

「仕事を増やしてしまって悪いな」

「いえ、それが私の仕事ですので」

 植物の手入れは碧が行う。すぐに線が入っている部分が見えなくなることだろう。

 図書館の本などの落下物や転倒したものなどは、その場にいた学生や先生がもとに戻しているだろうが、拓真は学内をまわってきちんと戻されているか確認にいくという。このようなどこまでも気を抜かず、真面目できっちりとしたところが、拓真らしさのひとつだと樹は思う。また、彼なりの落とし前といったところなのかもしれない。


 一週間ほどで拓真は学内全体の確認を終えたそうだ。風の寮で転がった岩は魔法で崩し地面と同化させたり、落下によりひびのいった物の物質強化を行ったり。

 芝生なども寒い中すっかり回復していた。

 あれ。

 樹はひとつ気にかかった。

 地震が起きて土のドームまで走ったとき、療養室の前の原っぱも通った。でも、療養室の周辺には地震による地面のひび割れなど見られなかったような気がする。水の領にまで小さくはあるがひびは届いているのに、土の領と水の領の境目にある療養室の周辺に被害がないのはおかしいいのではないか。

 現在は他の場所でも植物は元気に育ちひびでできた線は消えている。療養室周辺に被害があったかなかったのか、もう確認しようもない。

 でも、もし被害がなかったのだとしたら。

 もしかして妖精たちが守ってくれたとか……?

 そんな考えが頭をよぎる。

「まさか」

 樹は自分で自分の考えを否定する。こんなメルヘンチックな話を一水にしようものなら、またからかわれてしまう。

 今の考えは、自分の中だけにしまっておくことにした。

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