五、
「うーん! 明日が待ち遠しい! あたしも早くヒーリング受けたい!」
火の寮に向かいながらほのかがこらえきれないといった様子で声を上げる。
「ヒーリングは魔力のコントロールにも効果があるそうだぞ。でもほのか、おまえ何か悩みがあるのか?」
姉として妹のことは心配だ。紅葉は軽い口調ながらも表情は心配そうである。
「あたしだって悩みくらいあるよ!」
「それは私には話しにくいことなのか?」
誘拐事件のとき、ほのかは力のコントロールがうまくいかないことに悩んでいた。姉として力になりたい、同じようなことがあってはならない、という思いから、相談ならまず自分にしてほしいと思ってしまう。
「そんなことないよ」
実にさらりとした返答、しかも即答だ。
「それなら私に相談してくれれば」
ほのかは少し気まずそうな様子になった。
「記念式典で着るドレスのこと」
もちろんお姉ちゃんの意見も聞くつもりだったよぉ、と付け加えた。
「ぶっ」
紅葉が吹き出す。
「なによ、すごく真剣に悩んでるのに!」
「すまない」
「考えすぎた私がばかだった」「ちょっと、それどういう意味?!」――と姉妹喧嘩が始まる。
紅葉としてはこの程度の悩みで安心である。ただドレスのことでそこまで真剣に悩む妹を可愛くも思った。
一水は少し離れた位置から軽口をたたき合う姉妹を見守る。自分も、数少ない素の自分を表すことのできるあいつに、必要なときは話を聞いてもらおう。碧の療養室の予約をとってもいいな、と考えていた。
「まぁ、なにかあったら何でも聞くからな」
「お姉ちゃんこそ。恋の悩みでもなんでも聞くよ!」
「おまえ!」
さっきの仕返しと言わんばかりににたりとほのかが笑う。また言い合いが始まった。とても微笑ましい光景だ。くくっ、とつい笑い声を漏らしてしまう。
「そういえば、碧は怪我や病気は治せるのか? 今日見たかんじだと、力の循環を円滑にしながらカウンセリングをしているという印象だったが」
「あ、それね、あたしも気になって前に聞いてみたんだ。なんかね、小さな傷程度なら、その場で治すことはできて、それ以外でも怪我の回復を早くしたりはできるらしいよ」
しかし病は別らしい。風邪や熱は回復を早めることができるが、病気そのものを治すことは難しいということだ。ただ、軽くしたり、楽にしたりならできるという。
「だから、病気の場合は心のケアが中心なんだって。心は体と密接につながってるって言ってたもんね」
「そうなのか」
紅葉はほのかの説明に、へぇ、と納得した様子だったが、一水は引っかかるものがあった。
病気を治すことは“難しい”という言い回し。ということは、できないわけではない、と解釈もできる。いや、実際にはできるのではないか。だが、わざわざ“難しい”と表現しているあたり、なにか理由があるのだろう。
水の女王様にも無理に碧の事情を聴きだすことはしないと約束している。あまり詮索するのはやめておこう、と一水は思った。
火の寮までは、ほとんど紅葉とほのかの口喧嘩を聞いているだけだった。ほのかは紅葉と一水に挨拶すると、寮の中へと入っていく。
「私がいるんだから、ほのかも有能だし、付き添いなんていらなかったんだぞ。でも、その……一応礼は言っておく。ありがとな」
おやすみ、と言いきる前に、紅葉は火の宮の扉を閉めた。幼馴染だから、声色だけで照れているのがわかってしまう。
「俺も帰るか」
くるりと踵を返し、水の領へ歩き出すと、がちゃりと後ろで扉が開く音がした。
「お前も気をつけろよ」
ぱたん。
すぐに扉が閉まる。
「素直じゃないなぁ」
夜空に一水のひとり言が吸い込まれていく。その口元は弧を描いていた。
一方、ヒーリングを受けた拓真とフジは、ややゆっくりめに寮まで歩いていた。療養室から土の寮までは他に比べて近い。拓真が余韻に浸りたいのか、いつものどしどしした歩調ではなく、ゆったりと進んでいるのだ。フジも聞きたいことがあったが、なかなか話を切り出せずにいた。もともと寡黙な拓真に、どう話しかければいいのだろう。
「フジ、お前、ヒーリングの感想を聞きたいのだろう」
すべてお見通し、ということか。フジは素直にはい、と返事する。
「とても心地よい時間だった。見られているのなんて気にならないくらいにな。本格的にやってもらえばより効果があると聞くと……これは予約するしかないな」
でも時間がなぁ、と忙しい拓真はぼやく。
「具体的に、どんな感覚なんですか?」
「ああ、最初のあの、碧いわくおまじないとやらで、ふっと身体の力が抜けた気がした。魔力が抜けたというよりも、悪いものが外に出ていくような感覚だな」
フジは拓真の話に耳を傾ける。
「マッサージはもみほぐしってやつなのか? 力張っていた塊が溶けていく、そんな感じだ。あとで肩が一番凝っていると言われてしまったよ。肩の力を抜け、と。意味は二つありそうだな」
自嘲気味に拓真が笑う。あの拓真が、自然に笑っている。
「あのお茶や香りの効果もあったんだろう、安心感もあった。心の中を打ち明けられるというかだな」
うまく表現できなくて悪いな、と拓真が加える。普段口数が少ないのは、感じたことを口にするのが苦手だという理由もあるのかもしれない。
「碧さんに張りつめすぎていると指摘されたときは、はっとした。自分でもうすうす感じていたからな。俺には土の長として皆を率い、学園に貢献する義務がある。“影”の気配を敏感に感じ取れるように、意識的に気を張っていた。そのせいか、最近は身体が重かったんだ。少しずつ疲れが重なって、身体と精神両方に影響が出たんだろう」
肩や首をまわし、軽くなった身体を感じ取っている。それをやめると、拓真は続ける。
「だが俺は土の長だ。弱音を吐くわけにはいかん。それを悟られることもあってはならない、そう思っていた」
「そんなことありません!」
フジが拓真の言葉を否定する。
「拓真さんは、強く優しい心と頑丈な責任感をお持ちです。だから、自分たちは厚い信頼を拓真さんに向けているんです」
「わかっている。だからこそだな」
「わかっていません! もっと自分たちを頼ってください! 気持ちの共有は、さらなる団結を生み出します。あなたを支えたいと、皆が強い意志を持てるようになるんです! 碧さんも言っていたでしょう? ひとりで抱え込みすぎだと」
「フジ……」
「そんなに、自分は頼りないですか」
フジは哀しげだ。それを見て、拓真は自分の責任感ゆえの頑固さが、ときに人を悲しませる結果となることを悟った。
「悪かった。フジのことは頼りにしている。だからこそ、ガーディアンズに選んだんだ。それはわかってくれ。相談事は、まずおまえにする」
フジは顔をほころばせる。こんな言葉だけで、人を喜ばせることができるということも、実感した。今の約束は、行動に移さねば。
「自分の弱い部分を人に見せるということに、恥を感じていたのかもしれない。俺は」
「拓真さんも、一皮むけたってことですね」
その言い方に、拓真は苦笑する。
「ああ、拓真さんの最初の相談相手、碧さんに取られちまった」
フジは心底悔しそうだ。
だがあれは、しようとしてした相談ではない。つい口から出てしまった、というのが正しい。悔しがる必要はないのだ。
「それについては、謝罪になるかはわからんが、明日俺の実技を見せてやろう。見学許可はとっておく。今、体中にエネルギーが満ちているのを感じているんだ。明日の実技で、俺の全力を出して記録を更新してやろう」
拓真は不敵な笑みを浮かべる。
いつもの拓真だが、ちょっと変わった、とフジは矛盾した気持ちになった。
横に歩く大きな身体。少しでも近づいてみせる。
突き刺してくる月光を見上げてフジは決意した。




