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夕日は瞳の奥に  作者: ぬりえ
第六章
33/163

三、

 少し準備が必要ということで、碧は療養室へ向かう。その間、一同はパーティの後片付け。ちょうど片づけが終わった頃に、声がかかった。

「お待たせしました。中へお入りください」

 聞いてはいたのだが、療養室の中は簡素で狭いとも感じられる。扉に入った向こうには窓があり、碧が使うのであろう机と椅子、薬を保管する棚が入って右側奥から壁に向かって並べられている。

 左側には患者用のベッドと椅子。すべてが木製で、落ち着いた雰囲気だ。心休まる空間にするための心配りなのだろう。

 基本的に一対一でヒーリングは行われるため、碧と拓真プラス七人が同席すれば、狭く感じてしまうのは当たり前のことだった。この部屋に二人ならば、近すぎず遠すぎず、ちょうどいい距離を置いて話ができ、狭くも広くもない空間に、寮の自室にいるような感覚になれるだろう。


 療養室に入ると、懐かしいような、土と草の香りが鼻をくすぐった。

 一度、どこかで……。

 樹が記憶を探っていると、「拓真さんはこちらへ」と碧がベッドへ案内した。

「本来ならば椅子に座っていただくのですが、申し訳ありません、数が足りないもので。ベッドに腰掛けていただけますか?」

 室内にある椅子は、碧用と患者用、予備の三脚。拓真がベッドに腰を掛けると、隣に置かれた予備用の椅子に他の三人の長が収まった。残る四人は後ろに立って見学だ。室内はぱんぱんになった。

 立たせてしまって申し訳ありません、と謝る碧だが、そもそも一対一を前提に作られた療養室に九人がいるのだから、そんなこと気にする者はいない。謝るべきは、突然大人数で押しかけたこちらのほうだ。


「では、始めさせていただきますね」

 皆の表情がほんの一瞬引き締まる。

「本来ならば、初診の方にはカウンセリングをしてから施術するのですが、今回は時間の関係もありますし、拓真さんのことはこれまでで少し知っていることもありますので、割愛させていただきます。施術前にはお茶も飲んでいただくのですが、それはさっきのハーブティーに替えさせてもらいますね」

 碧は基本的に、患者である拓真に対し話しかける。

 ちらっとほのかを見て、「本当のヒーリングはほのかさんが一番になります」と言うと、ほのかは嬉しそうに頷いた。

「拓真さんは土の属性をお持ちなので、緑や土を感じられるアロマキャンドルをご用意しました。ご気分はいかがですか?」

「とても良い。張っていた糸がほぐれていくようだ」

「力を抜いた状態の方がヒーリングの効果は大きくなるので、その人に合うキャンドルを点けることにしています」

「ほう」

 最初に会話をしながらお茶を飲み、リラックスした状態にする。それから施術に入る。あくまで拓真に対して話を進める碧だが、ちょこちょこ説明を入れてくれる。これは他の人にも理解を深めてもらうためだろう。彼女の細やかな配慮が感じられる。


「失礼します」

 と、碧は左手を拓真の額へ当てる。息を吐いてください、と声をかけられ、拓真が口からゆっくりと息を吐くのと同時に、右手を背中の下から上へとなでていく。誘拐事件の際、紅葉にしたのと同じ動作だ。

「全身の力が抜けたみたいだ」

 普段は固い岩のように感じる拓真の雰囲気が、やわらかくなったように思える。

「普段から無意識に気を張りすぎている面があるようですね。“土”とはいえ、堅いだけではありませんから、別の面も開拓してみてはいかがですか?」

 樹には碧の言う意味があまり理解できなかった。しかし当の拓真は虚を突かれたような顔つきをしている。心当たりがあるのだろうか。

 碧は拓真に話しかけながら、前から首や肩、腕をマッサージしていく。本当は椅子に座ってもらって後ろからするのだろう。

 碧の問いかけに、拓真は相槌を打ったり答えたり、どんどん身体の力が抜けていくようにみえる。

 話しながらも、碧は手を止めることはない。途中から拓真は目をつむり、碧に身体をゆだねている。


 一通り腕までのマッサージを終えると、碧は拓真にベッドにうつぶせに寝るようにお願いした。

 拓真は体格が良い。ごろんと横になると、ベッドが小さく見えた。

「今回は、服の上から施術させていただきますね」

 お湯で手を温めて碧が言う。

「普通なら、服の上からはしないものなのか?」

 うつぶせ状態のため、拓真の声がくぐもっている。

「あ、いえ、本来ならば直接肌に触れたほうがより効果はあるのですが、初めてですし、その……」

「一目は気にしなくていい。一番効果のある状態でやってほしい」

「かしこまりました」

 碧の言わんとすることを感じ取ったのだろう。希望を伝えてくる。

 直接肌に触れるということは、服を脱ぐか、少なくともまくり上げる必要がある。あとは服の下に手を入れるか、だ。碧はそれを気にしていたのだ。今夜の拓真は冬の装いでぴちっとしたセーターを着込んでいる。服の下に手を入れることもできない。つまり、脱いでもらうしかないのだ。

「いい身体してますね……」

 上半身の服を脱いでまたうつぶせになった拓真を見て、ほう、感嘆の声がもれる。

 そのとおり、拓真はたくましい体つきをしていた。

 “体格が良い”といってももともと大柄な骨格にほどよく筋肉がつき、引き締まった体つき。同じ男として、細身の樹はうらやましく思ってしまう。

 碧の言葉に、拓真は少し恥ずかしそうに横向きの顔を伏せると、続けてくれ、と頼んだ。

 碧は施術を再開する。手を温め直し、手にアロマオイルを塗りこむと、拓真の首の後ろからマッサージを行う。

「使用するオイルなどはすべて自然の素材なので、人の身体になじみ、浸透しやすいんです」

 ちなみに女性の場合で直接肌に触れるときは、大きめのシャツに着替えてもらうか、着ていた服のままで下に手を入れる形となるらしい。希望があれば、肌を見せてもらって状態をチェックするとのことだ。


「拓真さん、常に魔力を込めた状態でいるのではありませんか?」

 肩から背中にかけて手を動かしながら、碧が聞く。

「……どうしてそう思う?」

「リラックスしている状態にあるはずなのに、身体に緊張と、魔力という意味での力が残っているのがわかります。ご自身では休んでいるつもりでも、身体も心も完全には休めていない状況に普段からなっているんです」

 拓真は何も答えない。碧は続ける。

「土の長としての責任感と、最近の事件による警戒心がそうさているのではありませんか? というより、自分でも少し気付いているのでは? 休めていないことに。でも、そんな拓真さんの責任感の強さが、頼れる人物として学生さんたちの信頼をよんでいるのでしょうね」

 碧は優しく語る。

「でも、すべてを抱える必要はないと思いますよ? 土の領の学生さんたちは、頼ってもらえれば喜んで応えてくれます。それくらい、拓真さんの影響力は大きくて、拓真さんに対する信頼は厚いと私にはみえます。信頼している相手に頼られるのは嬉しいことですから、頼られた学生さんははりきりすぎてしまうかもしれませんね」

 背中にまたがらせていただいてもよろしいですか、と碧が問う。構わない、と返事がきた。身体の大きな拓真だと、ベッドの横からマッサージを行うのは難しいのだろう。

 では失礼します、と碧は拓真の背にまたがるようにベッドに乗る。背中から腰にかけて、もみほぐしていく。

「そうかもしれない。いや、そうだな。ずっと気を張っている。最近は、特に」

 碧は手を動かし続ける。拓真の言葉がひとり言に思えるほどだ。

「土の領になにかあったら困る。もちろん他も同じだが。長という立場で、皆を護れなかったら……そう考えると、つい身体に力が入ってしまうんだ。見たことのない相手と対峙したとき、自分に何ができるのか」

 心配で仕方がない、と拓真が言う。

 いつも堂々としている拓真が、こんな消極的、悲観的なことを考えていたとは思ってもいなかった。少なくとも樹は、これまで彼が弱音を吐くところを聞いたことはない。いつもどんと構えている拓真の隠れた顔を、初めて知った。

 自ら心の奥底にあるものを語らせる。これもヒーリングのなせる業なのだろうか。

「たまには、土の領生の方々にもその気持ちを伝えてみたらいかがですか? 少なくともここにいる方々は今の話を聞いて、強がりな拓真さんを心配していますよ。本音を伝えてもらえると、嬉しく感じるものです。ぜひ、他の方々にも」

 見学中の七人は、柔らかい笑みを浮かべている。拓真にその表情が見えているかはわからないが、きっとうつぶせの拓真の顔は、わずかにほころんでいるだろう。

「まぁ、それも……考えるか」

「考えるではなく、実行してくださいね」

 ふっと笑うように拓真が小さく息を吐いた。最初はまだ力があった気がする大きな背中から、力が抜けていったように思った。

「眠たくなったら、寝てくださいね」

 碧は拓真の背から降りると、蒸しタオルを目にかぶせる。うつぶせなのでかぶせるいうより頭にかけて巻きつけるといった方が正しいか。そして同じく蒸しタオルで背中のオイルをふき取り、また別のクリームを塗りこんでマッサージを続ける。

「ヒーリングは、傷を治すとか、病気を治すとか、そんな意味で捉えられています。でも私は、心の緊張をほぐす、カウンセリングのような内容でこの療養室をやっていきたいと思っています。良い意味でも、悪い意味でも、心も負荷となっているものを少しでも取り除くことで、今以上の力を発揮できるようにしたいんです。心は身体とつながっています。心癒される環境と身体の癒しを提供するのが、私の目標です」

 わずかに声を小さく、和らげて目標を話す。その間にも碧は手を動かすのを止めることはない。なめらかな動き。


 これでおしまいにしましょう、と碧が声をかける。

「ありがとう」

 ずっと動かず声も出さなかったため、樹は拓真が寝てしまったものだと思っていたが、きちんと碧の話を聞いていたらしい。礼を言うと、少し横を向いて服を着始める。

「お試しということで、簡単になってしまいましたが……いかがでしたか?」

「気持ち良かった。これがお試しなら、本格的な施術を受けてみたい。身体がとても軽くなって、なにより気分がいい」

 言葉どおり、拓真の顔は晴れやかだった。いい意味で、表情が緩んでいる。いつもこんな顔していればもっと近寄りやすくなるのに、と樹は思った。

 そのときはよろしく頼む、という拓真の言葉に、お待ちしています、と碧はにこやかに答えた。

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