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夕日は瞳の奥に  作者: ぬりえ
第六章
31/163

一、

早朝、まだ薄暗い時間に、警備隊員の朝は始まる。

風が強く、冷たい。もう冬なのだと、あらためて感じる。

十一月というとまだ秋のイメージなのだが、美しく萌えていた紅葉は枯葉となって落ち、木の枝が寂しい。今年は色々あって、時間が過ぎるのが悪い意味で遅かったため、冬を感じていることに違和感を覚える。


 襟を立て、風の侵入を防ぎながら、今日のパトロールの相棒を待つ。懐中電灯を持つ手はかじかんで赤くなり、耳の感覚もなくなってきている。

「おはよう、樹。待ったか?」

 聞きなれた声の主は一水(かずみ)だ。今朝の相棒である。

 先輩よりも早く到着するのはマナーだと考えている。実際、樹は一水よりも五分以上先に待ち合わせ場所に到着していた。

「おはようございます。いいえ、そんなに待ってません」

 そう答えると、一水はそうか、と歩き出す。それに樹は続く。

「寒くなりましたね」

「そうだな。すぐに本格的な冬がくるぞ」

 簡単な会話を交わしながら、水の領の隅々まで見回っていく。警備強化中は二人組のうちひとりは別の領の警備隊員のはずなのだが、一水は水の長なので相棒を好きに選んでいた。職権乱用というやつである。


 変わったことはないか、よく観察する。警備強化になってから人にしか気をかけてこなかったが、誘拐事件、竜巻事件があったことをきっかけに、周囲の雰囲気や物の位置等、細かいことまで気を配るようにしている。まだこの時間は部活の朝練があるとしても外に出ている学生はまずいないので、朝は人以外のことに気をかけやすい時間でもある。

 陽が昇ってくる。

視界に人工的ではない自然の光が入り、冬の澄んだ空気が煌めく。冬はこの光景が見られるのが、早朝パトロールのいいところだ。朝の光でも、“あの日”のことを思いだす。ほんのり心が温まる。

「お天道様の力は偉大ですね」

「まったくだ」

 ひゅう、と冷たい風が吹き付けた。せっかく温かみを感じていたのに。

「空気は冷たいですけど」

 付け加えると、ふっと鼻で笑う声が聞こえた。

「空気を温めればいいじゃないか」

 その言葉にむっとする。火の力で寒さを感じないよう周りの空気の温度を調節すればいい、と言っているのだ。

「火の力はなるべく使わないようにしているんです、ご存知でしょう! そもそも自分は水の領生です」

 気分を害したことを隠さずに強めの口調で言い返す。一水はそんな樹の心情など微塵も気にしていない様子だ。

「それでは火の力の精度が下がるぞ。せっかく二つの属性を持ち合わせているんだ。うまく使わなければそれこそ力の持ち腐れだ。有効に活用しろよ」

 一水は樹が火の力をなるべく使わないようにしていることを知ったうえで、使うようにこうして諭してくる。隠しているのには入学直後の苦々しい経験があってなのだ。一水が自分のことを思って声をかけてくれているのはわかっている。使わなければ精度が落ちるのは定かではないが、少なくとも技術は上がらない。

「生身で、自然のエネルギーを感じていたいんです」

 なんとか言い訳をしておく。しかしこれも嘘ではない。事件前は自然のバランスが崩れたり、植物に異常が出たりしていた。今の自分は碧のように妖精や精霊は見えないが、能力をなるべく使わずに自然体でいることで、何か感じ取れることがあるのではないかと考えている。

「そうだな。だが、もう一つの力も、訓練を怠るなよ」

 一水も樹の事情を知っているため、それ以上は言及してこない。



 もう一つの力とは、もちろん“火”の力のことだ。この内容の会話をした最後は、必ずそう言われる。

だが今日は、その言い方に重さを感じた。ちらりと一水を窺い見るも、一水はいつもと変わりない。訝しくは思ったが、何かあったのか、と聞くことはなぜかできなかった。はい、とだけ口にしておいた。

 そのまま無言でパトロールを続ける。なんとなく気まずく感じているのは自分だけだろうか。

そんなとき、水の領の外れ、土の領との境目の空き地に碧がいるのを見つけた。こんなに早くから仕事をしているのか。

向こうもこちらに気付いたようで、「おはようございます」と大きな声で言うと、ぺこりと頭を下げた。作業着にバンダナといういつもの服装と、両腕にはたくさんの草が抱えられている。きっと講義の準備をしているのだろう。

 一水は右手を軽く上げ、樹は頭を下げることで碧の挨拶に答えた。

「仕事は順調らしいな。さて、そろそろ俺たちもあがるか。帰るぞ」

「あ、はい」

 声をかけてもらったことにほっとした。あのまま無言だったらやはり気まずい。

 ここまでくれば水の領ほぼ一周だ。寮に戻っていく。

「寒いのによくやってくれてるよな。自宅を出るの何時なんだろう」

 一水も樹も、碧の個人情報はほとんど知らない。“妖精の森”で育てられたと打ち明けられたこともあり、そういったことを聞くのがどうしてもはばかられてしまうのだ。

「俺たちがパトロールを始める頃には学内にいるんだろうな。夜遅くに見かけることもある。労働基準法の違反になりそうだ」

「うちの学園はブラック企業ですか」

 樹がつっこみを入れると、一水が吹き出した。涙を軽く拭いながら言葉を返してくる。

「まぁ、早朝や夜更けでないと扱えない薬草もあるみたいだ。冬になって花は減っても冬越えの準備もあるだろうから、仕方ない。十二月に心身療養室もオープンだ。何かと忙しいだろうが……本人は活き活きしているし、とりあえず問題ないんじゃないか」

 たしかに、碧は学内で仕事を始めた当初よりも楽しそうに見える。


「そういえば心身療養室はさっき会ったところに建てられるんですよね。水と土の領生はともかく、風と火の領生には少し遠いですね」

 さっき碧がいたところではもともと、彼女が様々な植物を育てていて、森林の中の空き地ということで心安らぐ場所でもある。温室も近く、碧にとっても仕事がしやすいということで、療養室の設置はそこに決められた。

「気持ちのいい場所だ。森林セラピーのリラックス効果も期待できそうだ」

 森の奥にある開けた場所。懐かしい光景が脳内に浮かぶ。

「今度さらを誘って見に行ったらどうだ。二人で」

 二人で、の部分をやけに強調して言ってくる。

「あの事件の後、お前とさらの距離が縮まったという噂がガーディアンズの中で流れてるぞ。風や水の領で二人でいるとか、紅葉のなかを散策とか」

 愉快に話す一水を樹は睨みつける。


 あの事件後は、“影”が関係してそうな事件は起きていない。平穏な日々だ。

警備強化は継続されたままのため、パトロールは同じように行われているが、生活に目立った変化はない。変わったといえば、さらとの距離だった。

 竜巻事件の後、さらは樹の姿を見ると積極的に話しかけてくれるようになった。それまでは自分が緊張してしまうことや周囲の目もあるため、お辞儀をする程度のコミュニケーションだった。さらのほうからわざわざ話しかけてくることはほぼなかったのだ。

 最初はさらを呪縛から解放したことに対するさらなりのお礼かなにかなのだと思っていたのだが、パトロールが終わり相棒と別れたあとや、集会の解散後など、他愛もない話をしながら二人でいる機会が増えた。もちろん樹にとっては嬉しい変化だ。

もしかして、もしかするかも、とにわかな期待すらちらついてしまうくらいに。

とはいっても、二人でとはいえすぐ近くに必ず誰かがいる。学生はもちろん、パトロールの相棒、ガーディアンズのメンバー。本物の“二人きり”になったことはほんの数回だ。ただ、ガーディアンズの中で噂が流れているということは、この距離感の違いを感じ取っているのが自分だけではないということだ。さらのファンは大勢いるし、ある意味、気を付けなければならない。


「で、どうなんだ?」

「どうって」

「告白くらいしたのか?」

「してません!!」

 即答で否定する。

自分はあなたほど女性慣れしていません、と言いたいのをどうにか飲みこんだ。

「ま、うまくやれよ」

 ぽん、と樹の肩を叩くと一水は手をひらひらさせて水の宮へ入っていく。いつのまにか寮の入り口まで来ていた。

「さっきは悪かったな」

 扉が閉まる寸前に聞こえた。

 樹は一水のいう“さっき”と思われるときと同じように、はい、とだけ返事をするしかできなかった。


 やっぱり何かあったのだろうか。いつもこちらが話を聞いてもらうばかりで、一水の心境を聞いたことはろくにない。

 今度は一水の話を聞かせてもらおう。

そしてぽん、と肩を叩いてやろう、と樹は思った。

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