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夕日は瞳の奥に  作者: ぬりえ
第五章
30/163

九、

 紅葉(くれは)と弦矢がいつのまにか消えて、一水(かずみ)とほのかが話しているのを傍観中の樹。

 そろそろ一水を置いて帰ってしまおうか、と、ふあぁ、とあくびしながら考えているところだった。

「樹さんはどうなんですか?」

 ほのかにいきなり水を向けられる。

「え?」

「ちょっとぉ、聞いてなかったんですか。式典のことですよ。どんな服装なのかなぁって思いまして」


 十二月二十三日は、学内で開学記念式典が行われる。あくまで学内の式典だが、各領や部活、サークルからの出品で飾られ、立食パーティと舞踏会が催される。毎年華やかで盛り上がるイベントだ。

「俺は警備隊員だから警備服だよ」

 普段のパトロールは私服に腕章をつけるだけだが、こういったイベントのときには学園が用意する警備服を着用することになっている。警備隊員でも希望者は交代制でイベントに参加することもできるが、今年は“影”のこともあり、樹は警備に力を入れると決めていた。

 といってもこれまで二回とも警備隊員としての役目を果たしており、イベントには参加していないのだが。

「えぇ?! 樹さんの燕尾服姿、見られると思ったのにぃ! ……残念」

 残念そうに、というより膨れた顔つきで口をとがらすほのか。なんで燕尾服と決めつけてくるのだろう。

 とりあえず彼女も“影”のことが頭にあるのだろう、交代制での参加の提案まではしてこなかった。


 警備隊員や式典実行委員など、イベントに全面的に参加しない学生には、後日そこそこ豪華な食事会が開催される。樹はそれだけで十分満足に感じている。

 昨年は大広間内の警備としてほんの少し会場に顔を出したが、賑やかで華やかすぎるのが眩しくて、自分には合わないと感じた。警備隊員として裏で式典を支えているほうが、性に合っている。縁の下の力持ち、といった気分だ。

 それに表向きに参加しなくても、どこかでさらの晴れ姿は見ることができる。踊れないのは残念だけど、そもそも自分にはさらをダンスに誘う勇気などない。さらと踊りたい学生は大勢いる。遠くから横目でもその姿を見られるだけで幸せだ。

「一水さんのイメージは白、拓真さんは黒! 私はどうしよっかな~」

 男性のほとんどは黒のスーツ。燕尾服は少数派。女性はそれぞれ美しいドレスを身にまとい、とても華やかだ。まるで物語に出てくるお城での舞踏会が現実世界にとび出たかのように。


 目的は開学を祝う記念の式典であるため、学長からの挨拶や来賓の祝辞もある。警備隊員や実行委員以外の学生は強制参加だが、堅苦しい式のあとは華やかなパーティが待っている。そのためか、参加を嫌がるものはいないに等しい。

 パーティ中の会場の出入りは自由だから、最初の挨拶を終えれば寮に戻ってもいい。カップルは会場の外で散歩を楽しんでいたりもする。

「お姉ちゃんはどうするのかなぁ。そうだ、碧さんにも相談にのってもらおっかな。ついでに弦矢くんにも!」

 弦矢はついでなのか。今頃くしゃみをしているところだろう。

「弦矢君にも相談するんですか?」

「男性の意見もこういうときは貴重なんです!」

 一水の質問にほのかが答える。式典の話をするほのかからはうきうきした気持ちがにじみ出ている。楽しそうだ。

「お前が考えているのは誰かさんのことよりも警備のことだな」

 誰かさんとはさらのことだ。一水はいつもこうして自分をからかってくる。気にしないふうを装い、素直に答える。

「はい。式典の時間はほぼすべての学生と先生が集まります。そして会場以外は誰もいない状態が多いでしょう。学内のどこを狙うにしても、“影”が何かをしかけるには」

「まさにうってつけの日だな」

 一水が言葉を引き取った。


 式典の会場は中央棟の大広間。領分けの儀式など、大きなイベントを開催するための場所だ。

 そこに学生が集まり、ほとんど誰もいなくなる各領。自分が“影”ならば、事件を起こすのに式典開催中の日時を選ぶだろう。式典の一週間ほど前から様々な準備で学内にはせわしい空気が流れ、あわただしくなる。些細な変化に気を留めてなどいられない。

「今年は早めに警備方針と担当を決めよう。警備隊員の会議の日程を調整してくれ」

「了解しました」

 何も起こらないこと祈るが、もしものことは考えておかなければならない。早くに計画を練ることは安心につながる。

 不安な顔つきで一水と樹の会話を聞いていたほのかを安心させるように、一水が言う。

「せっかくの一大イベントです。楽しめるようにしないとですね」

 ほのかがほんの少し笑って答える。

 一水は波打つ赤みのある髪を持つほのかの顔に、別の人を重ねて見つめていた。

「警備は任せてください。しっかり守りますから。皆さんは、ただ楽しんでいればいいんです」

 自分に言い聞かせているようなもの言いになってしまった。

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