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夕日は瞳の奥に  作者: ぬりえ
第五章
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七、

 さて、次は今後の対策についてだ。


 まず、今回の竜巻事件について、さらは不問となった。

 さらが竜巻を起こしたことは多くの学生が見ているが、さらが明らかに正気でなく、操られているような状態を樹たちが目撃していたこと、竜巻による被害は多少あったが谷間の内側が削られる程度で大怪我をした学生はなかったこと。

 そして一番に、さらが天馬に乗って弓で台風を消し去った場面を多くの学生が見ていたことが理由だ。風の領生たちの間には、風の女騎士としてのポジションが確立してしまっている。

 当のさらは罰則を受けることも覚悟していたが、お咎めなしということに納得はしていないようだ。しかし、安心しているようにも見える。ただ、自分で起こした竜巻を風の王の力を借りて止めたのに、英雄的な存在になってしまったことには、苦々しい思いを隠しきれないようだ。

 樹は、風の王にまたがり弓を構えるさらの姿に息を呑んだ。だから英雄とされるのはそのとおりだと、ひそかに思っている。


 次に今後の対応について。

 強化をさらに強化されていた風の領の警備は、通常強化に戻されることになった。もちろん、強化することに変わりはない。

 竜巻事件は誘拐事件と異なり、多くの学生に目撃されてしまった。“影”の存在が具体的に広がったことから、学生の危機感も高まる傾向にある。対象となったのが風の領の長だったことも要因のひとつだ。長すらも手のひらの上で簡単に転がせる“影”の存在は恐怖そのものだ。警備強化を続けることで、その恐怖心を和らげるのも狙いである。


 そして大きな対策として、学内に淵園が管理する心身療養室が設置されることとなった。風の領でのヒーリングの評価が大変高く、自然を原料としたアロマや薬で心も身体も癒すことで、“影”に取り入られる隙を少しでも減らすことが目的だ。

 驚いたことに、これは学長の提案だった。淵園は喜んでこの提案を受け入れてくれた。今年中に開設することを目標としている。淵園は本業を学内で行えることを喜び、意気込んでいる。


 今後、“影”がなにを仕掛けてくるかわからない。水の領、風の領で事件が起こったことから、次は火または土の領でなにか起こしそうだとガーディアンズでは推測している。

 “影”が人の心の闇に入り込み、利用してくることが竜巻事件で確信に至ったため、淵園の心身療養室は“影”対策としては一番の具体策といえる。ヒーリングには心の癒しも含まれているため、身体の疲れを取りながら心も癒す、いわば医者兼相談室のようなものだ。これで少しでも悩みを抱える生徒が減れば、“影”も動きにくくなるはずだ。ガーディアンズでも、学生たちの様子に特に気を配り、悩みなどを積極的に聞いていく方針だ。火と土の領の学生には特に。

 こうして、“影”の対策に踏み出し、防止に近づけていく。少しずつでも、着実に。


 集会が終わると、さらはすぐに淵園のもとへ向かい、謝ろうとした。

 が、さらが言葉を紡ぐより、淵園が口を開くほうが早かった。

「さらさま、謝る必要はありません」

 淵園は柔和な笑みを浮かべ、でもきっぱりと言う。

 でも、と言いかけたさらを、淵園はまたも止めた。

「まだ心の中に罪悪感が残っているのですか?」

 さらはこくりと頷く。それを見て、淵園はくすりと笑うと、今度はもじもじしながら上目遣いにさらを見つめる。

「それなら、私のお願いをひとつ、聞いていただけますか?」

「え?」

「私のこと、その……“碧”って、読んでいただきたいのですけど……」

 淵園は恥ずかしそうに眼を逸らした。気持ち頬を赤らめているその姿を見て、普通の女の子なんだな、と改めて感じる。

 さらのほうはびっくりして固まっていた。しかし、すぐに表情を緩めて微笑んだ。

「ええ、喜んで。……碧さん」

 さらの瞳から雫が一粒零れ落ちる。

 雨の後、晴天に輝く花びらにうかぶ雨粒のような、清らかな雫。もう曇りは感じられない。

 これで貸し借りなし、ということだろう。淵園は満足げに笑っている。


 この会話に触発され、次々と声があがった。

「ずるい! 私も碧さんってお呼びしたいです!! 私のことはほのかで!!」

「あ、ぼくも! 弦矢です!」

「俺は門口藤之といいますが、フジと呼ばれています。よろしければそのように。よろしく、碧さん」

 予想外の展開だったのか、今度は淵園が目を丸くして固まっていた。

「私に“様”はいりませんよ、碧さん」

 さらはにっこりとほほ笑む。

「自分も。敬称などいらん。あなたのことを名前で呼ばせてもらおう」

 これは拓真。

「私も様付けはお断りだ。よろしくな、碧」

 紅葉(くれは)に至っては呼び捨てだ。

「では俺も、他の長と同じように呼んでくれ、碧」

 一水(かずみ)も呼び捨てのうえ、珍しくくだけた口調に一同は驚く。特に紅葉が微妙な顔をしている。

 もちろん樹も驚いた。一部の人にしかこんなふうに話す事はないのに。まして女性に対しては初めてではないだろうか。

 と、ぽん、と一水に肩を叩かれた。

「お前は? 学年でいえば同じだろ」

「あ、はい」

 樹も急いで輪に入る。一言余分だ、と言いたいのを飲みこんで。

「俺は樹で。気軽によろしく」

 淵園はやっと状況を理解、おろおろと誰かに助けを求めるように目を泳がせるが、助け舟を出すものはいない。皆、一心に淵園を見つめる。

 淵園は俯いて、「えっと、その……」となにやらぶつぶつ言っていたが、やっと顔をあげた。

「どうぞよろしくお願いします。ほのかちゃん、弦矢くん、フジさん、さらさん、拓真さん、紅葉さん、一水さん、樹さん」

 ぐるりと全員の顔を見回しながら、碧が全員の名前を呼ぶ。その表情は少し気恥ずかしそうであり、とても嬉しそうでもある。

 碧にとって学園も学生も雇い主であり、雇われている身としてガーディアンズに対しても一線おいているふちがあった。それがなくなる瞬間だった。

 樹は、ガーディアンズがひとつになったと感じた。

「え~、私のこと、呼び捨てでいいのにぃ」

 ほのかの不満な声が、場を笑いで包んだ。

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