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夕日は瞳の奥に  作者: ぬりえ
第五章
22/163

一、

 初秋。

 吹き行く風が少し涼しくなってきた。気温が高い日も多いけれど、身体にまとわりつく湿気は減り、これから過ごしやすい季節になることを窺わせる。


 他の領に比べ標高が高いこの場所は、風の領にある山脈地帯。背の高い木に覆われた部分と、高山植物が生い茂る草原地帯、岩肌がむき出しになった岩場地帯がある。岩場地帯にはそこそこ深い谷があり、下には川が流れ、水の領から土の領へと流れている。

 現在樹は、風の領の岩場をパトロール中である。風が清らかな風の領が、樹は好きだった。熱のこもらない空気が肌をなで、心地よい。それに、ここには風の長、さらがいる。

 領内のパトロールは、その領に属する警備隊員が行うことが多い。広い学園の敷地内で、自分の所属する領を一番よく知っているからだ。しかし、“影”の存在が明らかになったことから、所属する領の学生では気付かない異変を察知できるようにと、別の領の学生によるパトロールの体制が組まれることになった。その領の学生一人と、別の領の学生もう一人の二人体制。樹の今日の相棒は今、風の谷で“空中浮遊”をする学生から話を聞いている。


 “空中浮遊”は、その名のとおり、空中に浮かぶ実技、端的に言えば空を飛ぶ魔法だ。風属性の個別の実技である。領によって、その属性に合う実技の課題があるのだが、これもその一つである。

 空中浮遊は高度な技術が必要な魔法。一回生から訓練は始まり、少しずつ技術を高めていく。四、五回生になってやっと空中を移動できるようになるくらいが平均的だ。

 最初は数秒地面から離れていられるだけでやっとのくらい。身体を一瞬浮かせるくらいならそこまで難しくないらしいが、それを保ち、自由に移動するのはなかなかできることではないと聞く。風属性のない樹にはよくわからないが、重力に逆らうのだから大変なことなのだろう。

 この訓練は岩場地帯の谷間で行われることが多い。落ちても怪我が少なく、見通しもよく障害物も少ない。谷合は長く空中での時間を維持できるようになった学生が移動の練習をするのに多く使われる。落ちても下は川のため、濡れはするが、そういう環境でこそ力を発揮できることもあるからだ。実際、空中浮遊は飛ぶ必要のある空間があるからこそ使われる魔法だ。


 と、谷のほうから、きゃあ、と黄色い声があがった。目をやると、黒く長い髪を風になびかせ、すぅ、と空中を風のように通り抜けていく人の姿があった。さらだ。見間違えることはない。先輩が後輩を指導することはよくある。さらも指導に来たのだろう。特に実技の面ではひとり一人に先生の手がまわらないため、そこそこ技術のある学生は助っ人に呼ばれることもしばしばあることだ。

 ふわっと谷の切れ目に舞い降りるさらの姿はまるで天使のようで、思わず見惚れてしまう。樹だけでなく、誰もがうっとりとした視線を向けていた。

 予想どおり、さらは空中浮遊の指導を始めた。とん、とん、と何もない空間を蹴り、それぞれの生徒のもとへ軽やかに移動する。さらが谷の中へ飛んだとき、さらと目があった。慌ててお辞儀をすると、お疲れさま、というように微笑んで、谷の中へと消えていく。さらの笑顔と姿を見ることができただけで、心充たされる。

 全然“お疲れ”でないです、むしろ満タンです。任務がんばります。


 パトロールの相棒が指導をお願いされ、ここで別れることになった。とりあえず領を一周まわっているし、問題ないだろう。それに実を言えば、一人のほうが本当の任務を行いやすい。

 今日の樹の本当の任務は、淵園の護衛だ。いや、実際は遠くからその姿を見守るだけで、護衛とはいえないのだが。

 面会があってから数日後、淵園は薬草学の実習準備や植物の手入れを徐々に再開し、一週間後には体調も回復。通常業務に戻っている。機会を得て生徒会室に呼び出し、“影”を知る関係者として対策するメンバーとなることを正式にお願いしたところ、彼女は真剣な面持ちで引き受けてくれた。かくして、淵園を含め“影”対策メンバーは九人となったのだ。

 しかし、護衛の件について話すと、彼女はそれを拒んだ。人に見られているとなんとなく仕事がやりづらい、という理由だ。一日中というわけではないから、と説得を試みるも、彼女は首を縦には振らなかった。気持ちはわかるが、一水たちが“影”の危険性と学生の反応などについて根気よく説明し、警備隊員によるパトロール中に遠くから見守る、という形でやっと首を縦に振ってくれたのだった。あとは執行部員が見かけたときに声をかけるなど、とりあえず無事を確認することになった。

 淵園は最近、風の領の草原地帯で高山植物の手入れをしていることが多い。一日の予定をメンバー同士で共有することになり、近くにいる八人が通りがかりや執務中に目を配るという形で彼女の様子を見ている。

 樹はあのときの約束で、無駄な時間のないよう一水(かずみ)に警備のシフトを組んでもらい、風の領の担当が他の領に比べて多くしてもらっていた。そのため、たまたまではあるが淵園の護衛任務も多く回ってくる。

 今日も高山植物の手入れを行う淵園に、たまたま見かけた体を装って声をかける。

「こんにちは。調子はいかがですか?」

「あ、樹さま、お疲れ様です。体調は見てのとおり、ばっちりです」

 淵園の言うとおり、顔色は悪くないし、ばりばり仕事をしている。

「ただ」

「ただ?」

「植物の元気がないんです」

 あたりを見回すと、真夏には青々と生い茂り、太陽の光をいっぱいに浴びていた植物が、ぐったりとして生気がないように見える。

「病気でないことはたしかなのですが、なぜか日に日に萎れていって。それに、風の妖精さんたちの姿も少なくなっているんです」

 淵園の“癒しの手”を施しても効果がないほど弱っているということか。だが樹は、それよりも、妖精の話のほうが気になった。

「風の妖精はこのあたりにいるんですか?」

「はい。どこにでもいますが、ここは風の領ですから、やっぱり多くいます。でも今は、姿が少なくて……。お心当たりはありませんか?」

 心当たりなんてあるはずがない。そもそも見えていないのだ。

 妖精がいないことが不自然だということは淵園から伝わってきたが、その理由を自分に聞かれても困る。報告しておきます、とだけ答え、この案件は次の会議であげることにした。


 淵園から離れ、そろそろ戻ってもいいかと岩場地帯を歩いているときだった。

 グオォォォ、と気味の悪い音が聞こえた。

 ばっと振り返り辺りを見回すも、ごつごつした岩と砂の地面以外何もない。谷の底を風が吹き抜けるひゅう、という笛に似た音は時折聞こえるし、今日は空中浮遊の訓練で多くの学生が谷に集まって風の魔法を使っている。

 きっと今の音もそのどれかだろうと、さっきの音のことは樹の記憶には強く残らなかった。

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