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夕日は瞳の奥に  作者: ぬりえ
第四章
20/163

八、

 会議は解散となり、お茶のカップを片付けていたときだった。

「樹さんって、“火”の能力属性もお持ちなんですねっ」

 同じくカップを片付けていたほのかにいきなり聞かれ、樹は危うく持っていたカップを落とすところだった。

「どうしてそう思うの」

 やや棒読みになりながら、質問を質問で返す。

「生ぬるくなったお茶を、会議の途中で冷やして飲んでいたので」

 会議前に用意したのは、水出しの緑茶に氷を入れたもの。だが、飲もうとしたときにはほぼ常温になっていたため、温度を下げたのだ。

「あれって、熱の魔法ですよね? だから、“火”の魔法も使えるのかと思って」

「そうですよ。樹には“火”の属性もあるんです」

 答えたのは一水(かずみ)だった。

 樹はねっとりした視線を一水に向けるが、「隠したってしかたないだろ」と目で言われる。

 はぁ、とため息をつきながら、あんたに任せる、と視線を一水から外す。それを正確に受け止めた一水が説明を始めた。

「樹には、“水”と“火”の二つの属性があるんです。どちらかといえば、“水”の力のほうが強いので、水の領に属しているんですよ」

「複能力者なんですね! すごい!」

 ほのかがはしゃぐ。


 能力の属性はひとり一つがほとんどであるが、複数の能力を持ち合わせている者もまれに存在する。

 樹の場合、儀式のときにサファイヤとルビーが共に強く輝いた。樹自身、ものの温度を変えることは日常的に行えたことだったため、それを行うことが今日のように飲食物を対象に限っていたこともあり、儀式を行うまで“火”の属性を有することに気付いていなかったのだ。

 儀式の後は、好奇の目にさらされ、先輩たちには部活やサークルに誘われまくり、もみくちゃになった。同級生にはただ複能力者が珍しいからと接点を持ちたがる者もいたし、妬みの視線を送ってくる者もいた。入学直後の新入生生活は散々だった。思い出したくないくらい。樹が複能力者であることは同期と先輩には知られていることだったが、誰かに自分から言い出すことはなかった。

 それにしても、ついいつもの癖で使ってしまった簡単な魔法に気付かれてしまうなんて、思ってもみなかった。心の中で、さすがだとほのかを称賛する。現火の長の妹であり、二回生火の領トップだ。

「それに、両方の能力をほぼ完全に使いこなすなんて、かっこいい!」

 一水さんに見初められるのもわかる~、とほのかははしゃぎ、弦矢からは尊敬の眼差しが送られる。余計なことを言いやがって、と一水に舌打ちしながら、顔には愛想笑いを貼り付けて二人の反応を受け流した。

 一水は樹の様子を楽しんでいるようだ。


 複数の能力を有するしても、ほとんどの場合、ひとつが主となり全体的な能力の強さはそちらに傾く。他の能力は附属しているにすぎず、簡易な魔法しか使えない。複数の能力を百パーセント使いこなせるというのは、ただでさえ珍しい複能力者の中でもさらにまれなのだ。

 樹自身はただ便利だと思うくらいで、嬉しくもないし誇りにも思ったことなど一度もない。自分は水の属性だ、と考えている。

 樹が渋い顔をしながら作業を進める裏で、「お姉ちゃんなんで教えてくれなかったの」「いや、本人があんな様子だからな」という姉妹の対話が聞こえてくる。二つ以上の能力を使えることに憧れを抱くほのかには、そのせいで入学直後に色々と面倒事に巻き込まれた樹のことを知る由もなく、想像もつかないだろう。それは仕方のないことだ。

「ほのかさんは、複能力者に思い入れがあるのですか?」

 一水が優しく尋ねる。

 するとほのかは、照れくさそうにほほを赤らめて、「はい」と答えた。

「思い入れ、というより憧れなんですけど。前に、この学園で女神様と呼ばれていた女性に」

「あ、“水”と“火”と“風”の複能力者で、すべてを完璧に使いこなしていたというあの伝説の女性の学生さんのことですね!」

 弦矢が口をはさむ。

「そう! 三つも完璧に操って、しかも力も強くて技術も高い、なのにいつも謙虚で誰に対しても対等で」

「その方が生徒会にいらっしゃったときは、問題ごともほとんど起こらなかったと聞いたことがあります!」

「卒業後は、一般男性と結婚して幸せになったとか! お相手が能力者でないこともなんだかそれっぽいな~っていうかさ。在学中にいろんな人を支えてきたんだもん、そりゃー幸せにならないとねっ」

「そうですよね! 女神さま、一度お会いしてみたいです~」

「私もね、女神様みたいに人を支えられる形でこの力を活かしたいの!」

 ほのかと弦矢は大変盛り上がっている。最初に話を振った一水は、途中から紅葉(くれは)と会話を始めてしまったし、他の人はもう寮に帰って行った。樹はひとりでカップを拭きながら“女神様”なる人について考える。


 女神様の話は学内でも有名で、所々盛られている部分も多そうだが、実在した学生だ。伝説というのは美化されやすいから、どこまで本当なのかはわからないが、ここ二十年くらい前の学生でそこまで昔ではない。

 三つの能力属性を有すること以外にも、様々な話を耳にしたことがある。それだけ、人柄もよく慕われていた人物なのだろうとわかる。たしか、名前は花菱美月といっただろうか。卒業時は主席だったとか。

 結婚して子供がいるとすれば、その子は自分たちと同じくらいの年代で、その能力を受け継いで話題になっているだろうが、思い当たる節はない。まぁ、同年代かどうかは時期にもよる。

 一般男性と結ばれて、魔法と離れて生活を送るというのも、力を他人のために使ってきた女神様にとっては幸せなことだろう。でも、卒業後の話はほとんどないというのは不思議なところだ。長く語り継がれるほどの人望があったのに、その後どうしているかの情報が入ってこないなんて。


 そんなことを考えているうちに、カップはすべて拭き終えた。ほのかと弦矢の共通の話題はまだ盛り上がっているようだが、一水と紅葉の会話は一段落ついたようだ。二人の会話を横で聞いている。

「そろそろ会議室を締めてもよろしいですか?」

 もう寮に戻りましょう、という意味も込めて、樹は四人にたずねた。会話に夢中になっていたほのかと弦矢は、片づけを樹に任せてしまったことを焦りながら謝ってきた。問題ない、と樹はそれを手で制す。

「では、帰りましょうか」

 会議室の鍵を締めると、挨拶を交わし、火の寮へ向かう紅葉とほのか、風の寮へ向かう弦矢、水の寮へ向かう一水と樹と、それぞれ別れていく。

「弦矢、ひとりで大丈夫か?」

 紅葉が聞く。既に夜も更けて外は真っ暗だ。“影”の存在もあり、後輩のことは気になる。

「ぼくは男の子ですよ! ひとりでも問題ありませんし、やるときはやります!」

 ひ弱にみられていると思ったのか、少し怒ったように強めな口調で言い返す。“男”ではなく、“男の子”と表現するところとかがまたなんとなく周囲を心配させるのだが、本人は無自覚である。

 女性二人だけのほうがぼくには心配です、と付け加えられた紅葉は、女性扱いしてもらえるのは嬉しいらしいが、「こちらもやるときはやるから」と苦笑する。紅葉の言葉の方がよっぽど説得力がある。

 おやすみなさい、ともう一度声を掛け合ったところで、今度こそ解散となった。


「俺、許してないですからね」

 水の寮へ向かう廊下を進みながら、樹はぼそりと言った。

 もう誰も歩いていない廊下には、電灯こそついていないものの、窓から入ってくる月の光が足元をあたたかく照らしてくれている。月に負けじと輝く星々の光も、窓ガラスを突き抜けて降り注ぐ。

「ほのかに気付かれたのは樹の落ち度だろ。俺はお前が言いにくそうだったから、代わりに説明してやっただけだ」

「そうかもしれないですけど! いらないことまでしゃべらなくてもいいじゃないですか!」

 両方の能力をほぼ同じ程度に、つまり強い力で使いこなせることまで言う必要はなかったはずだ。ほのかと弦矢は、今後これまでどおりに接してくれるだろうか。

「あの二人は能力ではなく人を見てくれる。心配することはない。今後ともに行動することが多くなる。仲間のことは知っておいたほうがいい。お互いにだ。切り札はまだしも、あれは許容範囲だろう」

 眉間に皺を寄せたままむっつりと黙り込む樹を横目で見て、一水はまた口を開く。

「わかったわかった。今度樹の警備担当をお前の都合に合わせてやるから、それで勘弁してくれ」

「次は本気で怒りますからね」

 樹は一水を睨みつける。そこでちょうど一水の部屋、水の宮へと到着したため、そこで別れた。


 月の光が樹の背中をぼんやりと映し出す。それが見えなくなると、一水は部屋の扉を閉めた。

「もっと自分を認めてやれよ。能力も含めたすべてが、お前自身なんだ」

 ぽろりとこぼれた言葉は、伝えるべき相手に届くことなく、まだ明かりを灯していない一水の自室の中へ吸い込まれていった。

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