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夕日は瞳の奥に  作者: ぬりえ
第一章
2/163

一、

 大きな円卓に、椅子が四つ並んでいる。円卓の大きさにしては椅子の数が少ないが、これが常。それぞれの椅子の背には、“風”、“水”、“火”、“土”のモチーフが彫られている。

 ここは生徒会室。“長”と呼ばれる四人がそれぞれの椅子に座ると、週一回行われる会議が始まる。


 “風”と“土”の椅子には、既に人が座っている。“風”の椅子ではすらりとした優しい面持ちの女性が本を読んでいる。艶やかなセミロングの黒髪が、彼女に聡明な印象を与えている。

 また“土”の椅子では、がっちりとした体格の表情の硬い男性がどっしりと構えている。

「待たせたな」

 そう言って入ってきたのは、きりりとした男勝りなオーラをまとう女性である。背中まである赤みのかかった髪が、美しく波打つ。

一水(かずみ)はどうした」

「一水さんなら、書類を取りに行きましたよ。すぐに戻るはずです」

 入ってきた女性の問いに、本を読んでいた女性が答える。入ってきた女性は、「そうか」、と言って“火”の椅子に座った。

 その後すぐに男性が入ってきた。人当たりのいい表情と柔らかい雰囲気は、男女問わず親しみやすい印象だ。彼は“水”の椅子に腰をかけた。

「お待たせ。全員そろったみたいだし、始めよっか」

 最後に入ってきた男性は、こちらに目配せしてきた。

「はい。風の長、山吹さら様、水の長、瀬戸一水様、火の長、三上紅葉(くれは)様、土の長、剛力拓真様、全員お揃いですので、これより会議を始めます。本日の警備役及び記録係は、水の領警備隊員三回生、星水樹(ほしみずいつき)が務めさせていただきます」

 樹は会議始めの決まり文句を述べ、頭を下げる。今回の議題は、新入生を迎えるための準備に関するものだ。


 ここは、榊大魔法学園。四大元素の“風”、“水”、“火”、“土”を操る能力を持つ者が集まる全寮制の学園である。一般では高等学校に通う時期からこの学園に入学し、最初の五年間で基礎的な知識と技術を身に付け、後の二年間は主に実践を伴いながら社会経験を積む。後の二年はいわば職場体験の本格版ようなものだ。

 学園内は四大元素それぞれで領が分けられている。一般大学でいえば学部であるといえる。学生は自分に最も適した領に所属し、その能力を主として高めていくことになる。

 それぞれの領で最も高い能力を持つ学生が“長”となり、領を治める。そして現在行われているのは、四人の長が集まって行う会議なのだ。長は生徒会役員となることが決まりだ。


 季節は五月半ば。新入生が入学し、二月が経とうとしている。桜の花びらはとっくに散り、新しく緑の葉が芽吹いてきている。新入生は最初の二月は領に分かれずに能力の所属関係なく過ごす。領ごとの対抗心を植え付けず、幅広い交流関係を築くこと、学園全体の環境に慣れてもらうことの二つの目的がある。

 そして六月、領分けの儀式が行われるのだ。

 儀式は、一人ひとりが順番に魔法陣の中心に立ち、四隅にある宝石が光らせる。“風”ならダイヤモンド、“水”ならサファイヤ、“火”ならルビー、“土”ならトパーズが光り輝く。そしてその輝きはその学生の持つ能力の強さに比例して強く美しくなり、個性も表す。したがって、自分が所属する領にどんな新入生が入るのかを在学生が知ることのできる機会でもある。宝石の輝きで力の強さもわかるため、新入生にとってだけでなく、在学生にとっても毎年恒例の一大イベントなのだ。

 ほとんどの人は、自分がどの能力に適応しているか知っている。幼い頃から能力を操って遊んでいる場合もあるし、代々一つの能力を引き継いでいる血筋である場合もある。自分が自然を操る能力を有することを知らず、入学案内の通知が届いたことで入学してくる学生もいるが、それはごくわずかである。


「所属がわからない新入生はどれくらいですか?」

 一水がたずねる。

「今年は一割弱です。残りは例年どおり、ほぼ均等に各領に所属するものと推定されます」

 樹は各領の資料を配りながら説明する。

「一割弱か、すこし多いな」

「その分儀式も盛り上がりますよ」

 紅葉の言葉にさらが返す。在学生は、自分の所属する領に仲間が増え、新たな能力を見出すことを楽しみにしている。在学生たちは目ぼしい新入生を部活やサークルなどに誘うのだ。どこに所属するかわかっていない新入生の儀式は特に注目されやすい。

「お配りした資料に、当日のスケジュールと仕事の担当を一覧にしてありますのでご覧ください」


 その後、儀式に関すること以外に、部活、サークルの活動状況や学内の治安について、及び学園が外部から植物の世話をする者を雇ったことなどの情報を共有し、会議は終了となった。

 樹が会議の処理を終えると、もう日が傾いていた。学内のパトロールでもしながら寮に戻ろうと、警備隊の腕章を確認して自分の所属する水の寮へと足を向ける。

 学内のパトロールは警備隊員の役目である。四つの領に学生の所属が分かれるため、領同士で小さな争いがしばしばある。普段は必要範囲内で最低限の能力の使用は認められているが、他人への攻撃や規模が大きすぎる能力の使用は禁止されている。警備隊員がパトロールをすることで、問題が起こるのを事前に防ぎ、もしもその場に居合わせたときには仲裁と事後処理を行う。


 日が暮れてきた。春の夕日は少しぼやけているが、その景色に映る思い出は変わることはない。風がほんのり冷たくなってきている。部活動等も終わり、外にいる学生数も少なくなってきている。今日も問題なくパトロールが終わるな。そんなことを考えていると、一人の女性の姿が目についた。

 女性は、庭園の花壇に座り込んでいる。よく見ると、入学許可証を腕にはめている。ということは、ここの学生ではないということだ。会議で話のあった、外部からの植物の世話係というのはあの女性のことらしい。

 肩につかないくらいの黒髪をバンダナでまとめ、動きやすいパンツの作業着にエプロンをつけている。年齢は、十七、八歳くらいだろうか。世話係と聞き、高齢の男性をイメージしていたため、同年代の女性であることに樹は驚いた。

 入学許可を得ている彼女には特に気にする必要はないはずだった。しかし、樹はなぜか目を離すことができなかった。彼女のまとう空気がまるで透き通っているかのように清らかだったからだ。


 その場から動けずに彼女のことを見つめたまま立っていると、反対から男子学生三人がふざけ合いながら歩いてきた。

「へぇ~、無所属のやつも、土仕事くらいする能はあるんだぁ」

「草いじりなんて、本物の汚れ仕事だよなぁ!」

 がはは、と三人は下品な笑い声をあげる。

 “無所属”とは、四大元素を操る能力のない“非能力者”、一般の人間のことを意味する見下した言い方である。彼らの言葉は明らかに植物の手入れをする女性に向けられたものだ。

 学内では、力の強いものが偉い、という考え方が少なからずある。領長四人は例外として、特に権力が与えられているわけではないが、どうしても力の強弱で、講義や部活等に格差ができてしまうのは事実だった。“非能力者”を見下すのも、このような慣習の一部だ。

「草なんか何に使うんだぁ?」

「さすが、脳なしだよなあ!」

「能力無しの間違いだろ!」

 また汚く三人は笑う。

 差別的な言葉は、学園からも禁止する告知はされているが、罰則があるわけではない。だが、この三人の言動がこれ以上暴走する前に、そろそろ間に入って厳重注意でもするかと思ったときだった。

「あ、ごっめ~ん、足滑らしちゃった」

 男子学生の一人が、女性が植えた花を踏みつけている。どう見てもわざとだ。これまでは無言で作業を続けていた女性も、これには我慢ならなかったのだろう。手を止めて、学生たちに冷たい目を向けている。

「なんだ、その目は」

 しゃがんで作業をしている女性を見下す態勢の学生たち。女性は下を向いて、はぁ、と息をついた。

「自然の営みを支える植物を大切にできないなんて、能無しの私から見てもあなた方の能力の程度なんて大したものではないことがわかります」

 かあ、と男たちの顔が怒りで赤くなる。

「なんだと?!」

 男の一人がぱちんの指を鳴らすと、女性が手入れをしていた花の苗が一気に燃え上がった。

 これはまずい。

 まずはすぐに火を止めなければ、と樹が水を操ろうをすると、ばしゃん! という音と「うわっ」という男の声がほぼ同時に聞こえた。女性が男子学生にばけつの水をぶちまけたのだ。

「申し訳ありません、手がすべってしまいました」

 温度のない声で言う。学生たちは一瞬ぽかんとしていたが、すぐに女性に掴みかかろうとした。そこを樹が瞬時に止めた。

「これ以上やったら、厳重注意では済まされませんよ」

 学生三人は樹が警備隊員の腕章をしていることに気付くと、悔しそうな顔になったが動きを止めた。

「この件は、長に報告させていただきます。処理につきましては、後ほど」

 そう伝え、樹は片手の手のひらに力を込める。すると、男三人の服から水分が雫となって浮かび上がり、ばけつへと戻っていった。ひとりが「くそっ」と吐いて、三人はそそくさと逃げるようにその場を離れていった。その時には既に、花の炎は消えていた。


「どうして……」

 女性の声に樹が振り返ると、きっと睨まれた。瞳には涙がにじんでいる。

「どうしてもっと早く来ていただけなかったんですか?! 近くにいたのでしょう?!」

 女性が厳しい顔でかみついてくる。

 近くにいたのを気付いていたのか。だが、自分は助けた方なのに、なぜ責められねばならないのか。警備隊員としてやるべき対処はしたはずだ。そう思ったら、一言この女に言ってやりたくなった。

「あなたこそ、なぜあいつらを挑発するようなことを言ったんですか。もう少し我慢もできたでしょう! あいつらが能力を使ったら、あんたは怪我をしていたかもしれないんだ!」

 つい乱暴な口調になってしまう。女性の瞳から涙が消え去り、とても冷たい表情になっていた。その表情を見てさらに怒りが高まって、樹の口は止まらなかった。

「礼の一つも言えないのかよ! こっちは面倒事が起きると色々大変なんだ!」

「あの子たちを見捨てろというのですね。そして、力のない私を嫌々助けてやったと」

 あの子たち、というのは植物のことだろうか。

 女性はふっと暗く嗤う。

「植物を大切にしない。能力を持たない人間を差別する。あなたも、さっきの人たちと同じです」

 はっとした。

 そんなことはない、そう言ってやりたいのに、言葉が出てこなかった。

 自分があいつらと同じだなんて認めたくない。けれど、さっき自分の口から出た言葉はそういうことなのか……。考えを頭の中で巡らせていると、

「さっきのことを上の方に報告する必要はありません。恨みを持たれても厄介です」

 女性はきっぱりと言い放ち、道具をまとめてさっさと帰って行った。

 日が落ちて、黒く焦げた苗を闇が呑み込んでいく。誰もいなくなった庭園に、さみしく風が吹いた。


 怒りはまだ、樹の中でくすぶっている。

 自分は“あの日”から植物が自分を支えてくれるものとして大切に扱っているし、差別的な考え方もしているつもりはない。むしろ、彼女を助けようとしたのに、あの言われようはないはずだ。

 確かに、経過を見て温和に済めばいいと、少し離れたところから様子を窺っていた。小さな口喧嘩程度なら見過ごそうとも考えていた。今回は学生が力をふるうのと樹が出ていくタイミングがかみ合わなかっただけだ。

 実際、学内で学生同士のぶつかり合いは多々あることで、そのすべてを収めることは無理な話だ。


 あれ。一つ引っかかった。彼女はなぜ、自分が近くにいることを知っていたのだろう。近くとはいえ、彼女から見える範囲ではなかった。そもそも彼女はこちらに背中を向けてしゃがんでいたのだから。

 しかし、あの女性のことを思い出すと怒りがふつふつと沸いてきて、そんなことはどうでもよくなった。一瞬足を止めて見つめてしまったことも、なかったことにする。“あの子”でないことは確かだ。それは入学時にわかっていたこと。

 とにかく樹の中であの女性の印象は最悪となった。

 樹はもう一度火が消えていることを確かめると、パトロールを切り上げて、足早に寮へと向かった。

 庭園はすっかり夜に包まれていた。

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