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夕日は瞳の奥に  作者: ぬりえ
第四章
19/163

七、

 会議室に移動すると、円卓の周りに長四人が腰を掛け、ほのかと弦矢がせっせとお茶を用意していた。樹も途中から手伝いに入り、運び役をしている。

 お茶の用意が終わると、すぐに面会に関する意見交換が始まった。


 樹のした質問以外にはすべて丁寧に答えてくれたことや、今後の対策に協力してくれることなどから、淵園の好感度は上がっている。心の内で、もしかしたら彼女が“影”またはその関係者なのかもしれないと思っていた人も少なくなかったはずだが、その疑いも晴れたように思える。

 これからは事件の真相を知る数少ない関係者として、付き合っていくことになる。八人だった関係者は九人に。


 “影”の正体はまったくわからない。わかっているといえば、高度な技術を持っているということだけだ。魔法を使えるか使えないかはわからないが。

 ひとりなのか複数人なのかもわからず、“影”のことを大々的に学内に明らかにすることができない現状において、事件の真相を知ったうえで協力してくれる人がひとりでも増えるのは好ましい。淵園は人間ならざるものとのつながりもある。そういった面でも頼もしい人材だ。

 “妖精の森”で“森の女王”に育てられた、ということはなかなか信じ難い。まだ人間ならざるものと直接交流のない拓真とさら、藤之は、半信半疑だという。信じられないのは当然だ。

 実際に海馬や人魚を目にしている樹たちは、淵園の話を信じている。話しか聞いていないほのかは、恩人である淵園の話だから、と事実として受け容れているが、信じないほうが普通だと思う。おとぎ話のなかの生き物、幻といわれるものが実在すると突然言われても、実際に見ていないのだから、信じろと言われてもそう簡単にはいかない。

 とにかく、淵園はこの八人のメンバーとなることが決定した。後日、本人に正式に話をつける。女の子が増える、とほのかは特に嬉しそうだ。


 一通りの意見交換が終わる。意見を言ったり聞いたりしていてまったく口をつけていなかったお茶に手をのばす。乾いていた喉に、水分が沁みわたる。

 皆が一息ついていると、さらが口を開いた。

「では、そろそろ弦矢君に面会で視たことを報告してもらいましょう」

 面会時における淵園のオーラを視てもらうことは事前に伝えられていた。本人には悪いが伝えていない。彼女には疑惑もあったため、今回は仕方のないことだった。弦矢が淵園に質問をしなかったのは、彼女のまとう光を視ることに集中してもらうためだった。

「はい、えと、その、淵園さまは、皆さんの質問に対して嘘は言っていないと思います。言いにくいこととか、そういう時には感情が揺らいでいるかんじでしたが、本当のことを答えていると思いました」

「妖精の森の話なども、本当のことなのですね」

 さらの言葉に、弦矢はこくんと頷く。

「ただ、なんというか、その……こればぼくの視たもの、というより、個人的な感想なんですけど……淵園さまはすべてを話してくれてはいない気がします」

「そうでしょうね、彼女にはまだ知っていることがきっとあるでしょう」

「同感だ」

 一水(かずみ)と拓真の同意に、弦矢はほっとしたようだ。これから仲間として協力していく人に隠し事がある、と遠回しに言ったことを非難されないか、心配していたのだ。

「まぁ、無理に答えなくてもいい、と言ったのはこちらだからな。言えないことはあって当然だろう」

「これから少しずつ、お互いに信頼を築いていかなければなりませんね」

 紅葉(くれは)とさらも、淵園がすべてを語っていないことを感じ取っていた。

 私も早く仲良くなりたい、とほのかははりきっている。親しくなれば話しやすくなることもきっとあるだろう。少し論点はずれているが、ほのかの言うことはもっともだ。

「樹さんが質問したときには、黙っているときにもはっきりと拒絶が視えました。空気がかちっと止まって、流れを押し返すような、そんな強いオーラでした」

 樹の心がずしっと重くなる。そんな樹の表情を読み取ったのか、一水がフォローをいれる。

「樹、お前はなにも悪いことはしていない。たまたまあの質問が、彼女の“言ってはいないこと”の核心にはまっただけだ。……と私は思うのですが、皆さんはどう思われますか?」

「確かに、あの答えが聞ければ何かわかることがあったかもしれないが……核心とまで言いきれるのか?」

 紅葉の疑問に答えたのはさらだった。

「親戚ではなく、森の女王様に引き取られたということには、大きな理由があるはずです。私たちとはまた異なる力が彼女の手にはあるのですから、例えば、淵園さんご本人が隠したい能力を持っているとか……。それが、一水さんのいう核心なのでしょう」

「ヒーリングを治癒魔法と考えれば、一理あるな」

 拓真も同意する。

 “答えたくない”。

 彼女はそう言った。

 何かを知っているけれど、話したくない。

 話したくない理由と、自分がした質問の答えは同じなのではないかと思えてくる。一水の意見はもっともだ。樹は、思いを汲んでフォローしてくれた一水に感謝と同意を心の中で示す。

 紅葉も納得した様子を見せている。

「きっと時間はかかるとは思いますが、いつかは淵園さんも話してくれる時が来るでしょう。彼女の豊富な知識と私たちの能力でお互いを支えていくことが、今できる“影”対策のベストです」

 淵園のことを単なる協力者として利用するのではなく、仲間として心から接していこう、という意思が、一水の言葉から伝わってくる。

 樹はこの時点で、一水が淵園のことを信用できる人として認識していると理解した。そして今の言葉には、淵園のことを全面的には信用できていない者に対する自己主張だということも。

 とりあえず、反論は出てこない。

 一水は口元に笑みを浮かべている。自分の掲げた“今できるベスト”を否定されなかったことに対する安心だ。この様子なら、今の八人のチームに一人加わったとしても、なんとかやっていけそうだ。


「あ、あの、提案があるんですけど……」

 自信なさそうに、またおずおずと声をあげたのは弦矢だった。皆の視線が一気に集まる。

「えと、その……今後、淵園さまに護衛をつけたらいかがでしょうか」

「護衛?」

「これから、“影”の目論みを防ごうとすると、“影”にとってぼくたちは邪魔な存在です。邪魔者を、その、物騒な言い方ですが、排除しようとしたら、えと、淵園さまが一番危ないのではないかと……」

 そのとおりだ。

 “影”の企みを知っていて、行動を起こそうとしているのは現時点で淵園を含め九人。排除しようとするならば、一番狙いやすいのは淵園である。四大元素を操る能力を持たないうえ、仕事柄人目につきにくい場所、時間で過ごすことも少なくない。そして、彼女は人間ならざるものとの接点もあり、おそらく“影”はそのことを今回の誘拐事件で知ってしまっている。

 これらから考えると、淵園は特に危険人物とみなされている可能性が高い。人魚とメローの戦いを仕向けたが、彼女の存在により止められてしまったのもあり、恨みもあるだろう。

 淵園以外の八人は、普段はほぼ必ず誰かと一緒にいるし、講義や生徒会などで居場所も特定しやすい。行動を読みやすいという意味では罠なども仕掛けやすいかもしれないが、なんといっても魔法という対抗手段がある。安易に襲ってきたりはしないだろう。代わって淵園にはそれがない。襲われたらかなり危険だ。そう考えると、護衛は重要なことに思えてくる。

「そうですね、護衛は必要だと、自分も思います」

 樹は弦矢の意見に賛成する。過去に学内の生徒にからまれているところを目撃していることもあり、安全面は気にかかるところだ。

「淵園さんは女性だから、誰かついていてくれるのは私も安心だな」

「それなら、私が護衛役します!」

 紅葉も賛成、ほのかは護衛の立候補までしている。

「そうですね、護衛はあったほうがいいかもしれません」

「二十四時間とまではいかなくとも、交代制で考える必要があるな」

 さらと拓真も、護衛の必要性を感じたようだ。提案が役に立ったと、弦矢は嬉しそうに、再び口を開く。

「淵園さまは、今までに見たことのないオーラをまとっていました。他の誰にもないような、なんというか、神聖さ? 底知れないかんじ?? を、持ち合わせていました。不思議と惹かれてしまう、そんな方です。包まれて引っ張られてしまうかんじで……。護衛は、ぜひぼくにもやらせてください。親しくなりたいです」

「護衛のことも本人に確認をとって決めましょう」

 護衛をつけるかつけないかは本人に委ねるとして、とりあえず方針は確定した。


 それにしても、神聖、底知れない、初めて視る……。弦矢がそう表現するオーラを持つなんて、淵園は一体何者なのだろう。極端に言い換えれば、悪い意味で“得体のしれない”人だ。弦矢が光を視ることができるのを少しうらやましく思う。自分も彼女のことをもっと知りたい、と思ってきている。それが、弦矢の言う“不思議と惹かれてしまう”というやつだろうか。

 これから仲間として関わっていく人だからなのか、一水の信頼を得た人だからか……そのように思ってしまう理由がいくつか挙がるのだか、やはりなにか引っかかることがある。その何かがわからないのが、またもやもやする。

「淵園さんに護衛をつけることが決まったとしたら、学生の反応は大丈夫でしょうか? ちょっと心配になってきました」

 樹があれこれ思考を巡らせていると、ほのかが発言した。

 きっと、妬みや差別の目を向けられることを気にしているのだろう。なんといっても、ここにいる八人は強い力と高い技術を持つ、学内のトップクラスの集まりだ。ただでさえ“無所属”の淵園がこの八人に気にかけられているとわかれば、反発する学生も必ず出てくる。

「学内には、我々に危害を加えようとする何者かがいる、ということは周知されている。魔法を使えない淵園に護衛がつくのは仕方のないことだと納得してもらうしかないな」

「あとは、淵園さんには申し訳ありませんけれど、学生には護衛という名目の監視、ということで情報を操作する、とか」

 紅葉の意見はあたりさわりのないものだったが、さらの意見は彼女にしては珍しく温和とは言えないものだった。それだけ学内の影響にまで気を配っているのだろうと、一瞬感じた違和感を、樹は振り払った。


 あとは、“影”についてどこまで明らかにするかが話し合われた。

 あれこれ議論した結果、今までどおり、学園に危害を加えようとする者がいる、ということだけを正式に伝えることになった。それ以上は混乱を起こす原因になるため、八人が“影”の狙う対象を“人間”と捉えていることなどは周知しない方針に決まった。学内の警備体制を強化していくことだけが、具体的な対策として実行される。

 面会後の会議は、これにて閉会となった。

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