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夕日は瞳の奥に  作者: ぬりえ
第四章
17/163

五、

 翌日、面会の日。

 放課後に医務室隣の個室前に集合、ということになっていたが、現在は五限が始まって間もない。放課後までにはまだ一時間ほどあるのに、既に八人全員が個室前に集まっていた。五限に講義がないにしろ、抜けてきたにしろ、早すぎる。

 集まった八人は真剣な面持ちで、笑い話などは一切出てこない。それだけこの面会の重要性が高いということが窺われる。

 五限が終わるまであと三十分ほどになったとき、全員が集まっていることと面会相手である淵園の了承を得たことで、早めに入室が許可された。きゅっと表情が引き締まる。重苦しい雰囲気を見かねて、一水(かずみ)が声をかけた。

「皆さん、今日は淵園さんのお見舞いを兼ねた面会なのですよ。いくつか質問はさせていただきますが、そんなに固いお顔では淵園さんが引いてしまいます。もっと力を抜いて、元気になった淵園さんに会いに行きましょう」

 おどけた様子を装う一水の言葉に、皆の表情が少し緩んだ気がした。


 たしかに、お見舞いという名目で面会にいくのに、八人は多すぎるうえ、この面子。さらに全員が固い表情をしていたら、彼女が怖がってしまう。きっと彼女も、生徒会の人たちがくるということの意味を理解しているに違いないが、不安を与えてしまうのはこちらにとっても都合が悪い。

 一水は皆の顔を見回し、少しは緊張が和らいだかな、と心の中で安堵する。

「では、いきましょうか」

 一水自身、もやもやとした思いが心に存在しているが、そんなことは微塵も感じさせない微笑を顔に貼り付け、声をかけた。


 こんこんこん。


 個室のスライドドアを軽くノックすると、「どうぞ」と声があった。

 ドアを開くと、部屋の奥、窓際に置かれたベッドの上で淵園が身体を起こしていた。窓は開いていて、外から入り込む風がそよそよとレースのカーテンを揺らしている。部屋の中は、季節に反して快適だ。

 ベッドの周りにはそれを囲むように簡易の椅子が人数分用意されている。彼女は何のために面会に来るのかを正確に理解していた。ただのお見舞いではないことを。

「お加減はいかがですか」

 一水が初めに声をかけると、「随分よくなりました」と返事があった。しかしその返事に反して顔色はあまりよくない。無理をして起き上がっているようにも見える。

 そんな淵園を一目見て、紅葉(くれは)とほのか姉妹が、「本当に大丈夫なのか」と心から心配した様子で押しかけていった。さっきまでの強ばった表情はどこかへふっとんでいる。

 おかげで淵園も息が抜けたのか、体調を気にする二人の勢いに困惑しながらも、「ご迷惑をおかけしました」とほんのり笑って対応している。他の人たちも気持ちが緩んだようだ。

「二人とも、淵園さんをあまり困らせてはいけませんよ」

 一水は二人を諭し、用意してあった椅子の窓側、一番淵園に近い席に自然に腰をかける。隣に樹が座る。それを合図に、他の人たちもそれぞれ席についた。


「体調がまだ優れないところ大変申し訳ありません。淵園さんにいくつか聞きたいことがあるのですが、よろしいですか?」

「私が答えられる範囲でよろしければ……。クラウディアさまからお話を伺っているとは思いますが……できる限り、ご協力します」

 その返事に、一同はほっとする。拒否される可能性もあったのだ。協力的な返答に樹も安心したが、淵園の瞳がうっすら曇った気がした。

「ではまず、私から」

 一番手は紅葉。

「この間は私の暴走を止めてくれてありがとう。本当に感謝している」

 一水の向かい、窓の反対側で淵園に一番近い席を陣取り、感謝の言葉を述べる紅葉の隣で、ほのかがぶんぶんと顔を縦に振っている。

「あの時、淵園さんに背中をすっとなでられたとき、たまっていた悪いモノというかなんていうか、どろどろしたものが身体から抜けていくような感じがしたんだ。あれは、君が何かしてくれたのか?」

「はい」

 即答だった。紅葉も目を見開いている。

「私は今、この学園で薬草学の補佐や植物の手入れをさせていただいていますが、本業はヒーリングなんです」

 ヒーリングとは、対象物を癒すことである。その対象は施術者によって異なるが、聞いたところ、淵園の場合、植物を含め生きるものすべてが対象となるらしい。

「本業はヒーラーとして心身の癒しや傷の治癒なんです。動植物の心身を潤すための方法として、草花についても知識ために、それらについての知識を身につけてきました。それをこの学園で役立てられると思い仕事をお引き受けしたのに、こんな調子じゃだめだめですね」

 淵園は哀しそうに笑う。

「私は、“癒しの手”を持っているそうです。紅葉さんにしたのはヒーリングを始める際のおまじないのようなものなんですが……。額に手を当てて、もう片方の手で背中を下から上へ、そっとなでるんです。そうすると、身体の中の力が抜けて、次の処置にも効果があるんです。あの時、紅葉さんの心身には入りきらないほどのエネルギーが溜まっているのを感じて、危ないと思ってとっさにした処置でした」

 つまり淵園は、“癒しの手”とやらを使って、紅葉のエネルギーを体外に放出した、ということだ。あの溢れ出すようなまばゆい光は、強い魔力を持つ紅葉の溜まりに溜まった力だったと考えれば、あの輝きようにも納得できる。


「ヒーリングができるということは、この学園に入学できるのではないか?」

 これは拓真からの質問だ。直接的に言えば、有能力者なのではないか、という意味である。

 拓真の低く響く声に少し怯えたようにも見えたが、淵園はこの質問にもすぐに答えた。

「治癒というのは“土”の属性の一つですから、その疑問もわかります。ですが私の場合、この“癒しの手”があってこそできることであって、四大元素に基づく力ではないのです。この学園にあるべき能力とは違います」

 淵園は拓真の質問の意味を理解し、自分の手のひらを見つめながら答える。この答えからは、もし入学の誘いを受けてもそのつもりはない、という断固とした主張も含まれている。樹は彼女の頭の回転の速さに驚いた。

「そうか……それは残念だ」

 彼女の返答に込められた意味は拓真にも伝わっていた。彼は本当に残念そうだ。

「四大元素に基づかないとしても、すごい力だとあたしは思います! 遺伝かなにかですか? お父様やお母様が、その素晴らしい手をお持ちなのですか?」

 興奮気味にほのかが聞く。ほのかにとっては単なる興味範囲の質問だったのだが、淵園は大きな動揺を見せた。紅葉と拓真からの質問にははっきりと答えていたのに、今は視線が定まらない。質問したほのかも、まずいことを聞いたのかとおどおどしている。

「……父が、“癒しの手”の持ち主だったんです」

 “だった”。過去形。

「今、お父様は……?」

 恐る恐るほのかが問いかける。

「死にました。私が八歳のときに。母も」

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