四、
窓を開けると、夏の爽やかな青空が目に気持ちいいが、むしっと湿り気を持つ生温かい風が身体にまとわりついて不快指数が高くなる。
さらは、下手の空気の快適な温度、湿度を魔法で調整する。すると一瞬で過ごしやすい空間と早変わりした。
昼休みの集まりの後、他の参加者はひととおり話を終えて会議室を出て行った。しかしさらは会議室に残っていた。
「弦矢さん、引き止めてしまってごめんなさい。ちょっと気になることがあって」
部屋には弦矢も残っていた。彼は三限に講義があったが、声をかけてしまったのだ。
「いえ、滅相もございません。講義のノートは誰かに見せてもらえますし、出席数は成績に反映されない講義ですから問題ありません。それであの……、気になること、とは……」
おずおずと見つめられる。緊張が伝わってくる。さらは、あまり彼の時間をとってはいけないと、すぐに本題を切り出した。
「淵園さんのことなのですが、先ほどあなたのお話を聞いていて、違和感がありました。まるで今回のことを予想していたかのような彼女の行動に……。紅葉さんや一水さんは、あまり気にしていない様子でしたが……」
ほのかは未来を予知してるみたいですごい、とはしゃいでいた。
弦矢の顔をうかがうと、彼は黒い瞳をまっすぐにさらへ向けてくる。吸い込まれてしまいそうな感覚に、さらは視線を窓の外へ移す。
「私も、未来の予知のような能力を淵園さんが持っているのかもしれない、と思いました。でも、それだけなのでしょうか。それとも……」
そうさせた。そう考えてしまった。
「悪い予感というか、不安が込み上げてきて……。彼女にはなにかあるのではないか、と」
大事な人たちを助けてくれた彼女を自分は疑っている。もしかしたら、彼女が、という考えが離れない。そんな自分に嫌気がさしてくる。
窓の外をぼんやり見ていたが、暗くなる気持ちと同調し、無意識に視線が足元の方へと下がる。
「大丈夫です」
珍しく弦矢がはっきり言い切った。さらははっとする。
「ぼくが、明日の面会のときに、きちんと視ています」
さらさまが心配する必要はありません、と優しい表情を向けてくる。その瞳の黒い色は、さらの不安を吸い込んでくれているように思えた。
「ぼくのちょっと外れた力の使いどころですね! ぼくの力を認めてくださったさらさまのためにも、しっかりお役に立ってみせます!」
弦矢が意気込む。
「ええ、ありがとう。よろしくお願いしますね」
弦矢は風の属性だが、風を操る能力はさほど強くない。むしろ、平均より弱いといってもいい。だが彼は、特殊な能力を有していた。“光”を操る能力だ。
彼自身は“外れた”と言っているが、光を操る能力は珍しい。光は“風”の属性とされているため、風の能力者に光を操ることができる者も少なくない。しかし、百パーセント使いこなすのは難しい。ほぼ無理だといってもいい。その難しい能力を、弦矢は完璧に使いこなしているのだ。
領分けの儀式の際、彼はダイヤモンドにほんのりと光を帯びさせた。魔力は弱いものとみなされた。しかしさらにはその光が他の人のそれとは違い、優しくまばゆく輝いているように見えた。
風を思うように操れず落ち込んでいる弦矢をたまたま見つけたさらは、彼に声をかけ、執行部へと誘った。そこで弦矢は光を操る特殊な能力の持ち主だということを見出した。彼は現在、生徒会で頼りにされる存在となっている。
弦矢の能力は光の力の中でもさらに特殊で、人や物、空間をまとうオーラのようなものも視覚で捉えることができる。これまでも、その眼によっていくつかの問題を避け、切り抜けることができた。
さらは弦矢に、淵園のオーラを見てほしい、とお願いしようと思っていた。もちろんその結果は八人で共有するつもりだ。しかしそれを言い出す前に、弦矢はさらの考えを敏感に悟り、自ら申し出てくれた。もしかしたら、文字通り、空気が読めるのかもしれない。
「では、三限を受講するのでそろそろ失礼しても……?」
思っていたより長く留めてしまったようだ。感謝を伝えると、彼はぺこりと頭を下げ、会議室を出て行った。
弦矢のおかげで、自己嫌悪は少しやわらいだ。
明日の面会で、今後の解決策の切り口が見つかるだろうか。それから、弦矢には淵園のオーラがどう視えるのか。
結果を聞けば、こんな気持ちは消えるだろう。きっと、自分の恐れている方向へは向かわないはず。
そうに考えているのに、淵園への疑惑はさらのなかで膨らんでいった。
しかしさら自身、心がそんな考えに囚われていることに気付いていなかった。




