五、
ぺちぺち、ぺちぺちぺち
「お姉ちゃん、起きて」
医務室で寝ている姉、紅葉のほほを片手で叩くのは、ほのかである。
ぺちん!
なかなか起きない姉を、今度は両手で強めに叩く。
「ん……?」
紅葉は少し瞼を開く。ぼんやり見えたのは、自分と同じ色の髪を持つ女の子の顔。
「ほのか……?」
ほのかはにっこりと微笑んだ。
「ただ」
いま、まで言えなかった。
「馬鹿! どれだけ心配したと思ってるんだ! 周りの人もとても心配したんだぞ!」
紅葉がぶち切れる。
攫われた妹と、助けようと全力を出した姉の涙の再会を想像していた樹たちは絶句した。樹はおろおろと、どうすればいいか一水に助言を求めるが、一水だけはそれを見て吹き出すのを懸命に抑えているし、淵園は微笑を口元に貼り付けたままだ。
「こういうときは、おかえりって涙ながらに妹を抱きしめるのがセオリーなんじゃないの?! ってか自分だって力を暴走させて周りの人にとっても心配かけさせたって一水さんから聞いてるよ?! 馬鹿はどっちなの?!」
「お前が誘拐なぞされるからいけないんだ! 心配し過ぎて気が狂うかと思ったんだぞ!」
「攫われたのは不可抗力だもん! あたしだって、お姉ちゃんが病室で寝てるって聞いて、ものすっごおく心配したんだからね?! こんだけ元気なら心配して損だった!」
「なんだと?!」
「んんっ?!」
二人が睨み合う。
バチバチバチ、と火花が飛び交った。
「……ぷっ」
ふふふふふ、と二人がたまらず笑い出した。いがみ合い――というより姉妹喧嘩だが――の空気はなくなり、温和な雰囲気に変わっていく。
「ただいま。心配してくれて、ありがとね」
「こちらこそ。……おかえり」
ほのかが紅葉に顔を近づけてお礼を言うと、紅葉がその頬を優しくなでる。
ほのぼのと、時間が流れていく。
初めのいがみ合いは、ただのじゃれ合いだったのかと気付いた樹は、それをわかって笑いを噛み殺していた一水をさすがだと思った。
「一水さん、さすがですね」
そのまま声に出して言う。一水はふっと顔をほころばせた。
「俺は名探偵だからな。これで事件は解決。一件落着だよ、ワトソン君」
一水の言っている意味は、学園で帰りをまだかまだかと待っていた一水には、残念ながら理解できなかった。
「きれいだな」
一水がつぶやいた。視線は窓の向こう。空にはたくさんの星が瞬いている。
事件の発生は夕暮れ時。今までの時間が長いような短いような、不思議な感覚だ。
星が煌めく背景に、温かみのある橙色の照明が照らす姉妹の髪。
また、いつもどおりの日常が戻ってくる。当たり前のことを、とても幸せに感じる光景だ。
「明日は臨時会議だぞ、樹」
せっかく幸せな気持ちに浸っていたのに、一気に現実に戻された。まったくこの人は……。
嫌味のひとつでも言ってやろうとしたとき、どさ、と後ろで音がした。
振り返ると、淵園が苦しそうに倒れていた。




