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夕日は瞳の奥に  作者: ぬりえ
第十七章

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四、

 昼間だけど薄暗い部屋の中、ゼルジアは簡易ベッドでごろごろしながら本を読んでいた。人間の文字なんて読めないと思っていたけど、開いてみたら読めたのだ。よく考えれば言葉を話せるのだから当たり前なのかもしれない。本を読むのはいい暇つぶしになって、なにより楽しい。


 朝、拓真とフジと樹が出て行った後、とても暇だった。部屋から出ることはできないし、これといってやることもない。人間は朝昼晩と、一日に三回の食事をとると聞いていたので、きっと昼ごろには拓真が来ると思い、樹からもらった“気の言伝”なるものを使って拓真に注文した。

 暇すぎて死にそう、と。

 すると拓真は、予想通り食事と一緒に暇つぶしになるものを持ってきた。それが本だった。一抱えもある大きな段ボールにぎっしりと詰まっているのに、軽々と持っているのを見たときは驚いた。

「持ってきたぞ!」

 ほくほくとした顔でどんと床にそれを置く。中身が本とわかり、最初は少し落胆した。自分に人間の本は読めないと思ったからだ。読めないとは考えなかったのかと聞く前に、まず別の疑問が浮かんだ。

「ちょっと、私がサングラスを外しているとは思わないの? もう少し警戒しなさいよ」

 魔法がかけてあるとはいえ、このサングラスを外せる可能性はなくはないはずだ。警戒心ゼロで入ってきた拓真に半ば驚き、半ば呆れた。

「そんな必要ないだろう。おまえはそんなことしない。それより、読んでみてくれ」

 最初は自分の魔法によっぽど自信があるのだと思ったが、そうではないようだとわかった。拓真はゼルジアを全面的に信用しているのだ。それがわかると、ゼルジアは変な気持ちになった。かわりに、召喚されてから心に潜んでいた不安な気持ちが薄れていく。


 段ボールから適当に選んだ本を開いてみると、読むことができた。読めることがわかると、拓真は今日一日はそれでしのいでくれ、と言ってきた。一日で読み切れないほどの量がある。ジャンルも小説から学問書まで、様々だ。そんなわけで夜に拓真が帰ってくるまで、ずっと本を読むことになった。

「ほう、ゼルジアは学問のほうが好きなのか。てっきり小説を読んでいるものかと思っていた」

 夜に帰ってきた拓真は、ずずっと大きな湯呑でお茶を飲みながら言う。

「ええ、とっても興味深いわ。特に民俗学っていうの? いろんな人種に文化に信仰。たくさんの考え方が客観的にひとつの学問としてまとまっているなんて。私たちの棲むところはほぼゴルゴンだけで、あとは普通の動植物よ。考え方の違いなんて、そんな概念はないわ」

「君は善と悪とか、そういうのをよく話してくれたが」

 うっすらと口に弧を描きながら、拓真が相槌をいれる。

「世界は一つじゃないって思ってたの。知らない世界を見てみたいと思ってた。だからこそ、召喚の魔法に私が選ばれたのかもしれないわね」

 ゼルジアの言葉に嫌味は一切感じられない。少し嬉しそうにもみえる。

「最初は、突然知らない場所にいるわ襲われるわで本当に怖かった。でも」

 ゼルジアはサングラスの向こうから拓真をじっと見つめる。

「でも、あなたは私のことを傷つけようとはしなかった。足元は固められたけど、一番に私を信じてくれた。胸があたたかくなったわ。人間は嫌なやつだと思ってたけど、すべてがすべて、そうじゃないんだって実感したから、新しく世界が開けた気がしたの。それで善悪のことを考えたのかもしれないわ。あなたのおかげで私は人間を受け容れることができたのよ、タクマ」

「おおげさじゃないか」

「おおげさじゃないわ」

 拓真が居心地悪そうに頭をかきながらぷいとそっぽを向くのを見て、ゼルジアはくすっと笑う。

 子どもみたいだ。見た目に似合わない。

「照れ屋さんなのね」

 今度はむすっとしたのがわかる。

「この本のおかげで、私の中の世界がどんどん増えてるわ。もっと読んでみたいの。また持ってきてもらえる?」

 拓真の前にするりと入り込み、本をすいっと出す。拓真は固まっている。

「ねえ、聞いてるの?」

 固まっていると思った拓真は、ゼルジアの瞳を見ていた。サングラスの向こうを。

「きっと君の瞳は、今、キラキラと輝いてとても澄み切った色をしているんだろうな。一度、見てみたいものだ」

 直球で言われ、今度はゼルジアがたじろぐ番となる。

「……っ! ちょっとあなた、石になりたいの?」

「なりたくない。けれど、見てみたい。素直な気持ちを言っただけだ」

 この人間は無自覚なたらしなのか。ゼルジアは拓真に背を向ける。

 こんな気持ちは初めてで、自分がどんな顔をしているかわからない。

「それにゼルジア、いつか君の世界を、感じたことを記した本を読んでみたいものだ」

「本?」

「そう。きっと歴史に残る学問書になるぞ」

 ゴルゴンが書いた本となれば、そりゃあ歴史に残るだろうと皮肉を言ってやりたかったが、出た言葉は違った。

「それは……面白そうね」

 いいかもしれない、とゼルジアは思った。でも実現することはないだろう。石にしてしまった三人がもとに戻れば、自分はここと拓真たちとはお別れしなければならないのだから。

 思っていけないとわかってはいるが、それでもゼルジアは、三人の石化を解く方法が見つからなければいいな、と思ってしまった。

 まだ、しばらくは。

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