三、
禁書庫は、普通なら学生は入れない。教授でもたくさんの手続きが必要で、それらをせずに入れるとすれば学長くらいだ。学長も保管されている本の管理のために出入りするくらいだと聞いている。
禁書庫と言われるだけあって、保管されている本は好奇心や遊び半分で手にするには危ないものばかりだ。魔道書とよばれる黒魔術に関する本、魔法陣の書き方が載った本、異世界から魔獣を召喚するための本、呪いの書など、手に取るには怖いもののほうが目立つ。胡散臭いものもなくはないが、禁書庫にある、というだけで本物ではないかと思ってしまう。
他には難しい魔法の解読方法などの理論的なものや、魔力を上げるための術具の作り方など役に立ちそうなものもあるが、これらも悪用されると大変なことになる内容だ。このような本が、禁書庫で保管されている。
そんなところに出入りする権利を、学長は守護神に与えてくれた。それは、学長が守護神に期待し、信頼しているからだろうか。それともなにかを知っていて、ここに解決策があることをほのめかしているのだろうか。どちらにしても、答えを見つけられない三人にとって、調べることのできる文献が増えるのは救いだ。特に解毒剤の調合については、禁書庫で見つけられる可能性が高い。
許可証を扉にかざし、何度も扉を開くと、エレベーターに乗っては降りてきた。禁書庫があるのは地下のようだ。エレベーターは、乗ると同時に降りていき、三人の心は張っていった。
エレベーターが止まる。あの独特な、うわん、という気持ち悪い感覚が頭を揺らす。止まったエレベーターの扉がすうと音を立てずに開く。薄暗い部屋は、円筒の形に広がっていた。
禁書というだけあって、見た目も古臭い本が多い。厚さも幅も丈もばらばらで、背表紙の印字が剥がれかけているものもある。魔力を含むものがあるせいか、開いた部屋から異質な空気を感じた。
「うわあ」
エレベーターから一歩出て、ほのかはそのまま立ち尽くした。
「本から魔法のエネルギーが出てる。こんなのはじめて……」
くるりと一周部屋の中を見回してなお、その場に立ったままの三人。
樹も同じことを感じてはいたが、学内にこんな場所があったことへの驚きのほうが大きかった。何回も許可証をかざしながら扉を抜けて、曲り、エレベーターに乗っては降りて、多分地下にいる。
地下だろうと予想はできても、学内のどこに位置するのかはさっぱり掴めない。人目につかせたくない本を保管するにはうってつけな場所と、頑丈さだ。知らずに監禁されたりしたら、出てこられる自信はない。
ほのかと樹はそれぞれのことを思いながら立ち止まっていたが、意外にも弦矢が一番にすたすたと歩き始めて本棚を回り、お目当ての本を探し始めている。
「ほのかちゃん、こことあそこにそれっぽいのがありますよ!」
「もう見つけたの? 早い! 見せて見せて!」
光の力を強く持つ弦矢には、探し物が輝いて見えるとかそんな力があるのだろうか。まるで一度来たことがあるかのように、するすると動き回り本を見つけていく。部屋の中心に置かれた小さな机は、すでに何冊かの本が積み重なっている。
いわくつきの本が保管されているためか、ある場所がわかりにくいように本の内容で棚が分類されていることはないようだ。ほのかと弦矢が薬に関する本を読み進めるなか、樹は自分の求めるものに近い、それっぽいタイトルの本を手にして、立ったままページをぱらぱらとめくる。
怪しげな文字が連なっていたり、魔法陣や幻獣が描かれていたり、開くことさえできなかったりと、本当にいろいろだ。しかし、樹の求める内容の本にはなかなか巡り会えない。これは片っ端から順番に見ていくしかなさそうだ。
時間が必要だな、とふと顔を上げて壁を見回す。壁一面を覆い尽くす本の数々。そこへ、一冊の本が目に入った。
『魔法と石』という名の本だった。本棚からとびだしているが、背は高くない。図鑑に似たようなものか。正方形に近い形をしているのがわかる。
なんとなく気になって、背表紙に手を伸ばしたそのとき。
「あったーーーーー!」
ほのかと弦矢の歓喜の声が、広くない部屋の中をこだました。三人しかいないから大きな声も迷惑にはならないが、それにしても大きすぎる。二人の歓びが感じられる。
「見つかったのか?」
樹は伸ばしかけた手を止めて、二人がいる机へと向かう。二人が開いていたのは『毒薬の作り方』のという恐ろしい名前の本だった。たしかに毒薬は、使用方法によっては解毒剤がないと意味をなさないものもある。解毒についての解説があってもおかしくない。
「調合方法と材料も、載っているのか?」
「はい!」
ほのかが元気よく答える。覗いてみると、材料と分量に調合手順まで、しっかり書き記されていた。
「よし、三人で協力して暗記するぞ。そしたらすぐに行動開始だ」
「はい!」
禁書庫にある本は、持ち出しはもちろん、写しをとるのも禁止されている。暗記以外に持ち出す方法はない。三人は時間をかけて、じっくりと、その方法の見開き一ページ分を暗記することに集中した。挿絵や解説も多く、文章の量はそこまで多くないが、やっぱり手順は複雑で覚えにくい。暗記するのに集中するほのかと弦矢に気付かれないよう、樹は試してみたかった魔法をこっそりと使ってみることにした。
「覚えたか?」
「た、多分」
「出たら確認しあいましょう」
じっくり時間をかけて暗記し、三人はエレベーターに乗って禁書庫を出たのだった。
最後の扉を出ると、視界が一気に明るくなった。新鮮な空気が身体の中をめぐる。
「すぐに会議室に行きましょう。他の情報が入ってきたら覚えたのが出て行っちゃいそうです」
ほのかは頭を揺らさないようにするためか、耳を両手で押さえながら足早に移動していく。
「ぼくも、早く確認したいです」
会議室に着くとすぐに、三人は作り方の上から声に出して材料とレシピを言い合った。
ほのかと弦矢で言い合って、暗記してきた内容が正しいか確認していく。禁書庫の外であっても、覚えてきたことを書き記すことは禁じられている。とにかくどんな情報も頭の中以外には持ち出し禁止なのだ。その場で一緒にいなければ、禁書庫に入ることが許されている他の人にも内容やあった本のことについても話すことはできない。
ほのかと弦矢が復唱している間は、樹はただ黙って聞いているだけだった。実際に薬を作るのはこの二人になるで、二人に確実に暗記してもらわねばならない。たまに二人して間違ったところがあれば、指摘して修正させる。
「あれ、そうでしたっけ。大変」
「うん、その順番が逆」
あまりにも樹がはっきりと指摘するので、二人は半分感心し、半分は不思議そうに記憶の修正をしていく。その不思議そうな視線に樹は、「俺は暗記がけっこう得意なんだ」と二人を納得させた。二人は素直に受け取ってくれた。今はそんなことより暗記を確実にするほうが大切で、別のことに気をかける余裕などない。
実は樹は、あの本のページの映像を写真のように切り取って、記憶として保管していた。さらへの告白の生中継を弦矢の魔法で守護神に公開処刑さながら放映されていたことを思い出し、応用してみたのだ。
視界に入った映像を光に変換し、自分の記憶として保存する。その魔法はうまくいって、瞼を閉じれば本のページが映し出された。これなら他人に見られることもない。暗記とはほぼ変わらない持ち出しだ。悪用されてもよくないため、二人にはこの魔法については内密にすることにする。
何度も言い合って、記憶がある程度確定したようだ。二人はこれから材料を集めに温室と、現在は空き部屋になっている療養室に行くという。
「準備ができたら、明日もう一度禁書庫で確認し、作り始めます!」
ほのかが意気込んでいる。これで、一人目の被害者は元気になるかもしれない。
「俺も行こうか?」
禁書庫は異世界にきたような空気があり、あまり居心地がいいとはいえない。時間が過ぎる感覚さえなくなってしまう。自分は他の本で熱の調べものをしていればいいし、提案してみる。
「大丈夫です、弦矢君が一緒だから」
ねっ、と笑顔を向けられた弦矢は、緊張しながらも首を縦に振った。
「信頼されてるな、弦矢。お姫様をしっかりお守りしろよ」
からかう言葉にはなったが、求めることは大真面目だ。頬を赤くしながらも、弦矢は今度は声に出して、返事をくれた。当のお姫様は照れくさそうだ。
樹はすれ違いぎわに、ぽん、と弦矢の肩を叩いて、二人と別れた。
これからはパトロールの任務がある。そのあとは拓真の部屋に行って、ゼルジアの様子も見たい。
五つ目の力についての進捗はなかったが、マンドラゴラの解毒については大きな進展があった。五つ目の力はまた明日改めて調べに行こうと決め、風の領のパトロールへ向かった。
多分あの二人は興奮で解毒剤の調合方法を見つけたことの報告を忘れている。歩きながら、樹は守護神にそのメッセージをとばして送った。




