二、
しんと静かではあるけれど、さかさかと人の気配が動き、こもった空気には本のにおいがする。
広い図書館のなかで一区画、特に人の気配と音が激しいのは、薬草学の本が並ぶところだ。
「すごい、今日は本がたくさんあるよ。昨日まではすっからかんだったのに」
「よかったですね。閲覧コーナーに移動して読み漁りましょう」
気持ち小声でそう話すのは、ほのかと弦矢。開館直後に薬草学関連の本が並ぶ棚に一直線に向かうと、ずっと見つからなかった本がずらりと並んでいたのだ。これでなにかわかるかもしれない。
ほのかと弦矢の任務はマンドラゴラの解毒剤の作り方を見つけること。ほのかはこの任務は自分がすべきだという責任を感じていた。
碧が消えてから、彼女の名前を出すのはタブーといった雰囲気になっている。しかしほのかは、一緒にマンドラゴラを育て採取し課題をもらったことにより、碧のおかげで薬草に興味を持つようになっていた。
碧と“影”を結びつける疑いはまだ心のなかでうごめいている。もし自分が採ったものが学生を石にしてしまっていたら、と考えると、自分がなんとかすべきだと思ったのだ。もしかしたら、碧に与えられていた課題もできるかもしれない。
ん? 課題?
「マンドラゴラの花にはね、根の部分と別の効果があるんだよ」
碧の声が脳裏に響く。
「! 花!」
今開いているのは根に関するページ。そこから花を解説するページへと移動する。ばらばら、ばらばらばら、と乱暴にページをめくるほのかに、弦矢が難色を示す。
「ほ、ほのかちゃん、もう少し丁寧に扱わないと」
司書さんに見つからないようにと周囲の様子をちらちらと窺う弦矢をよそに、ほのかはページをめくり続ける。
「マンドラゴラ、マンドラゴラ、マンドラゴラっと……」
呪文を詠唱するかのようにぶつぶつ言いながら目当ての場所を探す。なければ次の本へ。また次へ。
「あった!」
古びた一冊の本に、挿絵付きでマンドラゴラの花の成分と効果が解説されていた。
“マンドラゴラの花:根の毒成分の解毒”
ぱあっ、と道が開けた気がした。
「見つけた! 見つけたよ! 花だよ、花!」
興奮して大声を出すのをたしなめるのに必死で、弦矢が喜ぶのは一足遅れてからだった。
しかし、喜んだのも束の間。
「ないいいいぃぃぃぃ」
肝心な解毒剤の作り方は、どこにも載っていない。それもそうだ。マンドラゴラは危険な魔草で、扱えるのは資格を持った人だけなのだ。薬草学でも観察はするが実際に調合はできない。調合方法の記載された本を図書館に並べることなどできるはずがないのだ。
せっかく開けた道が、がらがらと音を立てて崩れていく。
二人は本を読み過ぎて目がしょぼしょぼしてきた。少し早いけれど昼食をとろうという話になり、図書館を出ようと歩いていると、四大元素の基礎と応用を論理で学ぶ本が置かれた一画に樹を見つけた。こちらも真剣な表情だ。
「樹さん! なにを調べてるんですか?」
「ああ、ほのかに弦矢。そっちは進んだ?」
「進んで止まりました……」
ほのかがずうんと暗くなる。
「息抜きにお昼を食べようと思ったところなんです。樹さんもお疲れのようですし、ご一緒にいかがですか?」
樹は弦矢の誘いを受け、三人で学食へ向かった。
「五つ目の力?」
ほのかがパスタを食べながら復唱する。今朝のゼルジアの話から始まり、樹は調べていた内容を拓真とフジにしたのと同じように説明すると、ほのかは首をひねり、弦矢はそういえば学長の様子は変だったかもしれないと、記憶を掘り起こしていた。
「弦矢君の光の力とか、四つの力と少し外れるものとは違うんですか?」
碧の“癒しの手”とか、と口から出るのをほのかはパスタと一緒に飲みこむ。
「どうも、独立しているらしい」
すると、弦矢が言った。
「“樹”ではありませんか? 四つをすべて合わせたものとして、よく例えられますよね」
五行思想、というやつ。
記念式典のとき碧にも言われたな、と樹は思い出す。でも今碧のことを口に出すべきではない。
「もしそうだとしても、それがどんな力かわからなければ、意味がないだろ」
「そうですよね」
弦矢がしょぼんと肩を落とす。
“樹”の力があるとしたら、それはどんな力なのか。好きに植物を生育できるとか、そんな安易な考えしか浮かばない。
「四つ全部集めた力っていうのはどうですか? “樹”じゃなくって、すべてに適性があるっていう意味での」
「それはありそう!」
ほのかの意見に弦矢も賛同する。すべて使えるというのはあるかもしれない。妖精を統べる森の女王なら、妖精たちに銘じて四大元素のすべてを自由に使えそうなものだ。
「うん、それは考えられるな。でもそれが五つ目の力とすると、四つに適性を持つ複能力者がいた場合は、五つ目の力を持つことになるのか? それともただすべてを使えるというだけの能力なのか」
ほのかの柔軟で突飛な考えはとても興味深いが、なにか違う気もした。
「今のところ、すべてに所属する能力者の存在は聞いたことがありませんが……」
「隠してるだけかもしれないじゃん! 気付いてないだけとかさ!」
「それもそうだけど」
「まあとにかく、調べてみようと思うんだ。図書館に目ぼしい本はなかったし」
「じゃあどうやって調べるんですか?」
ほのかが聞いてくる。
「禁書庫だよ」
「禁書庫?」
ほのかと弦矢が口をそろえた。
「何を言っているんだよ、二人とも。俺たちにはその権利があるだろ」
「ああああああーーーー!!」
権力の乱用はしたくないが、今こそ使うべきときだ。
「おまえらもマンドラゴラの解毒の目処がついたのに行き詰っているんだろ。行ってみないか。俺も初めてだし、ひとりだとやっぱ行きづらい」
ほのかと弦矢は顔を見合わせると、「はい!」と元気に返事した。
昼食をとりおえて、いざ、禁書庫へ。




