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夕日は瞳の奥に  作者: ぬりえ
第十七章

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111/163

一、

 こんこんこん、とドアをノックする。土の(ぐう)、拓真の部屋だ。

 樹は心配で朝一番に、迷惑を承知で拓真の部屋を訪れた。

「樹です」

「入って」

 中から聞こえたのは、拓真ではなくフジの声だった。

「フジ? 入るぞ」

 がちゃ、と小さくドアを開けて安全を確認し、するりと中へ身体をすべりこませる。

「おはようございます、拓真さ……は?!」

 そこにいたのは、顔にぴったりとはりつく縁の太い黒のサングラスをして、フード付きのポンチョをはおり、腕と脚を組んで椅子にどどんと座るゼルジアだった。ふてぶてしいポーズとサングラスが、ヤンキーの女子高校生を想像させる。

「レディに対してずいぶん失礼な反応ね」

 このもの言いも、ひねくれ感が変にしっくりしている。

 口をあんぐりあけたまま固まってしまった樹を見て、フジが笑いをこらえようと肩を震わせている。

「いいだろ、このサングラス。外からは見えないけど中からは見えるし、間接的なら鏡を見てもいいんだってさ」

 サングラスは弦矢のものらしい。用意がいいなと思ったら、ひ弱な印象を少しでもワイルドにしようと購入してあったものらしい。一足先にやってきて、ゼルジアにつけたそうだ。万が一にも外れないよう、固定するため拓真の魔法がかけられている。

「あいつ、小柄だから、ゼルジアの顔にぴったりだったよ」

 笑いながらフジが言う。ポンチョは急な来客があったときその場しのぎのため、蛇の髪を隠すためのもので、ほのかから弦矢が預かったそうだ。

「褒め言葉のひとつもないわけ?」

「あ、とってもよくお似合いで」

 フジが耐え切れずに噴出した。


 昨夜、いや今日の未明はあんなに警戒していたのに、フジの態度のかわりようが気になる。見張りをしているようには到底思えない。

「ずいぶん親しくなったんだな」

 その意味をこめて聞くと、フジは樹の疑問を理解し、苦笑いで答えた。

「やっぱり心配で、朝早く来たんだよ。で、ノックしても出てこないからさ、あの拓真さんがだぜ? 鍵を壊して入らせてもらったら、二人してぐうすか寝ててさ。なんか毒気抜かれちまった」

 そのあと弦矢が持ってきたサングラスとポンチョでヤンキーになったゼルジアを見て、もう心配しようとも思わなくなってしまったらしい。

「鍵壊して勝手に入ったのは、こってり絞られてたわね」

 ゼルジアは意地悪くくすりと笑った。フジの顔が蒼白になる。相当怖かったのだろう。それ以上は聞かないことにした。

「で、拓真さんは?」

「食いもんの調達。ほら、帰ってきた」

 ちょうど拓真が帰ってきた。両手に袋を抱えている。

「おはようございます。お邪魔してます」

「お、樹か。おはよう。まったく今朝は騒がしいな」

 どさっとおかれた袋の中には、出来合いの食べ物がどっさり入っていた。

「ゼルジアが何を好むかわからなくてな。雑食というから、手当り次第に買ってきた」

 ゴルゴンは草も虫も魚も肉も、なんでも食べるらしい。ただ味付けが口に合うかわからず、たくさんの種類を買ってきたそうだ。

「おまえたちも食っていけ」

 フジと樹もご相伴にあずかり、朝食をとった。ゼルジアは野菜と魚介のパスタが気に入ったようだ。味付けが濃い、とは言いながらも、慣れない手つきでフォークを使い、おいしそうに食べている。


「イツキ、だっけ? さっきからなに?」

 ゼルジアが樹にサングラスの向こうからうんざりした視線を送ってくる。無意識のうちに見つめていたらしい。樹は思い切って聞いてみることにした。

「ひとつ、聞きたいんだけど」

 樹が拓真の部屋を訪れたのは、心配なのはもちろんだが、それだけが目的ではなかった。ゼルジアに聞きたいことがあったのだ。拓真に目で許可を求めると、続けていい、というように顎をしゃくられた。

「昨日の“善”と“悪”の話だけど。どちらでもないっていうか、中立の生き物っていると思う?」

 ゼルジアは人間が“悪”に分類するゴルゴンだ。しかし、樹には彼女が“悪”だとは思えない。少なくとも彼女だけは。

 それなら彼女は“善”になるのだろうか。そう考えると、一般の視点では“悪”でも、樹の視点では“善”になって、それは中立なのではないか。そんなことを考えたのだ。

「そんなのわからないわ」

 ゼルジアの答えは簡潔だった。

「昨日も言ったけど、人間でないものを善悪に分けているのは人間なのよ。私たちはそんなこと考えないの。まあ、そういう意味ではすべての生き物が、どちらでもない、に入るのかもね」

 すべてがどちらでもない、となる。それはどう解釈すればいいのだろう。

「それぞれの個体で考え方は違うんだもの。それなら、どちらにもなれるっていうのが一番近いのかしら」

「すべてのものが、どちらにもなれる存在、か」

 例えば樹が今ゼルジアを傷つけたらどうか。拓真とフジからは敵意のないゼルジアに危害を加えたとして“悪”と判断されるだろうが、守護神以外の人からすれば、危険な生き物を倒したとして“善”とみなされることになるだろう。

 ゼルジアに石にされた三人は、危険生物を退治しようとして力をふるった。その力は、人を傷つけるという意味でとれば悪であるが、何かを守る行為とすれば善になる。

「隣り合わせってことよね」

 ゼルジアは言う。

「表も裏も、両方持ち合わせて心に共存させてるんだから、人間ってすごいわよね。よくバランスを保っているものだわ。うーん、そう考えると、中立の生き物って人間が一番近いかもね」

 共存。中立。バランス。

 そしてそれらに一番近いのは人間。

 碧の顔がなぜか頭に浮かぶ。振り払おうとして眉間に皺をよせたのを、ゼルジアは樹が理解できなかったと受け止めたのか、付け加えた。

「だから、昨日も言ったでしょ。人間は正と負の感情がしっかり分かれてるって、人間でない者には、感情はあってもそれは本能に近いから、どちらかなんて深く考えないのよ。分けて考えることすらすないわ」

 二つの相対するものをもって、どちらにも傾くことができる人間の心。

「それが、中立ってことか? 正と負を両方持つことが」

「さあ? その二つを平等に二つに分けられるかはわからないから、同じ面積でなければ中立とは言えないわね。二等分にした世界のどこに円の中心を置くかでも変わってくるわけだし。人間の心が球なら、どちらにでもころころまわっているけるし?」

 平らでなければ球は転がる。でもこれは個人の話。

「それぞれいろんなところに中心をおいていて、たくさん集合して、足して半分にすれば……真ん中に、中立になるのかな」

「そうかもね」

 ゼルジアは最後に残していたのエビをぱくりと口に入れた。

「人間がどこに立つかで、世界のバランスは変わるのかもね。イツキの考えでいくと」

 なんか難しい話になった。でも、少しわかった気がする。人間がどちらにもなれる、中立でいられれば、善と悪は均等に、共存していられるのかもしれない。そうでなければならない。でも、それが難しい。

「う~ん、やっぱりわからない」

 碧が中立というのは、どういうことなのだろう。そこがわからない。

「ま、中立ってのは置いておいて、すべてが均等である世界なんて、ありえないわ。それこそ不幸だもの」

 それはわかる。人だけでなく、すべてのものに個性がある。平等ということは、長所を評価されないということだ。長所と短所それぞれあって、皆同じ評価なのは、個人を否定することに他ならない。平等の扱い方は難しい。

「さっきからイツキ、中立に執着してるわね」

 サングラスの向こうの目と髪の蛇の目が樹に向けられる。一水(かずみ)と学長の話で気になった、とどうにか説明する。ゼルジアは興味があるのかないのかわからない声で、ふうん、とだけ返した。

「ま、とにかく中立の生き物がいるかいないかはわからないわ。でもバランスを保つために動けるちょうどいい駒は、人間よね」

 そこで話は終わった。一限の予鈴が鳴ったのだ。

 樹は五つ目の力を図書館で調べる予定だ。

 拓真も一水と学長の会話とそのときの学長の様子が気になっていたらしく、石化を解く研究は他に任せていいと言ってくれた。

 フジは通常の警備担当で学内パトロール、拓真は生徒会の執務がある。

 樹がゼルジアのためにいくつか気の言伝を作りおいて、三人で部屋を出た。

「いってらっしゃーい」

 ゼルジアの声が外へ漏れたが、幸運にも学生がいなかったので気づかれずに済んだ。土の長の部屋に、女性が入り浸っているとでも噂になったら……大変だ。

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