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夕日は瞳の奥に  作者: ぬりえ
第十六章

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七、

 土の領長の部屋、土の(ぐう)

 長の部屋は普通の領生よりも広い。とはいっても、九人集まるとぎしぎしとしてしまう。

 物の少ない拓真の部屋にゴルゴンの少女が目を隠した状態で一人座らされ、他の人間が全員立っているとなると、人間がゴルゴンを拷問しているかのように見える。なんとも自分たちが居心地悪い。ゴルゴンの少女も自分の置かれた状況を理解しているのだろう、目隠しをされたまま、そっぽを向いている。

「俺はこの学園の学生だ。拓真という。君は」

「ゼルジアよ」

 ゴルゴンにも名前があるようだ。

「さっそくだがゼルジア、石になった学生をもとに戻す方法を教えてくれないか」

「教えられないわ。私が死ぬもの」

「どういうことだ?」

 拓真の質問に、ゼルジアはつんとして答えない。弦矢が助け舟を出してくれた。

「拓真さま、ゴルゴンは鏡が苦手と聞きます。それが関係しているのでは」

 それを聞いた途端、ゼルジアが怯えだした。

「鏡? 鏡があるの?! やめて! 私から遠ざけて!」

 目隠ししているのだから鏡があっても見えないのに、この怯えよう。弦矢が拓真の質問の的を得ているのがわかる。

「落ち着け、この部屋に鏡は洗面台にしかない。それも外すとしよう。今はカーテンも閉めてあるし、窓に姿が映ることもない。大丈夫だ」

 頭を抱えて怯えるゼルジアの肩を優しく押さえる。

「本当……?」

「本当だ」

「……」

 ゼルジアの動揺が収まる。

「……ゴルゴンは、自分で自分の目を見ると、死ぬのよ」

 迷信ではなかった。ゴルゴンが鏡を苦手とする理由がわかる。

「弱点を話してよかったのか」

「あんたが聞いたんでしょ」

「それもそうだな」

 拓真がふっと笑う。

 それを見て、樹は拓真がこのゴルゴンの少女、ゼルジアをまったく警戒していないことを確信する。四人の生徒が石にされ、あんなに怒り心乱していたのに、なぜだろう。

「で、私が死ねば、石になっていた生き物はもとに戻るのよ。寿命じゃなく、自分の目を見て死ねばね」

「え……」

 誰からかこぼれた「え」は、どんな感情を含んでいたのか。


「どう? 私を殺す?」

 ゼルジアが拓真を挑発するように問いかける。口元がにやりと笑って、鋭い牙がちらりと、見える。

「いや、それはしない」

「はあ?!」

 拓真はきっぱり否定した。ゼルジアは驚いている。

「私が鏡を見れば、それで一件落着なんじゃないの?」

「たしかに三人の石化は戻る。でも、それでは君が助からない」

 ゼルジアは意味がわからない、というふうに眉間に皺をよせている。

「君も被害者なんだ。誰かにここへ召喚されたのだろう? そのうえ襲いかかられたら、自己防衛するのは当然だ。君の言うとおり、正当防衛だ。君は悪くない」

 拓真はゼルジアの行動を肯定した。

「それに、自分が死ねばいいなんて言うもんじゃない。本当は怖くて仕方ないんだろう」

「な、なによ……」

 ゼルジアの声は震えている。

「強がらなくていい。俺は皆を助けたい。これでも俺の力は土の領ではトップクラスだ。どうにかしてみせる」

 力強い、優しさもにじみ出た声。

「そんなきれいごと……。なにそれ、自慢なの?」

 ゼルジアは拓真に噛みついて強がっているようだが、目を隠すようにまいてあるタオルがしっとりと濡れているのが、樹にはわかった。


 拓真の決断に、誰も口をはさまなかった。黙ってふたりを見守っていた。

 それは、ゼルジアから悪意がまったく感じられず、拓真との間に、この短い時間で信頼関係が築かれたことがわかったからだ。

 こうしてゼルジアはと石にされた学生三人の全員を助ける方針が決定された。

 ゼルジアが学内へ召喚されたのは五日前の警備の日、三人が石にされる直前で、最初のひとりにはまったく関わっていない。念のため石化した一人目の被害者を見てもらったが、ゼルジアはこう言った。

「ゴルゴンの仕業じゃないわ。ゴルゴンの目を見て石になると、服や持っているものもすべて石になるのよ。でもこのひとは身体だけじゃない。素っ裸でない以外、身体だけ石になることはありえないわ」

 ゼルジアの言うとおり、警備中ゼルジアにより石にされた学生は服や荷物、構えた剣までも石になっている。しかし、最初のひとりは身体だけで、服などは石になっていないのだ。

「あんたたちの考えてるとおり、そのマンドラゴラってやつなんじゃないの? それにふつう、ゴルゴンに出くわしたらこんな間抜けな顔しないわ。自分で言うのもなんだけど」

 後の三人は恐怖や焦りの表情をしているが、最初のひとりはなんともいえない、不思議な表情。眉をひそめているといった感じの顔なのだ。

「今後はマンドラゴラの解毒に加えて、石化を解く別の方法を見つけることを目標とする。ゼルジア、悪いがそれまでここにいてくれ」

「わかってるわ。そもそも私に選択肢なんてないんでしょ。それにあんたたちは私に敵意がないみたいだし」

 ふん、と言い放つゼルジアは、お年頃のふつうの人間の女の子と同じだった。

「ゴルゴンのすべてが“悪”でないんだな。俺も考え方を変えなくては」

「“悪”?」

 はっ、と嘲るように乾いた声でゼルジアが笑う。

「善と悪で生き物を分類しているのは人間なのよ? 自分たちに害をもたらすものは“悪”になって、そうでないものは“善”にする。ほんと、人間って勝手だわ。私たちは生き物を石にしちゃうから“悪”とされるみたいだけど、好きでこんな力をもって生まれたわけじゃないんだから。何でもかんでも石にしたりしない。まあ、石像にして飾る仲間もいるけどね。自分たちにとって害になるからって悪と決めつけて襲ってくる人間のほうが、人間でない生き物にとっては、特に“悪”とされている生き物にとってはよっぽど“悪”だわ。しかも人間は“悪”を滅ぼすことを正しいと信じて疑わない。私たちだって懸命に生きているのに。その自覚がないから性質(たち)が悪いのよね、人間は。悪とされた生き物は、人間のせいで棲み家を追われているものもいるのよ。あんたたちがゴルゴンを悪とするのは構わないわ。実際私も石にしちゃったし。でもそれは生きるためにやっていることであって、悪だと思ってやっていることではないこと、忘れないでよね」

 ゼルジアの言うことは、守護神の心に重くのしかかった。


 “善”と“悪”は人間が分類している。

 “悪”は倒すべきものと信じて疑わない正義。

 でもそれは人間にとっての正義であって。

 人間ならざるものに、人間の正義は“悪”の所業で。


 メローは人間を喰らうから“悪”とされる。けれど、それは生きるため。人間も、なにかしらの命をいただいて生きているではないか。

 妖精は“善”とされるが、樹は彼らに人生の一部を狂わされた。これは“悪”とはされないのか。“善”によるいたずらは、たとえ悪質であっても“悪”とされないのはなぜなのか。

 本当に、“善”と“悪”の二つで世界を分類してもいいのだろうか。人間の目線だけで。

「人間は生き物の中でも特に正と負の感情がしっかり分かれてるから、真ん中に立ちづらいのもわかるわ」

 真ん中。

 正と負、善と悪の……中立?


 あの子は中立です。


 グリンヴェルドゥーユ様の言葉が頭によみがえる。どちらでもなく、どちらにでもなれる。

「君は聡いな。我々の考えを壊して、世界を広げてくれる。もっと話をしたいところだが……」

 樹もゼルジアに聞いてみたいことがあった。

 拓真はちらりと時計を見る。日付はとうに変わっていた。

「今夜は解散でいいだろうか」

「ゼルジアはどうする」

「しばらく俺の部屋で生活してもらう」

 一水の問いに、拓真は即答した。

「それはちょっと」

 危険ではないか、とフジが意味を含める。

「近いところにいてもらうのがいい。俺の部屋なら離れても動きはわかるし、人が入ってくることはない。俺は、ゼルジアを信用している」

「……わかりました」

 渋々フジが引き下がる。心配なのは樹たちも同じ。でもこうなってしまうと拓真は頑として譲らないのはわかっている。

「何かあったらすぐに呼んでください。駆けつけます」

 フジがそういうのを合図に、部屋に拓真とゼルジアを残し一同は出て行った。


 皆、それぞれ思うところを話し合っていたが、樹のなかではゼルジアの話と森の女王の話が反芻していた。つながりそうで、つながらない。

 中立。その意味がわかりそうでわからない。五つ目の力がなにかわかれば……。

 樹の頭から、ゴルゴンのことはすっとんでいた。森の女王のヒントを早急に解明する必要がある。そちらに気持ちが傾いていた。


 一同が去った部屋は、すっきりとした。

「あんた、警戒心ってものがないの?」

 寝ようと横になった拓真に、ゼルジアが話しかけてくる。

「私があんたを襲うとか考えないの?」

「それは考えないことにした。信じると決めたからな。俺は頑固なんだ」

「なによそれ、答えになってない」

「ゼルジアも寝たらどうだ。疲れているだろう」

「ゴルゴンは夜行性なのよ」

「これから昼間は部屋を暗くしておくから、ゼルジアも体内時計を俺たちに合わせておいたほうがいいぞ」

「ずいぶん勝手なのね」

「起きているときに皆が寝ていたら、暇だろう?」

「……」

 たしかにゼルジアは疲れていた。起きている間に誰とも会話できず、することもないのは暇、というより寂しいと思った。人間の行動時間に合わせておくのは悪くない。

「だからおやすみ、ゼルジア」

「だからってなによ! もうっ。……わかったわ。寝るわよ!」

 簡易ベッドにぼふんと乗りかかる。ゴルゴンは人間のように布団で寝ることはないのだが、拓真が用意してくれたので、横になってみる。うん、悪くない。

「おやすみ! ……タクマ」

 小さく名前を読んでみたが、そのときには既に拓真は眠っていた。

 本当にこんな警戒心ゼロで長が務まるのだろうか。

 ゼルジアは疑問に思ったが、そのうち精神的な疲れからか、夜行性のゼルジアも夢の国へと入って行った。

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