六、
夜、暗闇の中を歩く。
森という場所が恐ろしいことを、改めて思い知らされる。それは、得体の知れないなにかが潜んでいるかもしれない、という怖さではない。自然という大きな存在のなかに、人間というちっぽけな存在が呑みこまれているという感覚が、怖いのだ。
自然は有能力者にとって、近くにあるのは当たり前だった。操れるのだから。しかし今は、そんなことは思い上がりの他の何ものでもないと言い切れる。
自然とは、森とは、人間にとって脅威でもある。うまく付き合わなければ、その恐怖を知らない者は、いつか自然の大きさの一部として知らぬ間に呑みこまれてしまうだろう。自然のなかに、人間はどっかりと居座っている、いられること、それは自然が優しいからだ。その反面、恐ろしさも持っていることを、もっと理解する必要がある。特に、四大元素を操る有能力者は。
ただひたすらに歩いて回る。夜なのだから、人もなく静かなのは当然だ。しかしその静けさが不自然にさえ感じる。かと思いきや、小さな物音に過敏に反応してしまう。
落ち着け。心を鎮めろ。
なにか手がかりがほしい。
ついてくる一水とさらに、拓真は言う。
「少しの間、止まっていてくれないか? 動かないでくれれば、それでいい」
二人は頷いた。
拓真はしゃがみこみ地面に膝をつく。
右手を地面つける。そして手に伝わる振動に集中。
一水とさらの鼓動、木々が水分を吸い上げる流れ、葉が風に揺れる音。
森の一部に、違和感はないか。
ぴん!
はっと気づいた違和感のほうへ勢いよく振り向き、走る。一水とさらは何も聞かずについてくる。
拓真は振動のアンテナに引っかかった“なにか”の元へと走る。
一本の木。そこから、木ではない何かの存在が伝わってくる。
拓真が凝視する木を囲むように、一水とさらも移動。少しずつ、木への間合いを狭める。
そのとき、ざざざっ、と木からなにかが飛び降りた。走り去ろうとする。
拓真はそれの足元の土を盛り上げ、堅く固定させる。
「きゃあっ!」
「人か?!」
悲鳴が聞こえた。女らしき声。
逃げようとした足をとられて驚いた、といった感じだ。
一水とさらが持っていた懐中電灯で対象を照らす。
「何者だ!」
この時間、土の領の森は立ち入り禁止としている。森にいるのはこの三人だけのはずだ。いるとすれば、“影”またはその関係者だ。
「ちょっと、そんなに照らさないで! 光は苦手なのよ!」
それは、電灯から目を隠すように体をよじり、手で顔を覆っている。その手は、白に近い緑色で、尖った爪がある。肩くらいまである金色の髪と思ったものは、うねうねと意思があるかのように動いていて、先にはそれぞれ目があった。蛇だ。
ゴルゴン?!
「明かりを消せ! 逃げられないから消しても問題ない!」
拓真はとっさに叫ぶ。一水とさらが電灯を消した。
「ゴルゴンだ。目を見れば石になる。気をつけろ」
二人に注意をうながす。ゴルゴンの足は固定したままだ。
「そうよ、私はゴルゴン。明かりを消してくれてありがとね。ついでに足の土もどかしてくれると嬉しいんだけど」
人間の言葉を巧みに操り、皮肉っぽく言う。電灯を消す前に見えた姿は少女だった。
「それはできない。なぜゴルゴンがここにいる」
「それは私が聞きたいくらいだわ!」
ゴルゴンは噛みついてきた。
「いきなりここに召喚されて! いい迷惑なのよ! 急に知らない土地に飛ばされたと思ったら、人間の男たちが襲ってくるし! したくもないのに石にしちゃったわ!」
「お前が、四人を石にしたのか!」
怒りがめらめらと燃え上がる。すでに捕まえている足元から地のそこまで落としてやりたい、という衝動にかられる。
見えないけれど、そこにいるゴルゴンに向けて怒りを隠さずに聞く。答えによっては自分を抑えられないだろうと思った。
「四人? 何言ってんの、三人よ」
ゴルゴンははっきりと言い切った。
「私がここへ連れてこられたとき、確か四人いた気がしたけど、見回したときに目が合ったのは三人だけ。武器や魔法で襲われかけたんだもの、正当防衛でしょ」
ゴルゴンの女は、三日前のパトロールの日のことを言っている。四人のうち一人は、樹だ。だとすると、最初の被害者はなぜ石になったのだろう。三日前にここに来たのなら、石になったのはこのゴルゴンの仕業ではない。
いや、マンドラゴラで石になったと思っていたから、三人がそうでなかったとわかったのはある意味よかったのか。
「三人、というのは本当なんだな」
「私と目が合ったのは三人よ。さっきからそう言ってるでしょ?!」
「わかった。魔法を解くから、俺の部屋にきてくれ。話が聞きたい」
「はぁ?!」
「拓真さん?!」
ゴルゴンとさらの声が同時に響いた。
「あんた、正気なの? 私はゴルゴンなのよ。そんな簡単に信用していいの?!」
「本当に悪い奴がそんなことを言うはずがない。それに君は、我々に見つかった時、目を合わせないよう顔を背けていた。悪意は感じられないのだが。そのまま土に固定されて朝になってもいいなら、構わないが」
ここで、樹の言伝で呼ばれた守護神メンバーがやってきた。
「わ、本物……」
弦矢が驚きの声をもらす。光を扱うのに長けている弦矢はもちろん、強い風の力を得た樹には、暗闇の中にいるゴルゴンの姿が見えていた。
「悪いが、目隠しはさせてもらう。目を閉じてくれるか」
「わかったわよ」
ゴルゴンがつっけんどんに返事をすると、拓真はフジに向けて小さく頷いた。
「失礼します」
フジは大きなタオルをゴルゴンの目に当てて、後ろで縛る。その結び目がほどけたりずれ落ちたりしないよう、魔法で固定する。
「行くぞ」
「そんなこと言われても、私は何も見えないんだけど」
「大丈夫だ、俺が案内する」
拓真はそう言うと、電灯に照らされたゴルゴンの手をとった。
優しさが感じられた。ほら、と丁寧にひっぱって案内する。拓真とゴルゴンの姿は、兄妹のように映った。
「なんか、へんに画になってる」
ぼそっと言ったほのかの言葉に、樹は同意した。




