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夕日は瞳の奥に  作者: ぬりえ
第十六章
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二、

「女王様、意地悪ぃ……」

 体育座りに膝を抱え、樹はぼそりと言った。体中からどよどよしたオーラが出ている気がする。妖精たちが、「ねぇどうしたの」「遊ぼうよ」と髪や服を引っ張るのを感じるが、そんな気にはなれない。誰だってそうだろう、あんな爆弾放たれたら。


「知らないままのほうがよかったのかい?」

「そういうわけじゃないけど」

 ただでさえ碧とは今複雑な状況なのに、初恋の相手である“あの子”がまさか碧だったなんて。知るとするならばタイミングが悪すぎる。気持ちが沈む一方だ。

 しかもあの言い回し。皮肉として樹が悩むようにわざと言ってきたみたいだ。いや、実際そうなのだろう。

 ああ……と、声にならない声が漏れる。

 女王の話を聞いていて、なんとなく感づいていた。でも、気付かないようにしていた。

 最後に聞きたかったのは、それではなかったのに。

「あれでも随分抑えてたと思うよ? グリンヴェルドューユ様が本気で怒ると、ほんっっとに怖いんだから」

 シエルがぶるっと身体を震わせるところを見ると、本当に怖いのがわかる。意地悪で収まったのは幸運だったのかもしれない。

「それで、俺に話って」

 最初に会ったとき、話したいことがたくさんある、と言っていた。気持ちを切り替えようとシエルに話を振る。

「ああ、そうだったね。あの日、僕が君を誘いこんだ理由なんだけど」

「理由?」

 たまたまそこにいたからではないのか。

「僕にとって君のオーラは澄んでいて、輝いて見えたんだ。それこそ、初夏の新緑を吹き抜ける風みたいに、清々しかった」

 風の精霊にオーラを風に例えられるのは、不思議な感覚だった。

「それがどういう意味か、わかるかい?」

 シエルは一度、しゅんっと消え、すぐにくるくるっと姿を現した。

「君に風を操る能力があるってことさ。それもシルフの息子が魅入るほど、強く、大きく、広い、ね」

「え……? でも俺は、水と火の所属だよ」

 目を点にしたまま答える樹に、シエルがきっぱりと言い放つ。

「君は、風の力も持っているんだ。今までは封じていただけで」

「封じてた?」

「まあまあ、これから話すから、ゆっくり聞いてよ」


 シエルがさぁっと指を振ると、するすると二脚の椅子が現れた。空気でできた椅子。シエルはそこへ腰を掛け、樹にもうながす。風でできた椅子に座ることなんてできるのか心配したが、風の象徴シルフの息子が作ったものだ。心配など無用だろう。ゆっくり腰を下ろすと、しっかりと支えられる感触があった。

「人間で素質のあるものはね、あ、人間のなかでは有能力者って呼ばれてるんだっけ?まあ、その人たちは、風、水、火、土を操る力を親から受け継いでいる場合が多い。血筋ってやつだね」

 それは人間の間で一般的に知られている。力の強さなども受け継がれる場合が多い。まさに学園の長四人がそうだ。

「あとは、家系や血筋に関係なく、生まれ持った場合」

 親の能力の有無に関係なく、魔力を持って生まれる場合もある。あとは、なんらかのきっかけで後から魔力が開花する場合も。

「君のご両親は、風の能力者だろう?」

 樹の両親は、風の能力者だ。といっても、それを専門的に使って生きていけるほどの強さではない。

 樹は頷いた。

「君も、風の素質を持っている。強さは生まれつきかな。そして君は、妖精や精霊、人間ならざるもののことを認識していた。両親から話されていたからね。自然を大切にしていた。それが君のオーラを美しくして、力を磨いたんだ」

「妖精の、認識」

 幼い頃、父からは妖精や精霊はもちろん、それ以外の様々な話を聞かされていた。興味津々で聞いた。会ってみたい、きっといるものだ、と信じていた。母は、風は、空気は、見えなくてもいつもそこにあって、見守っててくれるのだと教えてくれた。洗濯物を干しながら風になびくタオルを見て、自己主張をしているんだ、と笑った。

 自分がメルヘンチック、ファンタジックな思考を持つのは、よくも悪くも両親の影響なのだと、今さらながら気付く。“あの日”からは、両親はそんな話をしてくれなくなってしまったし、話す機会はなくなったが、たしかに人間ならざるものの存在を、樹は今も昔も認識している。

「だからこそ、僕と会ったことと、妖精の森に来たことが、君に大きな影響を与えてしまったんだ。碧にも妖精がいつもたくさんついてるって言われたんじゃなかった? それって、特に風の妖精たちのことだよ。君が感じやすく、僕や森は大きな力を持っているからね。君は受け継いだ魔力を大きく覚醒して、さらに持ち合わせていた水と火の力まで開花させてしまったんだ」

 ではなぜ、風の力を使えないのか。

 そう思って、シエルが封じたと言っていたことを思い出す。

「人間の眠っている能力を目覚めさせるには、きっかけが必要なんだ。特に、本人が気づいていないときはね。君の水と火の能力は、君が種を持っていて、ここに来たことで芽が出たんだ」

 ここまではいいかい? と、シエルが見てくる。

「風の力は?」

 わかった、の変わりに質問で返す。今一番聞きたいのはそれだ。

「君は、僕が興味を持つほど大きな力を秘めていた。それが僕の力の影響で覚醒しちゃった。まだ幼い君にコントロールでいないほど、ね。このままでは君が力に耐えられなくなってしまうし、他の人を傷つけてしまう可能性もある。そこで、君と碧が遊び疲れて寝ているうちに、父さんとグリンヴェルドューユ様が君の風の力を封じたんだ」

「そうだったんだ」

「封じたあとも、君は空気や風には敏感だったみたいだけどね。ご両親も、一年後に君と再会して、君から風の力が消えていることに相当驚いただろうね。かと思えば水と火の力を持って帰ってきたんだ。心の整理は、大変なことだったと思うよ」

 それで、よそよそしくなったのか。ひとつの理由にはなるかもしれない。

 いや、よそよそしい、というよりは、頭の中で整理し、心に受け容れるのに必死だったのかもしれない。今なら、そう思えなくもない。

「ごめんね、僕のせいで、君や君の家族を苦しめてしまった。でも、これだけはわかってほしい。僕はただ、君と遊びたかっただけなんだ。碧も来ていて、人間の子どもといたらもっと楽しいと思ったんだ。僕にとって、あの日は楽しい思い出の日なんだ」

 辛そうに、シエルは言った。シエルの風の顔が霞んでしまっている。

「俺にとっても、“あの日”は大切な、素敵な日だよ。今でも」

 霞んでいたシエルの顔が、もう一度形作られる。

「とても素敵で、楽しい時間だった。たしかにあの後は苦しいこともたくさんあったけど、あの日ここで過ごしていた時間は、大切な思い出として色褪せずに俺の心に残ってる。連れてきてくれたことに感謝してるよ、シエル」

 樹が微笑むと、シエルも嬉しそうに微笑み返してくれた。そしてお互いに照れくさくなって、へへっと笑う。そんな小さく短い笑い声は、星空へと吸い上げられていく。


「さあ、話は終わりにして、君は帰ったほうがいい」

「碧は」

「それには僕は介入することはできない。悪いけど」

「そうか」

 顔を曇らせる樹の前に、手が出される。

「行こう」

 うん、と樹はその手を握った。すると、身体の中にエネルギーが入り込むような感覚を覚えたかと思うと、それはするすると身体の隅々、までに伝わり、そして収まった。

「今、君の封印は解いた」

「え?!」

「もう君は、風の力を受け容れられる器になっている。今後、役立ててくれ」

 “影”と対峙したときのためにも、と言われているような気がした。

 樹はシエルをまっすぐと見据える。

「ありがとう。君に見初められて者として恥じないような能力者になってみせるよ」

 うん、とシエルは無言で、大きく頷いた。

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