四、
翌朝、まだ公表する前に、新たな被害者が出たことがひそひそと囁かれていた。それもそのはず、昨夜森を担当した警備隊員が戻ってきていないのだから。
こういった情報はあっという間に広がる。小さなさざなみが、大きな津波となって一気に学内をのみこんだ。そしてこの津波は引いてはくれない。
もともと秘匿するつもりはなかったが、新たな被害者が出たことを公表する時間は予定より大幅に早められた。
そして、それを聞いた学生の反応は。
なぁ、やっぱりあいつなんじゃねえの?
昨日だけパトロールに参加してて、他の守護神はまだしも、あいつ無所属なのに無事って、怪しすぎるでしょ。
そういえば、一連の事件が起こるようになったの、あの子が来てからだよね。
不思議な力を持ってるって噂あるけど、それって闇の力なんじゃないの?
なんでそんな怪しい奴が学園の生徒で特別扱いされてんの。
監視するためって聞いたことあるぜ。
――やっぱり、“影”って。
学生の話は、”影“のことでもちきりになっていた。
どこへ行っても聞こえてくるのはその話題ばかり。そしてその矛先は碧だ。
樹は陰気な雰囲気が“影”の話題とともに溜まるのを懸念し、そして居心地悪く感じていた。学内が悪い噂ともやもやした淀みをもたらしてくる。
今朝、朝一番に臨時の会議を開き、一人目もきっと同じ状況だったという結論に至った。
今までの“影”が関連してる事件と異なり、解決策が見つからず、土の王やノームの救いもこない。手をこまねいている状態だ。完全に手立てがない。この状況が学生たちだけでなく、守護神を苛立たせ、焦らせている。
話題の中心となっている碧を人目に晒すわけにはいかない。本人も感づいている。今日は療養室で過ごすように、という半強制的なお願いにも、素直に従ってくれた。例の薬の調合に力を入れられる、と口ではそう言っていたが、目はそうではなかった。
別れる前、樹は碧に、大丈夫か、と尋ねた。碧はありがとう、と答えただけで、イエスともノーとも答えなかった。樹ができたのは、碧の肩をぽんと叩くだけ。いつも一水がしてくれるように。
現在碧は言われたとおり、療養室でずっと過ごしている。療養室の周りには警備隊員が四人配置され、護衛という名目ではあったが、それが監視であると誰の目から見えていた。
警備隊員のなかでも、碧への不信感は増幅している。“影”が碧なのではないかという噂が確信に近づいているなか、内心は怖かったり疑念を抱いていたりしても、使命感と責任感で警備を引き受けてくれた隊員には、本当に感謝している。
そして昼過ぎ、八人での会議が始まった。
「皆、どう考える」
どう、というのは、学生たちの間で囁かれている噂のことだ。
碧が“影”だということについて。
両肘を机につき顎を載せ、目を伏せたままの拓真の声が、低く響き渡る。
誰も、ないも答えない。
否、応えられない。
碧が“影”だなんて、考えたくない。
今まで何度も救ってくれた彼女を、疑いたくない。
しかし、そう思う反面、学生たちの意見は一致してきている。嫌でも聞こえてくるその噂の根拠は、悔しいが反論できないものがほとんどだった。
このまま碧を放っておけば、反感が力となって暴走する可能性は大きい。そんなことになっては、収拾するのに大変な労力と時間がかかる。人の心の闇に付け入るのが得意な“影”としては、混沌を起こすのにまさにぴったりだ。“影”が何もしなくても、学内が勝手に混沌に陥ることだって容易に考えられる。
碧のことを、どう考えるか。
ここいいる守護神が出す答えによって。今後の学内の秩序が大きく変わるといっても過言ではない。
長い長い沈黙のなか、第一声をあげたのは、弦矢だった。
「ぼくは碧さんを信じます! 今までの事件、碧さんがいてくれたおかげでどうにか解決できたんです! 碧さんが予測してくれたから、ぼくたちは対策までとることもできました!」
この沈黙を破るのに、よほどの勇気をふりしぼったのだろう、声は震え、足ががくがくしているのがわかる。
「そうだ。だが、今回は対策が成果につながらなかった。既に四人の被害者が出ている。学生の反発のいつまで抑えられるかわからない」
守護神が碧を弁護したとしても。
「でも! なにかあった後、必ず碧さんの力があって解決につながっています! 事件はもちろん、一般の方々の反有能力者活動の活発化のときだって! 事件があって、碧さんが救ってくれたからこそ、ぼくたちは碧さんを信じてきたんでしょう?!」
珍しく弦矢が食い下がる。
「なにかあっていつもそこには、碧さんがいたではありませんか!」
「!」
はっと全員が息をのんだ。
ぴん、と張りつめた空気を察した弦矢も、自分の主張について、考える。
あれ、そういえば、ほのかちゃんが誘拐されたときは泉にいて、竜巻のときは一緒に谷にいたし、噴火のときもそうだった。昨日、先輩が石像にされる直前、追ってたのにぼく、碧さんの姿、見てないような……あれ?
あたし、誘拐される直前、図書館に行ってたんだよね。その頃はまだ碧さんのことよく知らなかったけど、碧さんも図書館よく使ってた……。たくさんあったマンドラゴラの粉末、これからよく使うからって言ってたけど、それって……。
土の領での一人目の被害者のあいつ、同僚だからよく話けど、たしか碧さんの療養室の常連だったっけ。たまに頭がふわっとしたり、身体が重くなったりで、薬もらってたな。え、薬。そう、あの粉末の薬は。
私が竜巻を起こす直前までは、きちんと覚えてる。谷で空中浮遊の指導をしていて、ふと目をやったその先に碧さんたちがいて、碧さんが薬瓶を開けたらぽんって音と黒い煙が巻き上がって。黒い……煙? そのあとのことは自分を失っていてよく覚えていないけれど、あのときの黒い煙。ただの靄なの? もしかして、瘴気ってことは……。
誘拐事件、竜巻事件、噴火事件、そして今回の石像事件。それらほぼ、確かに碧が解決の鍵だった。しかしそれは自分を信用させるための下準備だったとしたら? 今回の石像事件は解決しないほうが、このままの状態でも混沌が引き起こせる。それを待っているとしたら? よくよく考えれば、碧から様々な意見を聞いてきたが、結局のところ、事件は実際に起きている。碧の意見に助けられたのは、いつも事後だ。まさか、どう対策を立てるか聞き出している? 事態を大事にしようとしているのだとしたら。
私はあの日、噴火を止めた。その後、初めて“影”が姿を現した。立ち込める瘴気がすべてを覆い、私たち以外のほぼ全員の学生が倒れていた。それを払ったのが碧。そう、碧。でも、あの瘴気は碧が作り出したものだとすれば、そんなこと。
俺が寝込んでいる間、なにも起こらなかった。ある意味一つの機会、隙であったはずなのに、なぜだ? 俺が回復するまで碧さんは……ずっと俺を看病してくれていた。これは偶然なのか?昨夜も碧の姿が見えなくなってから事が起きた。これは。
碧の両親は、人間に殺された。裏切られて。少なくとも碧の父親は魔力は弱いが有能力者だろう。非能力者は碧の両親を恐れて殺害。有能力者も自分たちの立場を守るために真実を隠した。人間ならざるものである妖精たちは、碧を預かってはくれたが、両親を助けてはくれなかった。有能力者、非能力者、人間ならざるもの、このすべてを憎む理由が、碧には、ある。
誰も心のうちを口にはしていない。だが、頭によぎった考えのその先にあるのは、同じ結論だった。
きっ、と拓真が視線を上げる。一瞬迷いが見られたが、すぐに瞳が鋭く光った。
「本人に、話を聞いてみよう。……それからだ」
その言葉の意味を、全員が正確に理解した。
碧に直接、気になることを聞く。その結果によって、あとのことは。
全員が、それぞれ頷いた。




