ダークネス15
一ヶ月後......
「昨日もダークネス15って言う野良の人がいて......」
昼休み。今日もリュウジ君のグループは、昨日のPBRの話題で盛り上がっている。
そう言う僕は、自分の席で読書をしているフリをして、聞き耳を立てるのが日課だ。
え? 暗い?
暗黒の闇の中に住むダークネス15は、いつも闇を抱えているんですよ。そう言う設定。
「その人がめちゃくちゃ強くてさ。ホントかっこいいんだよな」
うんうん。俺カッコEEEE!
「一気に二人の頭をスナイパーで抜いてさ、バタバタって倒しちゃうんだよね」
コウタ君、もっと言っていいんですよ。
もっとちょうだい! もっと!
「だからさ、今度のジュニアユースの大会に一緒に出ないか誘ってみようと思ってるんだよね」
ガタッ
読んでいた本を落とした。
「おい、芹沢。大丈夫か?」
「あっ、あの、リュウジ君、僕は大丈夫! ほ、本を落としただけだから!」
「そ、そうか」
危ない! 焦るな僕!
大会に誘われるなんて思ってもみなかったから、ちょっと動揺しただけだ!
よくよく考えたらPBRはオンラインゲームだから、大会だとしてもチームで会場に集まるような部活の大会みたいなものじゃない!
すなわち、僕の正体がバレる事はない!
「えー、でもさ、ジュニアユースの地区大会って、チームで会場に集まるような部活の大会みたいなヤツでしょ? ダークネス15さん、来るかな?」
ガターン!
座っていた椅子ごと後ろの方へ倒れた。
「おい! 芹沢! 大丈夫か!?」
「だ、大丈夫! ありがとうリュウジ君。ちょっと言葉という無数の銃弾が、無防備な僕の心を撃ち抜いただけだから」
「芹沢、それは本当に大丈夫なのか? 頭とか打ってないよな?」
「ご、ごめん! 本当に大丈夫だから! ありがとう!」
「そ、そうか。気をつけろよ」
大誤算だ。ジュニアユースの地区大会ってそんなシステムだったの!?
何のためのオンラインなんだ!
いや、運営に文句を言ってる場合じゃないよ!
このままじゃ、例え大会に誘われたとしても、みんなと一緒に出場する事が出来ない! いや、仮に出場できたとしても、正体がバレてしまう!
どうすればいいんだ!
午後からの授業は、皆さんもお察しの通り、全く頭に入ってこなかった。
◆◆◆
その日の夜。いつも通り、ダークネス15として、リュウジ君達のチームとPBRを始めた。
始めて早々に挨拶がわりの勝つドンを決め、みんなで少し雑談をする事になった。
「あれ? ダークネス15さん、今日15キルしかしてないけど、なんかあったの?」
『いえ、ちょっと今日は体調が悪くて』
ボイスチャットができない僕は、普通のチャット機能を使って会話している。
体調が悪いのは嘘だった。いつもの調子が出ないのは本当だけど。
あの昼休みの件から、僕はずっと大会にでるかどうか考えていたけど、ついに決断する事ができなかった。
15キルしかできなかったのは、自分の心に迷いがあるからだ。そう、このゲームは奥が深い。
自分の精神状態が、そのままゲーム上でのエイム(銃を撃つときに相手に照準を合わせる事)に影響してくるのだ。
「そういえばさ、ダークネス15さんって15歳?」
『えっ? そ、そうですけど!』
しまった! あまりにも想像していた質問と違う質問が来てしまったので、うっかり歳をカミングアウトしてしまった!
「そうなん? 僕たちと一緒だね!」
コウタ君が嬉しそうに返してきた。
「ちょうどいいじゃん! あのさ、今度俺らの地区でPBRのジュニアユースの大会があるんだけど、一緒に出てくれませんか?」
リュウジ君がど直球で聞いてきた。
『地区大会、ですか?』
「そうそう! で、地区大会に出るには、オンラインじゃなくて実際に会場に集まらないといけないんだけど......どうですか?」
『それは......ちょっと......』
ごめんよ。どうしても正体を明かすわけにはいかないんだ。ものすごく、心臓の辺りが痛かった。
「そっか。残念だけど、仕方ないよね」
コウタ君は悲しそうにそう呟いた。
「ごめんね! 急に誘っちゃって! ダークネス15さんがいればさ、例え優勝できなくてもいつものメンバーで思い出が作れるかもしれないって、思ったんだよね」
『思い出? ですか?』
え? それは予想していなかった。
「そうなんだよ。俺やコウタやヤスってさ、中学を卒業したら、みんなバラバラの高校になっちゃうんだよね。ま、オンラインで毎日会えるには会えるんだけどさ。やっぱり、勉強とか部活とかでバラバラになっちゃうと、なかなか時間とかも合わないと思うんだよね」
そうだったんだ。ちなみに僕も志望校はみんなと違うから、バラバラになる。この四人で毎回集まれるのも、今年一杯かもしれない。
「だからさ、中学校生活最後の思い出にみんなで大会に出たいんだよ。あ、ダークネス15さんも大切な親友だからね! 一緒に大会に出て、俺らと最後の思い出作ろうぜ!」
「リュウジ、くせーよ!」
「ほんとほんと! でも、なかなか会えなくなるのは事実だけどね」
ヤス君とコウタ君がリュウジ君を茶化した。
「うるせー! 俺もたまにはいい事言うんだよ!」
チームは笑いに包まれていた。そう言う僕も笑っていた。
『そうだったんですね。ちょっと考えてみます! エントリーはしておいてくださ......』
目の前の視界がボヤけて、チャットが打てなかった。
あれ? なんで? どうして?
ーー気づいていた。
僕は、頬を伝わる熱い涙を手のひらで確かめた。
ーーリアルでは到底友達とは呼べない関係だけど、このPBRを通してなら、僕は、僕は、彼らの仲間になれるんだ!
「あれ? ダークネスさん?」
コウタが気を利かせてくれる。でも、それでも、僕の目から流れ出る涙は止まる事がなかった。
ーー学校では三年間、ロクに話もできなかった。
いや、話しかけるのを僕は怖がっていた。
嫌われるのがイヤでイヤでしょうがなかった。
でも僕は今、この仲間たちと最後の思い出を作れる!
ダークネス15としてなら、君達と親友になれるんだ!
ーーその日、僕はPBRジュニアユース地区大会に出る事を心に決めた。