プロローグ
広大な麦畑を走る2人の男がいた。
ヘルメットに防弾ベスト。手にはカラフルな装飾を施したアサルトライフルを持っている。
せわしなく動かす足の動きと共に、麦の踏まれる音と背負っているリュックの金具が当たる音が辺りに響いていた。
「コウタ、急げ! もうちょっとでパルスが来る! あれに入っちまったら、パルスダメージでおしまいだぞ!」
「そんなことわかってるよ! でも、ここは......」
2人の男は立ち止り、辺り一面の麦畑をじっと眺めた。
見渡す限り敵がいる気配はない。しかし、背の高い麦のせいで、もしも敵が伏せていた場合、見つけることは不可能に近い。
後ろからはパルスと言う、ドーム状の薄い青色の膜が迫ってきていた。どうやら、この巨大なパルスに触れてしまうと身体に絶大なダメージを受けるようだ。
「こんな障害物のない最終安置、初めてだ。敵は絶対に伏せてるはずなのに、後から安置に入った僕たちじゃ見つけることができない......近づいた瞬間に撃たれるっ!」
コウタと呼ばれる男の話を聞くと、もう1人の男は拳をぎゅっと握りしめた。
「ちくしょう! あと2人倒せばチーム戦1位の『勝つドン』なのに! そういえば、もう1人の仲間はどこなんだ? ヤスはキルされたけど、野良のプレイヤーがいたはずだろ?」
「わかんないよ! リュウジも見てたでしょ? あの野良プレイヤー、最初から別行動してたし、ボイスチャットもつけてないし! キルログは流れてないから、多分キルされてはいないと思うんだけど......うわ! パルスがすぐ後ろまで来てるっ!」
「くそおおおお! コウタ、走れえええええ!」
コウタとリュウジは背後から迫るパルスに気づくと、全速力で走り始めた。次の瞬間、
ダダダダダダダダダダ!!!
広大な麦畑に鈍い銃声が響き渡る。
「え?」
リュウジは一瞬の出来事に戸惑いを隠せず、走るのをやめ、銃声を追った。
その銃声の先には、膝をついてうずくまるコウタがいた。
「コウタあああ!」
リュウジはすぐにポケットからスモーク手榴弾を取り出し、コウタのいる方向に投げる。
手榴弾からは大量の煙が飛び出し、コウタの身を隠した。それと同時に、リュウジもコウタの元へとたどり着く。
「大丈夫か? コウタ!」
「大丈夫。やっぱり麦畑に伏せてたね。すぐに気づいて撃ち返したけど、反応が間に合わなかった分、やられちゃった。でも、相手も深手を負ってるはず!」
「そうか! 危ねえな。今回復してやっからな!」
そう言うと、リュウジはコウタの近くでしゃがみ込み、空中に出てきた『仲間を治療しますか?』と言う選択肢のYESを押した。
「リュウジ、ダメだ。僕の事はいいから、早くあいつを倒して!」
「何言ってんだよ! 一緒に『勝つドン』しようって言っただろ? 仲間を見捨てるなんてできねえよ!」
「違うんだリュウジ! スモークに気を取られて気づかなかったけど、もう、すぐそこまで敵の足音が聞こえてる! 僕がダウンさせられたから、確キル(確実にキル)をとろうと敵が詰めに来てるんだ!」
「え? そんな......!?」
ダダダダダダダダダダダダダダ!!!
ダダダダダダダダダダダダダダ!!!
「うわああああ!」
「リュウジー!?」
コウタを回復させようとしゃがみ込んでいたリュウジも、敵の銃弾に倒れコウタと同じような体勢でうずくまってしまった。
「クソ! まだ煙は残ってるのに、なんで俺の場所がわかったんだ!?」
「違う! 敵はリュウジの場所がわかってたわけじゃない!」
「どう言うことだ?」
「相手はリュウジの場所を把握できてなかったけど、チーム2人で煙の中を決め撃ちしてきたんだよ!」
「なんだと! クソ! 俺が投げたスモーク手榴弾が、俺たちの場所を相手に教えたって事か!」
「相手にとっても、僕たちを倒せば『勝つドン』だからね。僕達以外に敵がいないから、積極的にスモークのなかを狙いに来てるんだと思う」
リュウジはコウタの考えを聞き、納得したと同時にある疑問が浮かんできた。
「ん? 待てよ。じゃあ、なんでダウン取ったのに、確キルしてこないんだ?」
コウタは一瞬考えたが、すぐに答えを思いつく。
「多分......舐めプされてるんだと思う」
「舐めプ......って、舐めたプレイって事か?」
「そう。おそらく、相手はもう勝ちを確信してるんだよ。この煙が晴れたら、一斉に僕達を確キルする気だと思う!」
「ちくしょう! 煙が晴れるまで俺たちを泳がせとくつもりなのか! 許さねえ! でも、何もできねえ......」
コウタとリュウジは負けを意識し始めた。そして、己の無力さと相手の性格の悪さに、悔しさが込み上げていた。
そしてついに、煙が......晴れる。
煙が晴れると同時に、リュウジとコウタはすぐ近くで2人の敵が待っていることに気づいた。
「クソ、ここまでか」
リュウジの悔しそうな表情を眺めると、敵はニヤついた顔でリュウジの頭に照準をあわせる。リュウジは悔しさのあまり、硬く目を瞑った。その時、
ドーン!
「な、なんだ!? 今の音!?」
「今のはスナイパーライフルの音だよ! これって、もしかして!?」
リュウジが目を瞑った瞬間、轟音と共に敵の1人の頭に銃弾が当たった。銃弾は敵の頭をしっかりと捉え、一瞬にしてダウンを奪う。
「す、すげえ」
リュウジから感嘆の言葉が漏れた。
もう1人の敵プレイヤーはあまりに一瞬の出来事に、何が起こったのかわかっていない様子で、銃を構えながら辺りをキョロキョロと見回している。
ドーン!
遂には、ダウンしていなかったもう1人の敵プレイヤーも頭を撃ち抜かれた。そして、
『第1位 おめでとめう! やた! 勝た! 今日は勝つドンくう! やた!』
コウタとリュウジの目の前にチーム戦1位を知らせる文章が現れた。ダウン状態から回復した2人は、顔を見合わせる。
「これって、俺ら勝ったんだよな?」
「そ、そうだよ! 凄っ! あの野良プレイヤーのおかげで勝てたんだよ!」
「「や、やったー!勝ったー!」」
2人は遅れてきた喜びを分かち合った。
「す、すげえな! 一瞬で2人も倒したのか! あいつ、なんて名前なんだ?」
リュウジは目の前の勝利の文章を指でタッチすると、『チームの詳細』の画面を選択し、開いた。
1、リュウジ キル数 1
2、コウタ キル数 2
3、ヤス キル数 0
4、ダークネス15 キル数 35
「だ、ダークネス15って言うのか! てか、キル数35!?」
リュウジはあまりのキル数に驚きを隠せなかった。
「ほ、ホントだ! もしかして、チート?」
「いや、ゲームの設定でチーターとは組めないようにしてるから、それはない。けど......」
頭の整理が追いつかない。リュウジは少し考えた後に落ち着いてこう続けた。
「凄すぎる」
◆◆◆
『第1位 おめでとめう! やた! 勝た! 今日は勝つドンくう! やた!』
安置ギリギリの麦畑で、伏せながら2人の動向を見守っていた僕は、その文章でやっと肩の荷が降りた。そして、喜びも込み上げてきた。
「よし! このランク帯でこのキル数なら合格だ!リュウジ君たちも喜んでくれたかな?」
そう独り言を言ってみたところで、虚しさは変わらなかった。
僕はリュウジ君や、コウタ君、ヤス君を知っている。
PBRでは好きなアバターを自分の分身として使えるため、まず相手に顔がバレる事はない。
つまり、どんなに僕が2人をサポートしたとしても、彼らには僕が誰なのかわかるはずもないし、気づいてもらえるはずもないのだ。
リュウジ君たちは、僕と同じ中学校の同級生で同じクラス。でも、明るくて社交的な彼らのグループは、クラスでも目立つ存在。一方、僕は影が薄くて友達も少ない。多分、クラスメイトが僕を見たら、隠キャだと思うだろう。
いや、隠キャだけどね。
このPBR(PlayerBattleRoyale)と言うゲームも、休み時間にリュウジ君達が話していたのをたまたま聞いて、やってみようと思った。
彼らと同じゲームをしていれば、いつか彼らのグループとも仲良くなって一緒に遊べるのではないかと考えたんだ。
彼らに認められるように、ひたすら一人だけでスクワッド(4人のチーム戦)をやってた。雨の日も、風の日も、雪の日も、夏の暑い日も。
ま、ゲームだから関係ないけど。
でも、彼らと友達になりたくて、一生懸命頑張って強くなった。ただ、僕はある重要な事を見落としていたんだ。それは、
みんな友達同士でスクワッドやってるのに、一人でスクワッドをやってこんなに強くなったなんて、恥ずかしくて言えるはずない!!!
大誤算だった。一人でやってる時は何も考えずに楽しめていたから、そんなこと思いつきもしなかったけど、よくよく考えてみると、僕って寂しい奴すぎる!
こんなのリュウジ君達に言ったら、バカにされてそれこそボッチに逆戻りな気がする。
だから、これからも僕は彼らのサポートを続けようと誓ったんだ。
あの事件が起こるまでは......