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6.後日談・強き獣と食わせ者の魔導師

――その後。

当然ながら、エンテへの批判が殺到した。


エンテの経歴をあらうよう、真っ先に命じたのは老師長だ。

差し出された羊皮紙を何度も眺め、その、どこも特筆すべき点などない、なんてことのない平凡な生い立ちが記された紙を部下に返して、ため息をついた。


「信じられん、何者だあの魔導師」


しかめっ面で歩みを進める最高権力者に、誰もが道行く足を止め、さっと低頭する。

と、そこで、目の前の廊下の先がなにやら騒がしいことに気づいて顔を上げる。


「何の騒ぎだ」


老師長の声に振り向く面々。

水汲み場と噴水広場の間のちょっとした緑地で、エンテとレキが数人の警邏魔導師(テック)たちに囲まれていた。


「これは老師長、いいところに!」


老師長を背に俄然勢いづいた魔導師たちが鼻息荒く糾弾してくるのに、エンテはへらへらと笑うだけ。


「こんな危ない奴、魔導師の風上にも置けん! 老師長、即刻、解雇の令を!」


「あれっ、いーんですか、手放しちゃって?」


やたらと嬉しそうに答えるエンテに、ギクッとなる一同。彼らの頭によぎる一抹の不安。

職を奪われ市井に下りた一人と一匹が、万が一、食うに困って良からぬ輩と手を組んだりでもしたら。それよりは、味方として、目の届くところにいてくれたほうが何倍もマシに決まっている。

だが。だが。


「だが、第一、国王へのあれほどの……」


「レキ、王様にケガさせたっけ?」


背後に座り込んでいた獣が、過去何度も聞かれた質問に、気だるそうに首を振る。


「ほらね」


「ほらね、ではない!!」


「最初っから、王様に危害を加えるつもりなんてなかったんですって。壊したものは直したし、怪我した人は治したし」


「そういう問題ではないっ」


「どうせハナから、その獣とグルだったのだろう!?」


「助けてって、言われただけですよ」


渦中の魔導師は激昂し続ける一同を眺め、困ったように首をかしげて。


「どう否定しても、どう弁解しても、これは信じてもらえそうにないですね。……では、まぁ、仮にそうだったとして――」


にっこり笑うと、髪を払って右耳を見せた。耳飾りにあしらわれた小さな魔導水晶(クォーツ)がチェーンの先で揺れている。


「老師長。魔導師階級の再試験、お願いできますか?」


「……何?」


その、濃い青紫色の結晶が、そこらの魔導研究員(スコラ)たちとなんら変わらない色の魔導水晶(クォーツ)が、にわかに色を変えていく。


多くの警邏魔導師(テック)たちと同じ水色に。

そして、精鋭の警邏魔導師(テック)たちと同じ黄色に。

そして、老師たちと同じ、燃えるような赤色から、白色に。


息を呑む群衆の前で、カットされた断面が輝く。


そして次第に、向こうの景色が見えるくらいの無色透明に。

そう、老師長が首元に身につけている六角形のそれと同じほどの見た目になる。


類まれなる才能の上に、たゆまぬ鍛錬を重ねることで得られる地位。魔導師の最高位にして、誰もが羨む上流貴族並みの特権階級。

それが、老師長だ。


顔面蒼白になる大勢の者たちの前で、それはさらに、まばゆい光をまとって輝き出して――


パキン、と音がした。


「あ、やば」とエンテ。


粉々になった水晶の破片が、光の粒となって風に流される。


……魔導師の序列は、単純に、魔導力の量で決まる。

完全なる実力社会。


唖然と固まる一同の前、


「ちなみにレキは?」


そう言ってエンテからぽいと投げられた別の石を、首を突き出した獣が口先でたやすくキャッチする。


「……高価(たか)いんだろ、これ」


不満そうに言うその口元で、透明に澄んだ石ころに、かすかな光が灯る。


エンテはにっこり笑って、うれしそうに言った。


「お揃いだね。――さて、」


つい、とエンテの指先が動く。自身の鼻先を指さし、次に、自身のすぐ後方で伏せている獣を指さして。


「私のこと、追い出したり、処罰したり、できます?」


この質問に、二の句を継げるものはいなかった。

(件の獣だけは、丸まったまま小さく「完全に悪役だな」とぼやいていたが。)


***


「なんかおかしいなって思ったのは、子どものころ、村一番の魔導師って呼ばれてた有名なおっちゃんを、片手でふっ飛ばしちゃったときかなぁ」


しゃらん、と金属製の鎖が揺れる。エンテの腕輪だ。

受け取ったばかりの書簡を革のポシェットに放り込んだ手が、黒白(こくびゃく)の柔らかな毛並みをゆっくりと撫でる。

剣兵の厩舎を借りて、ベテランの厩務員さんに洗ってもらえばこのとおり。仕上げのブラッシングはエンテがやった。


「いやー、――ショボかったなあ!」


晴れやかな笑みで毒づく飼い主。その人を背に乗せ、先ほどからとりとめのない昔話を聞いていた獣は、反射的にさっと顔をそらす。


青白い光を放つレキの四肢が、まるで水を掻くような動きで風を切ってゆく。

白い雲を抜けるようにして、青空の中を進む。

冷たい空気と鳥の群れが、二人の足のすぐ下を通り抜けていく。


不意に流れてくる、エンテの鼻歌。

レキの背に横向きに腰かけて、両足をぷらぷらと揺らす脳天気な魔導師に、


「落っこちるぞ」


高度ウン百メートル上空を猛スピートで進む獣が思わずそう言うと、すぐさま返される、ごく当たり前のような言葉。


「拾ってくれるでしょ」


獣は、フスン、と鼻から息を流した。


雲間から見えてきた、見慣れた王城とその周囲に広がる城下町。


……助けてって言ったのは、確かにおれのほうだけど。

そう呟いて、足元に広がるジオラマのような景色を見ながら、獣はエンテの名を呼んだ。


「おれのほうから頼みに来るように、仕向けただろ?」


「さて、なんのことやら」


楽しげな飼い主の返答。あくまでしらを切りとおすつもりらしい。

獣はまたもフスン、と鼻息を鳴らした。


***


とん、と空気混じりの軽い靴音が、踏み固められた土の上で鳴る。


門の前に、供も連れず一人、人待ち顔の老師長が見えた。


「げ」


と言ったまま硬直するエンテを、続いて着地した隣のレキが不思議そうに見る。


「逃げるよ、レキ」


「は?」


「ま、待て!」


呼び止めようとする老師長の言葉を聞かずに、エンテはさっさと走り出す。

追いついた獣が併走しつつ、飼い主にたずねる。


「で、今度は何をやらかしたんだ?」


「違うよ、来月の精霊生態調査隊に護衛として同行してくれって頼まれててね。二週間も、昼夜問わず、拘束されるなんて……とんでもない」身震いするように肩をすくめて。「昼寝の時間がなくなっちゃう」


ぶつくさと手抜きの算段を練るものぐさ魔導師。

白い目でそれを見る獣。


「うん、よし、撒いたかな」


徒歩に切り替えたエンテが、フゥと息を吐いて大きく伸びをする。


昼寝のために老師長を走って撒く魔導師ってのはどうなんだろう、と獣が真剣に考え込もうとしたところで、


「そ、そのー、エンテ殿、レキ殿、」


柱の影から声がした。

おっかなびっくり、といった様子で近づいてくる年配の魔導師が一人。視線は始終、周囲と獣を警戒しながら。


「ああ、はい、どうも?」


足を止めて適当な返事をするエンテ。

レキは男の気弱そうな顔に見覚えがあって、「ああ」と声をあげた。


「豊穣祭の、祭壇の設営の件?」


「ああ、そうなんだ。快く引き受けてくれてどうもありがとう。ただ、一点言い忘れたことがあって」近づいてきた男は、急に小声になって。「この件、くれぐれも当日まで内密にしてもらえるかな。設営自体も深夜にやるから、日が暮れてから来てくれると」


妙な要求にきょとんと首を傾げるレキの横、エンテが爽やかな笑顔でうなずいた。


「そうですね。司祭様方の陣営は、私達の追放を主導しているお立場ですもんね」


「ああ……いや私個人としては大いに賛成なんだがね、キミたちの仕事ぶりはこちらの耳にも入っているし。先日の精霊虫討伐もすごかったそうじゃないか。最大化した成虫を、二人だけで50匹も仕留めたって?」


ひたいに汗を浮かべて男が言うなり、レキはフスン、と不満そうに鼻を鳴らした。


「あれは、他の奴らがサボってただけ」


「あはは、まあまあ」


例外的にエンテとレキが招集されたことで、本来の担当であったはずの魔導師たちが『どうせお前らが全部狩ってくれるんだろ』と一斉に戦意喪失したらしく、移動中にささやかなイジワルをけしかけてくるわ、すれ違いざまに皮肉は言うわ、戦闘中にまで敵意ある目を向けてくるわで、レキにとってはなんともやりにくい仕事だった。

帰着後、例年にない目ざましい戦績に老師たちが歓喜して、手放しで讃えたせいでもある。


レキをなだめたエンテは、男に向き直って目を細め。


「で――つまり、これでますます老師長の陣営が勢いづくのを、豊穣祭の成功で挽回しようという話ですね?」


「ああ、ああ、そうなんだ。話が早くて助かるよ。それじゃあ」


「はい、おまかせください」


そそくさと去っていく背中を、ひらひらと手を振り笑顔で見送って、


「レキくん、また面倒ごと引き受けたね? 派閥争いには首つっこむなって言ったよね」


笑顔を崩さずエンテが言う。レキは目線を横にそらして。


「……困ってると言われて、つい……」


「もっと上手く生きる術を覚えなね」


のんびりとしたエンテの声に、オマエほどの世渡り上手はそうそういない、とレキは反発するように思う。

自分が不器用なことは全面的に認めるとしても、だ。


「うーん。この時期にバレたら厄介だな。でもな、老師長には色々とかばってもらった恩があるしな、先に言っとこうかな……ああ、面倒くさいなぁ。だから今まで目立たないようにしてたのに」


「……なら、」


獣の、いつになく低い声。

ぶつくさ言いながら前を歩いていたエンテは、歩調を緩めてゆっくりと視線を背後に向ける。


「……なんで助けた」


うつむきぎみの獣が、喉の奥で低く唸るのに、


「そんなの決まってるじゃないか。――キミを喪うのは惜しいと思って」魔導師はニッコリと笑って、続ける。「とでも、言うと思ったかい?」


「……おいコラクソ死ね」


かっと赤面してバチバチと遠慮なく高等魔導術をかましてくるのを、王国最強の魔導師は指一本で即座に打ち消して。


「ひっどいなぁ」


けらけらと楽しげに笑って、前を向いて駆け出す。

……その表情がゆっくりと苦笑に変わっていたことに気づかないほどには、未だ獣はヒトの機微には疎かった。


と、いくつもの軽い足音が近づいてきて、明るい顔が窓から声を投げる。


「あ。れきー」


「れきだ!」


開け放った窓から飛び出して、獣の周りにわらわらと群がってくるのは、小奇麗な服を着た小さな子どもたち。


「れきー、今日はおしごとおしまい?」


「うん、まぁ」


獣がうなずくと、わっと歓声があがる。


「あそぼー!」


先日、老師長のおつかいの途中に遭遇した、小さな村での崖崩れ。

孤児院代わりの教会が完全に土砂に埋もれたその現場に、四足の獣と魔導師は急遽降り立ち、村人たちの救助活動を手伝った。

全員無事に救助できた孤児たちだが、貧しい村には今すぐ教会を建て直す余裕はなく、受け入れてくれる里親や孤児院が決まるまでは、ここ、王立魔導師統一協会内の施設で世話をすることになった。


またたく間に子どもたちに取り囲まれた獣は、無邪気に騒ぐ彼らを前に、困惑顔で突っ立ったまま、ゆったりと尻尾をゆらすだけ。


この足止めはしばらくかかるなと察知したエンテは、さりげなく彼らから距離をとって近くの木のそばに座りこんだ。


と。

すぐ近くから、可愛らしい声がした。


「まどーしさま、いーなぁ」


「ん?」


顔を上げれば、きらっきらの丸い瞳が、エンテを見ている。


「わたしも、れきと仲良くしたい!」


「だってさ、良かったねレキ。友だちができたよ」


立ち上がったエンテはその少女をひょいと抱き上げ、レキのもとに戻ってその背中に乗せてやる。歓声をあげて長い毛にしがみつく、小さな少女。

羨ましがるいくつもの声が、獣の周りで飛び跳ねる。


「やめろ、落とす」


慌てて言うレキ。青い光に包まれた背中の少女が、ふわりと宙に浮かんで地面に降ろされる。その隙に、地面にのっそりと座り込む獣。手の届くところにまで下りてきたふわふわの毛並みに、歓声をあげて飛びつく子どもたち。


「人気者だねぇ」とエンテ。


「物珍しいだけだろ」


ぶっきらぼうな返事に滲む、照れくさそうな雰囲気。

それを感じ取ったエンテはそっと口角を上げる。


「なぁなぁ、あっちで鬼ごっこしよーぜ!」


レキのしっぽとたわむれていた一人が立ち上がって言うなり、わっと歓声を上げた大半の子どもたちが中庭のほうに駆け出していく。脇目も振らずあっという間にたくさんの小さな背中が去っていくのを、二人は並んだまま見送る。


「ね、レキもー!」


レキの太い前足にしがみついて弾んだ声で言う小さな少年に、獣はゆっくりと首を振って、楽しげに駆け回る他の子どもたちを鼻先で示し。


「おれが混じったら、危ないから。おれが踏んだら大ケガするだろ」


残念そうな顔をした少年は、「うん」と呟いてエンテの足から両手を離した。


「じゃあ今度、かくれんぼ! かくれんぼ、しよー!」


「わかった」


嬉しそうにうなずいた少年も、他の子に混じって中庭へと駆けていく。


子どもたちが走り回るのをぼんやりと丸まったまま眺めていたレキのところに、ちょうど雲間から日差しがそそぎこんだ。できた日なたで目を閉じて、気持ち良さそうにパッタパッタと尻尾を揺らす獣。

かたわらの魔術師は木陰で木の実をかじっている。

その手が、ぽんぽん、と獣の背中をたたいて。


「ねぇ、さっきの答え、聞く?」


ちらりと目線を送る獣に、エンテはニッコリと微笑みかけて。


「あのね、キミみたいな強い生き物が好きなんだ」


「……ふん」


バカにしている、とレキは思う。


「最初は、私に勝ってくれるくらいの生き物かなって期待したんだけど」


「冗談じゃない、オマエみたいなのが二匹もいてたまるか」


噛み付くようにそう答えてから、ふと獣は思う。


もしかしたら、この強き者も自分と同じかもしれない。

ずっと孤独だったのかもしれない――と。

理解者もおらず。強すぎる力をもてあまして、隠して。


「腕比べとか、ケンカとか。そういうの、気兼ねなくできる友達が、真正面からぶつかれる相手が、子どもの頃からずっと欲しかった」


その珍しく殊勝な呟きに素直に同意したら、また、からかわれるのだろうか。

レキは顔を上げて、楽しげに鬼ごっこを眺めているエンテの横顔をじっと見た。


「ね、私となら、鬼ごっこする?」


中庭の方を向いたまま呟くように言うふざけた大人。

獣は一度口を開いたあと、また閉じて――フスン、と鼻から息を流した。


「もうしただろ。牢から、ここを通って城下町、王城まで。当分こりごりだよ」


「ああ、そうだったね。ふふ」


振り向いたエンテは、獣と目を合わせて、とても楽しそうに笑った。


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