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4.市街地の戦いと王城の戦い

民家の軒先から、洗濯用の木桶が飛ぶ。


「来たぞ――放て!」


横一列に並んだ魔導師たちの右手からほとばしる、青白い光。

(わだち)の残る地面の上を、まばゆい光が走り抜ける。


その渾身の一撃を、獣は大きな体躯をしなやかに曲げてかわす。


狙いの外れた光が地面をえぐり、大地に大きな亀裂が走る。

積み上げられたレンガがボロボロと落ちる。


四方から次々に放たれる青白い光を立て続けにかわした獣は、そのまま速度を落とさず川辺の壁を駆け上がり――魔導師たちの列に突っ込んだ。


次の術を発動する隙を与えず、振り上げた前足で一蹴。


「うわああああ!」


衝撃で崩れる土壁。舞い上がる土埃。

逃げ遅れた数人が、瓦礫とともに背後の川に落ちた。水しぶきの立つ音。


四つ足で着地した獣は、即座にターンして跳躍。

獣の足跡が付いたばかりの地面に、一拍遅れて、いくつもの矢が突き立つ。


「一撃すら当たらない……これほどとは……!」


散開した魔導隊を立て直しつつ、老師長が愕然とつぶやく。


剣を手に一斉に駆け寄ってくる剣兵たちを、獣は羽虫のように振り払って――空に向かって大きく吼える。周囲の空気がびりびりと震える。


「う、迂闊に近寄るな!」


怒号飛び交う混乱の中、誰かがたまらず叫んだ。

直後、ひるんだ剣兵たちの隙を突いて、飛び出た獣が路地の奥に消える。あわてて追う剣兵隊。


「……また逃したか」


剣兵隊長が悔しげにうなり、指示を飛ばしながら駆け出す。


残されたのは、負傷部を押さえる剣兵や魔導師たちと、一瞬にして廃屋になった建物。瓦礫の山。深くえぐられた地面。




……その戦いを、民家の屋根の上から傍観する一人の姿がある。

蒼い衣が風に揺れる。


伸ばした右手に、しゃらん、と鳴る金属製の腕輪。

白い指先にそっと灯る、仄明るい青の光。


真下にある無人の果物屋の店先で、何かが動いた。


藤籠に山積みになっていた赤い果実が一個、ふわりと浮かぶ。

ゆっくりと上昇したそれが、屋根の上に立つ人物の手に収まった。

服の袖で軽くぬぐって、皮のまま齧りつく。


シャクッ、というみずみずしい咀嚼音は、ほぼ同時に頭上で鳴った雷鳴のような音に掻き消された。何枚目かの防護壁が破られた音だ。


屋根の人物は、一度空を見上げてから、その目線を下に向ける。

坂を駆け下りる老師長が、さっと表情を曇らせるのが見えた。


「まずいぞ。王城の方角へ」


「なんだと!」


並走していた剣兵隊長が、血相を変え、部下に怒鳴る。


「なんとしても止めろ! それが無理なら、せめて進路を変えさせろ!」



『なるべく騒ぎが大きくなる方向へ逃げるんだ。いいね?』


先ほど、そんな指示を獣に出した張本人は、彼らの様子をのんびりと見下ろして――


(なんだ、よく分かってるじゃないか)


と人知れず顔を輝かせる。


人語を解すとはいえ、人間社会に馴染まない『獣』の知恵だ。

いいとこ、街の中心部まで来て騒ぐ程度だと思っていた。


こうなったらとことん好きにさせてみようか、などと、周囲の動揺を尻目に思案する。


少し離れたところから断続的に響く戦闘音をBGMに、瑞々しい果実を美味しそうに食べ終えて、


「うん、今年のは出来が良い」


芯だけになったそれを、中空にぽいと放り投げる。

横から飛んできた鳥がタイミングよく咥えて持ち去っていった。はばたく鳥は王族領の広大な森林のほうに飛んでいき、すぐに見えなくなる。


一枚の銅貨が、回転しながら日の光を反射し――果物屋の店先にポトンと落ちる。


屋根の上に、人影はすでになかった。



***


獣の後ろ足が、ドンと地を蹴る。

剣兵たちの頭上を、大きな影があっさりと飛び越える。


身を挺して獣の進路を阻もうとした勇敢な剣兵たちは、青空を横切るその影を、ただ呆然と見上げるしかない。


大きく跳躍した獣は、閉じかけていた跳ね橋に難なく飛び移った。

城門前の跳ね橋に。


「な」


橋の木板と吊り縄が、いきなりの衝撃に大きく軋む。

城門の向こう、近衛兵たちから驚きと混乱の声があがる。


「早くしろ!! 橋をおろせ!」


対岸から剣兵たちが怒鳴る。その横で何人かの魔導師たちがなにごとか唱えると、その身体が一瞬で対岸に移る。


しかし獣はそのときすでに、城門前にいた第一陣の近衛兵を蹴散らして、両開きの堅牢な木戸を体当たりで破壊したところだった。

王城の敷地内に飛び込んだ獣は、きれいに整備された広い庭園を駆け抜ける。生け垣の枝葉が飛び散る。


その背に向かって、四方の城壁から、雨のように放たれる矢。


背中にいくつもの矢を突き立てたまま、獣はまっすぐ主塔に向かって駆けて行き――前足から伸びた鋭い爪が、石造りの壁にガツンと突き立った。


城壁を一気に駆け上っていく巨大な獣の姿に、居館の一室に固まっていたメイドたちが悲鳴を上げる。魔よけの文様が刻まれた石壁が、がらがらと崩れ落ちていく。


「老師はまだか! 魔導師! 早く王を安全な場所へ!」


部隊を率いた剣兵隊長が、そう叫んで敷地に駆け込んでくる。

城壁の中腹、降り注ぐ無数の矢に足止めを食らっている獣の位置を確認しながら城内に飛び込み、王の名を呼びながら、絨毯敷きの長い廊下を駆け抜ける。


「近衛! 王はどちらに?! 寝室か?!」


「いえ、玉座に!」


駆け寄ってきた近衛兵の一人が答え、指さした扉のノブを剣兵隊長の手が乱暴につかむ。


「王! ご無事ですか?!」


そう叫んで剣兵隊長が、広間の扉を開けた直後――

南側の大きな窓が内側に吹っ飛んだ。


飛んできた窓枠を避けきれず扉の間に挟まれて、剣兵隊長は一瞬息を詰まらせる。

木材の折れる音、ガラスの割れる盛大な音。


痛みをこらえて目を開く。なにやら叫んで窓枠をつかむ部下たちの間から見えたのは――


割れた窓から室内に飛び込んでくる、雪崩のような無数の矢と、大きな獣が一匹。

王家の紋章が描かれた毛の長い絨毯の上に、いくつもの矢が突き立つ。砕け散ったガラスの欠片が散らばる。


獣の足がそれらを踏みしめ、パキパキと硬質な音が鳴った。


残りわずかな魔導力で王を退避させようとした魔導師たちが、次々に意識を失って倒れていく。老師長も息を乱して膝をつく。


飛びかかってくる近衛兵を残らず蹴散らして、またたく間に玉座の前へと躍り出た獣が、鋭い爪の前足を振り上げる――


「王!」


とっさに王の前に立ちはだかる近衛兵たち。その前に数人の有能な剣兵が飛び出し――そのほぼ全員が、獣の一蹴で横なぎに吹っ飛んだ。


玉座に座る王と、荒い息を吐く獣の目が合う。

獣の足元にぼたぼたと鮮血が落ち、絨毯の色を暗く変えていく。


その血溜まりを踏みしめて、獣が再び玉座へ歩み寄り――

どすん、と鈍い音。

獣の動きが不自然に止まる。


獣の腹部に、斜め横から突き立つ銀色の刀剣。漆黒の細い柄に金線の装飾が光る。


「王! お逃げください!」


それを投げたのは――未だ重い窓枠の下に挟まれたまま、折れた足をひきずり、おびただしく出血する肩を押さえる、血走った目の剣兵隊長。


獣は一瞬だけ彼を見たあと、その視線をゆっくりと玉座に戻す。


「だ……誰か、誰か! 止めろ――!!」


神にも祈るような気持ちで、そんな具体性のない指示を飛ばした剣兵隊長の目前で、


「ストップ、ストップ」


そんな声が聞こえたと同時。



獣の動きが、ぴたりと止まった。



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