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協力者

「反応が無いとはどういうことだッ!?」


 室内に男の怒号が響きわたる。

 対するローブ姿の男はうっとうしそうに表情を歪めた。


「どうもこうもない。お宅のお姫様のものに合致する奴隷印は、この世に存在していない」

「そんな馬鹿なことがあるかッ!!」

「可能性ならありえる。奴隷印――〝所有の刻印〟を入れる時に失敗したとかな。ケチな刻印師を使ったんじゃないか?」

「きちんと機能していることは確認済みだ!!」

「そうかい。経年劣化ってことも万にひとつはあるかもしれないな」


 ローブの男は机に置いた水晶玉を袖に入れる。

 クラリッサの奴隷印を感知すれば、太陽の位置と相対化された刻印の所在が水晶に現れるはずだった。

 彼はこのような魔術での人探しを専門とする魔術師――〝探知師〟である。


「……誰かが消した可能性は?」

「それこそありえないな。刻印師でも一度入れた刻印を消すなんてまず無理だ。よほどの化け物でもなけりゃ……」

「化け物とは、どういうことだ」


 男――ドルトは眉をひそめて詰め寄る。

 彼こそはクラリッサの主人であり、クラリッサをカルロ・アルファーノに捧げようとした張本人であった。


「俺たちが使うような〝魔術〟じゃない……本物の〝魔法〟の使い手とかな」

「……それの何が違う?」

「例えるなら、小石を投げるのと大砲をぶっ放すくらいの違いかね。現象の方向性は似ているが、原理も、力の大きさも、何もかもが桁違いなんだ」

「……そのような男が、この町に?」

「いやいや、ありえないな。そんな奴がいるなら、とっくにこの町の頂点に昇り詰めてるだろうよ……」


 探知師はくつくつと喉を鳴らして笑う。彼はフリーの魔術師であり、ドルトとの立場はあくまで対等である。

 

「それは現実の話なのだな?」

「見たことは無いけどな。魔王をぶち殺した勇者ってのも、〝魔法〟の使い手だったそうだ。今は行方知れずだが」

「……行方知れず?」

「凱旋式の前にトンズラしたらしいぜ。理由はわからねえが……ひょっとしたら、とっくに暗殺されてるかもな」

「……そうか」


 ドルトは納得げに頷く。

 確かにその通りだ。それほど危険な人物を国王が放置しておくわけがない――。


「とにかく、反応が無いもんは無い。魔術で探すのは無駄だからやめとけ。もうケツに火が点いてんだろ?」

「……そうだ」


 ドルトは正直に認める。

 クラリッサを紹介しておきながら首領(カルロ)との約束を反故にしたのだ。

 このままクラリッサが見つからなければ、出世どころか命すら危ういだろう。


「そんなに遠くまで行けるわけがないからな。大方、どこぞの男のところに転がり込んでんじゃねえかい?」

「……すでに捜索中だが、町中には影も形もない。確かにその可能性は高いだろう」

「あんたは奴隷を使うのに躊躇ってもんが無い……俺のお得意様だからな。死なれちゃ困るんだ、せいぜい気張ってくれよ」


 探知師はケラケラと笑いながら部屋を出ていく。

 ドルトはギリッ、と歯噛みしながらその背中を見送る他にない。


 カルロから言い渡された最終猶予期間は一ヶ月。

 苛烈と知られる男にしては極めて寛大な措置である。数多の奴隷を使役して幹部に昇り詰めたドルトの功績あってこその処遇だろう。

 だが、もし破ればどうなるか……その恐怖はドルトの想像に余りある。


「……あのガキに逃げる伝手などあるわけがない。必ず港区のどこかに隠れているはずだ。……この俺を舐めるなよ、奴隷風情が……ッ!!」


 ドルトはテーブルに拳を叩きつけながら腹をくくる。

 アルファーノ・ファミリーの下っ端構成員、あるいは衛兵所……いかなる手段を用いてでもクラリッサの身柄を確保する、と。


 *


「……これはひどい」


 日の出とともに目が覚める。

 私が部屋の中を見渡すと……アシュレイさんは、酒瓶と抱き合うみたいに床に転がっていた。


 私、奴隷じゃなくなったんだ――という感慨すら吹き飛ぶような光景。

 誰も乗り込んできた痕跡がないということは……奴隷印を消した、というのも本当なのだろう。


「……何かしなきゃ」


 追い出したりはしない、とアシュレイさんは言っていた。

 でもそれに甘えっぱなしというのも良くないような気がする。

 働かなくていい……というのはすごく新鮮で、心惹かれるけれど、それはそれで何をすればいいのかわからないし。


「……朝ごはん……の前に……」


 掃除かな。

 うん、掃除だ。

 朝日が差し込むアシュレイさんのお部屋は昨夜よりもっと乱雑に見えた。

 ふつうのお部屋に爆弾を投げ込んだらきっとこんな感じになるだろう。


 取りあえず大きめの麻袋が見つかったので、明らかに不要な酒瓶をぽんぽんと放り込んでいく。

 本の扱いは……よくわからない。積み上げたら痛みそうなので、部屋の隅っこに横並びにする。

 次に、服。

 どれだけ洗濯していないんだろうという服の山をかき集める。

 一回着て放り捨ててるのか、汚れはさほどでも無いけれど、それでも一杯集まればかなり臭う。

 石鹸……石鹸とかは、なさそう。


「……そうだ」


 昨日アシュレイさんが漁っていた棚を物色する。

 すると、やっぱり見つかった。お酒を割るための炭酸水。

 これを使ったらいつもより汚れが落ちる気がするのだ。……なんでかはよくわからないけれど。


「……ここ……で、いいのかな……?」


 隣部屋には水場らしい部屋があった。大きな浴槽も置いてある。

 その中に大量の炭酸水を注ぎ、後から服を放り込む。

 しばらく浸けておけば汚れも落ちやすくなるし、洗ってから外で干させてもらえば良いだろう。


「ふー……」


 これでだいぶ部屋の中がさっぱりした。

 結構ばたばたしてしまったけれど、アシュレイさんはしっかり寝こけていた。きっと寝付いたのが遅かったのだろう。

 その時、不意にお腹がきゅるきゅると空腹を訴える。


「……ごはん、かな」


 食べ物を勝手に物色するのはどうかと思ったけれど、アシュレイさんの分も作れば良いだろうか。

 奴隷の中でも煮炊き係は私が担当していたので、簡単な調理なら一通りできる。――というわけで、私は台所を一通り探索する。


「…………これはひどい」


 おもむろに戦利品を並べてううむと唸る。

 見つけた食材は軒並み傷んでいた。

 膨らんだ缶詰め、そして膨らんでいない缶詰め。

 買い出しに行きたい……と思ったけれど外には出られないし、そもそも手持ちのお金がない。


 ――――あるもので戦うしかない、か。


 魚の缶詰めはだめだから捨て。

 傷んでいる野菜はだめなところを切り落とせばいけそう。

 トマトはわりと新鮮なのがあった。これさえあればソースが作れる。


「……これなら、なんとか……」


 時間的にはもう朝とお昼の間だった。

 しっかりしたご飯は難しいけれど、軽食くらいならなんとかなりそう。

 ――よし、と私が腕まくりしたその時。


「アシュレイさん、起きていらっしゃいますかー?」


 部屋の扉をノックする音。女の人の声。

 どうしよう、と思考が止まる。私が勝手に出て良いのだろうか。


「……やっぱりですか。入らせていただきますからねー!」


 迷っている間に部屋の扉が開かれる。

 その時、私はふと、昨晩に聞いた女の人の声を思い出した。


「お邪魔いたします。また派手に散らかしているんじゃ……」


 と、女の人は部屋の方に目を向けた。

 ちょうど玄関口と部屋の真ん中――台所にいた私と視線が合う。


「……え?」


 女の人――年齢は二十代から三十代の間くらい――は驚いたみたいに目を丸くする。

 私は何と言ったものかしばらく迷い、ぺこりと頭を下げた。


「…………お、お邪魔いたしております……」


 *


「アシュレイさん、説明をしてくださいませんか」

「……朝からそう詰め寄らんでくれ。頭に響く……」

「もうとっくに昼です」

「……それはどっちでもいいだろう。ああ、くそ、水……」


 女の人――おそらく大家さんに起こされたアシュレイさんはよろよろと台所に向かい、汲み置きの水をガバガバと一気飲みする。

 顔を洗って部屋を見渡したあと、アシュレイさんはちらりと私のほうを見た。


「……部屋、掃除してくれたのか」

「えっ……あ、はい……」

「……別に何もせんでも追い出さんと言ったろうが」

「いえ、その……他にすることもありませんでしたので……」


 私は座ったままことのなりゆきを静観する。

 この事態を左右する力は私には無いからだ。


「話の前に。まずはどういうことか説明をしてください」

「……そこの娘をわけあって預かることにした。名前はクラリッサだ、よくしてやってくれるか」

「説明不足すぎます」

「……わけありの娘でな。ちょっと、外に出せん事情がある」

「……厄介事はごめんですよ?」

「迷惑は……いや、すでにかけ通しだったな……」

「わかっているなら改めてください。うちの人も心配しているんですから」


 大家さんはちいさくため息をついて私に向き直る。


「クラリッサさん、ですか?」

「……は、はい」

「家族は……いないのね?」

「はい。……もう、ずっと会っていないので……」


 そう答えると、大家さんはまじまじと観察するように私を見つめた。


「……奴隷、なのね?」

「……奴隷じゃない。元奴隷だ」


 アシュレイさんが険のある声で口を挟む。


「責めているわけじゃないわ。ただ、ひどい目に遭ったんだろうと思っただけ」

「……どうして、ですか?」


 奴隷印も、傷痕も、アシュレイさんによってすっかり消されたはずなのに――

 どうしてあっさりと見抜かれてしまったのだろう。


「怯えた目をしているから。……今すぐにとは行かないだろうから、しばらくは隠しておくことをお勧めするわ」

「……彼女を置かせてくれるんだな?」

「厄介事はごめんですからね」


 大家さんは念押しのようにアシュレイさんに言う。

「それと」と、彼女は手に持った布袋からおもむろにちいさな鍋を取り出した。


「焼いたパイが少しあまったので、どうぞ。ちゃんと食べて、鍋は洗って返して下さい」

「……クラリッサ。全部食べておいていいぞ」

「彼女よりあなたが先に倒れたらどうするつもりなんです?」


 二度目の大家さんのため息。

 アシュレイさんは酒気を残した顔に渋い表情を浮かべる。


「あなたが保護者になるんですから、それらしい振る舞いをしてください。……私も、協力はしますが」

「……あぁ、ありがとう」


 アシュレイさんはゆっくりと立ち上がり、玄関口まで歩いていく大家さんを見送る。私も揃ってぺこりと頭を下げる。


「クラリッサさん」

「……な、なんでしょう」

「もしこの人に嫌なことをされたら伝えてくださいね。然るべき人にちゃんと捕まえてもらいますから」

「……しねえよ」


 アシュレイさんが露骨に表情をしかめる。

 多少の不穏さは感じるが、大家さんが私を心配してくれているのは確かなようだった。


「本当ですか? 昨晩部屋に連れこんだのもそのためかと……」

「……全くの誤解だ。本当に説明する時間がなかっただけだ」


 ふたり分の視線がふと私に集中する。

 私はこくりと頷くほかなかった。


「だ、だいじょうぶです。……それに、アシュレイさんは、そういうことはしないと思います」


 アシュレイさんは、私を助けてくれただけではない。私の奴隷印を消してくれた人だ。

 唯一無二の恩人とさえ言える。

 だから、それを盾に何かを要求されれば……私はきっと断れないだろう。

 それでもカルロ・アルファーノよりはずっとマシだ。〝あの男〟よりはずっとずっとマシだ。


 なのに、アシュレイさんは――――私に何も求めなかった。


「なるほど。信頼はされているみたいですね」

「……頼れる人間が俺しかいないだけだ。望ましいことじゃない……だから、あんたからも良くしてやってくれないか」

「……そういうことならわかりました。では、また様子を見にきますね」


 大家さんはそう言って部屋を出ていく。

 アシュレイさんは深くため息をつき、ふと私を見下ろした。


「……まぁ、なんだ……朝飯にするか」

「……もうお昼ごはんだと思います」

「朝と昼の違いがよくわからん……日が出ているうちに起きたのが久しぶりでな……」

「どういう生活してるんですか……」


 奴隷の私の方が健康的な生活をしていた気がする……労働時間を除いては。

 ……あれ、と私はふと疑問に思って言った。


「……日の入りまで寝てて大丈夫なんでしょうか。お仕事とか……」

「特にこれといった問題はないな……働いてねえし……」

「……えっ」

「え?」


 なにを当然のことを、と言わんばかりにアシュレイさんは私の方を振り返る。

 ……大家さんの心配もむべなるかな、と思わずにはいられない昼前の出来事だった。

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