(10)生徒会室
王子と王女という普通ではない組み合わせとの昼食を終えたセイヤは、そのまま午後の実技の授業へと向かった。
ただし、いくら特クラスとはいっても、初回ということもあってさほど激しい授業が行われたわけではない。
担当の教師から訓練場の使い方や注意事項を教えられるくらいだったのだが、時折自分に視線を向けられるのをセイヤは感じていた。
クラスメイトが何を期待しているのかはすぐにわかったセイヤだが、少なくとも今はまだ彼らの期待に応えるつもりはない。
ただし、セイヤはそれらには気付かないふりをして、ただ黙って先生の言うことを聞いていた。
もっとも、生徒たちに話をしている教師自身が、時折セイヤに視線を向けてきていた。
それが、魔法を学びたいという希望からなのか、単に教えるうえで視線を向けてきているのかは、セイヤにも判断はつかなかった。
そうこうしているうちに授業の時間は終わりになり、結局教師からは何かを言われるということはなかった。
実技の授業が終わり、クラスメイトから詰め寄られそうな気配を感じたセイヤは、さっさと逃げ出すことにした。
断ることは確定しているのだが、初日から関係を悪くする必要もない。
しばらくは、逃げ切れる範囲で逃げることにするつもりだった。
何よりも、先に確認しておきたいことがある。
人気のない所で転移魔法を使うという荒業に出たセイヤは、あっさりクラスメイトを振り切り、何喰わない顔で最後のショートホームルームに参加するのであった。
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一日のすべての講義を終えたセイヤは、そのまま寮に戻るのではなく、学園内にあるとある場所へと向かった。
目指す場所に着いたセイヤは、ドアに貼られているプレートに『生徒会室』と書かれているのを確認してからノックをした。
部屋の中から返事は来たが、自分ではドアを開けずに待っていると、すぐにカタと音を立てて開いた。
「うん? 君は……新入生かい? ここは生徒会室だが、何かあったのかな?」
ドアを開けてそう言ってきたのは、健やかなイケメン男子だった。
その男子学生に向かって、セイヤはニコリと笑顔を見せた後に、ここに来た理由を話す。
「はい。少しだけ姉と生徒会長に話があってきました。こちらにいますよね?」
基本的に、放課後には生徒会室にいると言われていたので、入れ違っていなければ二人は中にいるはずだ。
「姉と生徒会長……?」
そう言って首を傾げた男子学生を見て、セイヤはしまったと思った。
生徒会長はともかく、姉といわれて分かるはずもない。
だが、その男子学生は、セイヤが訂正するよりも早く、何かを思い出したような顔になった。
「ああ、そうか。君がセイヤ君か。確かに二人はここにいるが……少し待っていてくれ」
男子学生はそう言うと、部屋の奥へと姿を消した。
クリステルとエリーナは、かなり奥にいるのか、話し声は聞こえてこなかった。
ただし、セイヤが少しだけ待っていると、完全にはしまっていなかった扉が勢いよく開けられて、そこにクリステルが来ていた。
「セイヤ! 突然、どうしたのですか!?」
クリステルは、セイヤが生徒会室に来るとは思っていなかったのか、かなり驚いた顔になっていた。
「いえ、少し話をしたいことがあったのです。ご迷惑でしたか?」
「まさか! 迷惑なんてことはありませんよ。さあ、入ってください」
クリステルは、そう言いながら、セイヤを部屋の中へと招き入れた。
部外者が入っていいのかと一瞬ためらいを見せたセイヤに、クリステルが笑顔になりながら説明をした。
「この部屋は、別に部外者立ち入り禁止ではありませんよ。一般の生徒を入れて話を聞くこともたくさんありますから」
「そうなのですか」
「生徒会というのは、生徒同士のもめ事を収める役目もありますからね」
クリステルのその説明に、部屋の中にいた他の役員らしき者たちもウンウンと頷いていた。
ただ、クリステルの説明はそれだけでは済まなかった。
部屋の一角に用意されたお客様を迎えるためのスペースを通り過ぎ、それを見て不思議そうな顔を浮かべる役員たちを無視したクリステルは、あるドアの前で立ち止まった。
「ここから先は、普通の生徒は入ることはまずありません」
楽しそうな表情になってそう言ったクリステルは、ドアに張られているプレートを指した。
ある意味セイヤの予想通り、そこには『生徒会長室』と書かれていた。
戸惑うセイヤを無理やり生徒会長室に入れたクリステルに、セイヤは一度ため息をついてから聞いた。
「いいのですか? 他の人は滅多に入れないのですよね?」
「いいのですよ。ほら、あれを見ればわかります」
クリステルがそう言って指した先には、ソファが置かれていて、そこにセイヤも見慣れた人がいた。
「…………姉上。そこで一体何をされているのですか?」
「ん~? ……休憩?」
やる気なさげにそう答えたエリーナは、ソファの上にごろりと寝転がっていた。
自分が来たにもかかわらず態度を変えなさそうだと察したセイヤは、伝家の宝刀(?)を出すことにした。
「いつまでもこんなところでだらけているようでしたら、あとでシェリル母上に言……」
「ちょっ!? 待って!! ごめんなさい、私が悪かったわ!」
セイヤが最後まで言い切るよりも先に、エリーナはそれまでのノロノロとした態度を一変させて、シュバッと起き上がった。
そして、次の瞬間には、これぞ淑女という雰囲気を漂わせたエリーナになっていた。
その一連のやり取りを見ていたクリステルが、感心したような顔になって何度か頷いた。
「なるほど。私が何度言っても駄目だったのですが……。今度からはそう言うことにします」
「それが良いと思います。姉上は、ことこういうことに関しては、シェリル母上に頭が上がりませんから」
そう余計な一言を付け加えたセイヤに、エリーナが恨みがましい顔を向けた。
「セ~イヤ~!」
「仕方ないでしょう? 家や寮の自分の部屋ならともかく、ここは一応公の場ですから」
エリーナに睨まれながら、サラッと答えたセイヤに、クリステルも「そうですね」と同調していた。
僅かに涙目になったエリーナを無視して、クリステルはセイヤをソファに勧めた。
「それで、わざわざこの場に来てまで話したかったこととは、なんでしょうか?」
セイヤが生徒会室に来てまで話をしたがるということは、早く聞いておきたいことがあると、きちんとクリステルもわかっている。
クリステルとしては、自分の色恋に繋がるものではないと理解しているので、残念ではあるがこうして自分を頼ってきてくれているだけでも嬉しいという思いもあるのだ。
そんなクリステルの乙女心にはまったく気付かずに、セイヤは魔法で音が漏れないように結界を張ってから疑問に思っていたことをクリステルとエリーナに聞いた。
「魔法のことについてなのですが、この国はともかく、他国にはどの程度の情報が流れているのか、わかりますか?」
セイヤがわざわざ結界を張ったことと、その問いに、問われた二人は同時に顔を見合わせた。
先に答えたのはクリステルだった。
「残念ながら、学園に流れている噂と同程度のものが、留学生を通じて伝わっているんじゃないかしら、ということくらいしかわからないですね」
「そうね。真偽はともかく、セイヤが騎士団長を倒したときのことも流れていると思うわよ?」
クリステルとエリーナの言葉を聞いたセイヤは、その場で考え込むような顔になった。
予想通りの答えとはいえ、それが正しいかどうかはわからない。
どうするべきかと悩むセイヤを見て、クリステルとエリーナは再び同時に顔を見合わせるのであった。
第一章は十話で終わりませんでした><
クリステルたちとの話が終わってから、第一章は終わりになります。




