(8)特別扱い?
歓迎パーティの翌日からは、いよいよ本格的に授業が始まった。
エーヴァが用意した朝食を寮の部屋で食べたセイヤは、久しぶりの感覚に少しだけウキウキした調子で教室へと向かった。
この世界に誕生してからは勿論、以前の記憶に基づいても自分が生徒として学校に通うのは久しぶりのことだ。
人から学問を教わるという感覚に、何となく楽しさを感じているのである。
セイヤが教室に着いたときには、既に半分以上の生徒が席に着いていた。
教室のドアをセイヤが開けた時には、そのすべての生徒からの視線を感じたが、それもすぐに収まった。
その後も自分に興味が向けられていることをセイヤは感じていたが、少なくとも表向きは抑えているのは流石といえるだろう。
セイヤが入ることになった特クラスは、成績優秀な者だけが集められたクラスではない。
成績と家の格もすべて総合的に判断されて振り分けられている。
はっきり言ってしまえば、特クラスにいる生徒のほとんどが、将来国の重鎮となって行くことが見込まれているのである。
セイヤのように最初から重鎮を目指さないというのは、非常に珍しい存在なのだ。
ところが、セイヤのいるクラスには、その珍しい存在がもう一人いる。
それが誰かといえば、キルスター王国のレティティア王女である。
キルスター王国は、リーゼラン王国の西側に位置する隣国で、それぞれの王族を交換留学させるほどの仲である。
勿論、国同士の関係なので、全てが上手くいっているというわけではないが、少なくとも今すぐに軍事的にどうこうなるような関係ではない。
レティティアのように王族同士の交換留学を行っているのも、いざという時のルートを作っておくという目的もある。
そうした目的に気付いているのか、単に親から言われているのか、レティティアの周囲には何人かの生徒が集まっていた。
セイヤは詳しく知らないが、それらの生徒はそれなりに家格があるところの出のように見受けられる。
もっとも、レティティア自身が王家の女性らしく見目麗しいので、そちら方面だけで話しかけている者もいるかもしれない。
とにかく、自分にとってはほとんど関係することがない相手と考えて、セイヤはほとんどレティティアのことは一度見ただけで、それ以上は特に気にしなかった。
そして、そうこうしているうちにジェラール王子も教室に姿を見せて、クラスにほとんどの同級生が揃ったのである。
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セイヤたちのクラスの担任は、リヒャルトという三十代後半の男性だった。
実はこのリヒャルト、れっきとした王位継承権を持つ王子であり、リチャード国王の実弟である。
そんな王子が、なぜ学園で教師をやっているのかといえば、王位継承権があるといっても母親の関係で順位がかなり下位にいるためだ。
とはいえ、王子は王子。
学園に入学する王族や高位の貴族の子弟を抑えるために、必ずそうした継承順位の低い王族が特クラスを受け持つことになっているのだ。
最初から王位にかかわることが少ない王子は、似たような職をあてられることになるため、そうしたことが出来るように最初からそういう教育を受けて育つのである。
教室に入って来たリヒャルトは、全員揃っていることを確認してから、学園でのあり方や授業についての話を始めた。
セイヤのように他の兄弟がいれば、学園の様子も聞くことが出来るが、長子が来ている場合もある。
そうした子供の為にも、こうした事務的な話は必須なのだ。
それら諸々の話を終えて、あとは次の授業を待つだけという状態になってから、リヒャルトは最後の仕事とばかりにセイヤを見て言った。
「それからセイヤ・セルマイヤー」
「はい」
「君は次の授業は受けなくても構いません。代わりに、私と一緒に来てください」
「ハイ?」
突然すぎるリヒャルトの言葉に、セイヤは目を丸くして驚いた。
それに驚いているのはセイヤだけではなく他の生徒も同じようで、それぞれが隣の席の生徒と顔を見合わせたりしている。
気を取り直したセイヤがどういうことかと問いかけようとするよりも先に、生徒の一人が手を挙げてから言った。
「先生。なぜ彼だけ別なのですか!?」
「理由が必要かな? ――簡単にいえば、私たち教師は、セイヤ君には少なくとも一部の授業は受けなくていいと考えているからだよ」
リヒャルトがそう言うと、クラスが騒めき始めた。
はっきりとセイヤのことを特別扱いするのだと宣言されたのだから、そうなるのも当然だろう。
特クラスは、身分だけではなく、学力も高くないと入れない生徒だけが集まっているのだ。
いくらセイヤが満点に近い点数で合格したとはいえ、自分たちと同じ年のセイヤだけの学力が突き抜けてとは考えていないのだ。
そんなセイヤの同級生たちを、リヒャルトは実力行使で黙らせた。
簡単に言えば、分野の違う問題を三問出したのだ。
セイヤはそのすべてに次々と答えて行ったが、それが終わると生徒たちは黙り込んでいた。
リヒャルトが出した問題は高度なもので、学園を卒業してさらに専門に進んでから学ぶようなものだったのだ。
ひとつだけなら答えられる生徒もいただろうが、全てとなると無理だというわけだ。
ちなみに、セイヤからすればどれも高校入試程度の問題で、さほど難しいというわけではなかった。
力技で他の生徒を黙らせたリヒャルトは、教室を見回した。
「ほかにも問題は用意してあるから、もしチャレンジするのであれば受け付けるよ?」
そう言ったあとに、手を上げるような生徒がいないことを確認したリヒャルトは、一度頷いてから続けた。
「そういうわけで、セイヤは別扱いになるからね。あとから不満を言わないように」
リヒャルトはそれだけを言うと、教室から出て行った。
途中で振り返ってセイヤを促すことも忘れない。
自分の席で一度ため息をついたセイヤは、クラス中の視線を感じながら席を立ってリヒャルトの後を追った。
この時点でセイヤは、リヒャルトの――というよりも、学園の教師たちの思惑を少しだけ見抜いていた。
恐らく、学力が高いからといって通常の授業を受けさせずに、空いた時間を他の学年やクラスの実技に当てようとしているのではないかと。
その目的は、セイヤが中心となって広め始めている魔法を、他の生徒に教えさせようということだ。
勿論、そんなことをするつもりはないセイヤは、リヒャルトの後を着いて行きながら、どうするべきかと頭を悩ませるのであった。
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結論から言えば、セイヤの懸念は杞憂で終わった。
職員室に呼ばれたセイヤは、その場で複数の教師から次々と問題を出されたのだ。
その内容が、純粋に学力を図るためだとわかったので、実力を隠すつもりのないセイヤは手を抜かずに答えられる問題は答えていった。
中には答えられないような問題もあったが、本当の意味で実力を図っているとわかっていたので、セイヤにとっては大したことではない。
実際すべてが終わった後で、問題を出していた教師たちも感心した表情になっていた。
「これなら問題ないでしょうね」
「同感です。少なくとも私の分野で教えられることはほとんどありません」
他にも似たような言葉が教師たちの間から飛び出して、最終的には「セイヤは社交と実技関係を除けば学園で学べることはほとんどない」という結論に達していた。
それらの教師を見回しながら、これからどうなるのだろうかと考えていたセイヤに、リヒャルトが話しかけて来た。
「セイヤ君。君はこれらの授業の時は抜け出していいからね。その間は、図書館へ行くなり好きに過ごすように。勿論、普通の授業に出ても構わないよ」
「えっ? 授業中に図書館に行っていてもいいのですか!?」
「ああ、勿論だよ。学園は学ぶために来る場だからね。図書館に通うことは、推奨することはあっても拒むことはないよ」
リヒャルトがそう言うと、セイヤは思わぬ結果に顔をほころばせた。
既に学園の図書館を見ていたセイヤは、これからどうやってあれだけの書物を読んで行こうかと考えていたのだ。
わざわざ学園側が時間を用意してくれたのであれば、それを有効に使わない手はない。
リヒャルトに向かって礼を言ったセイヤに、二人の会話を見ていた他の教師たちも顔をほころばせている。
あくまでも教師である彼らは、セイヤのより学ぼうとする精神に、好意的な印象を受けたのである。
王女登場!
そして、省かれるセイヤ!
もっともセイヤにとっては、ご褒美のほうが嬉しかったようですw




