(3)入学式での波紋
学園の入学式は、セイヤが知るものと大きく違っていることが一つある。
それが何かといえば、参加者は新入生とその関係者だけで、在校生がいないのだ。
これが何故なのか答えられる者は、王国の中には誰もいないだろう。
そもそも、在校生を出席させるという発想が無かったのかもしれないし、単純に入学に関係のある者だけを集めればいいと考えたのかもしれない。
ちなみに、新入生を在校生が歓迎する式は、後でパーティという形で開かれることになっている。
そのため、わざわざ入学式に在校生が出席する必要性はないということもあったりするのだろう。
とにかく、関係者だけで集まって開かれている入学式で、セイヤは新入生代表として壇上に立っていた。
御多分に漏れず、成績優秀者として挨拶を行っているのだ。
「――――このたび、私たちは新入生としてこの誉ある学園に入学する運びとなりました。私たち新入生一同は、この学園の生徒としてその名に恥じぬよう行動することをここに誓います」
ここで挨拶が終わったと勘違いした幾人かが、セイヤに向かって拍手をした。
そこでセイヤは、スッと右手を上げてまだ続きがあることを示した。
「最後になりますが、少しだけ私事に関わることをこの場を借りて申し上げます」
原稿から顔を上げてそう言ったセイヤに、何人かが騒めいた。
一応、この場で読む原稿の内容は事前に見せていたのだが、いま話す内容は一切知らせていなかったのだ。
だからといって、既に壇上にあって話をしているセイヤを止められる者は誰もいない。
無理に止めることは出来なくはないが、そこまでする必要があるのかどうかを司会の者も計りかねているようだった。
その隙をついて、セイヤはさっさと話し出した。
「何やら私について妙な期待を持っている者や甘い幻想を抱いている者がいるようですが、私は私の選んだものにしか教えるつもりはありません。その者たちについて余計な手出しをすれば、私と敵対すると認定しますので、十分にご理解ください」
きっぱりとそう言い切ったセイヤは、一段と大きくなった騒めきを無視して、頭を下げてから壇上を降りた。
その様子を式の参加者たちは、意味が分からず周りを見回したり、苦々しい顔で見送ったり、中には笑っている者もいた。
セイヤが今言ったことは、魔法に関してのことであり、自分の好きなように行動するという宣言でもあった。
これで、裏で勝手にセイヤを教師役に立てようとしていた者たちは、その目論見が外されたことになる。
セイヤはそうした者たちがいるという情報を掴んでいたわけではないが、それくらいのことをしてくるだろうと予想して、先んじて潰したのだ。
勿論、これだけのことで全員が諦めるとはセイヤも考えていないが、ある程度の牽制はできただろう。
それだけでもセイヤとしては十分な成果だと思っている。
壇上から降りる際、セイヤは関係者席にいる家族を確認してみたが、そこでマグスが額に手を当てているのを見て、ひそかに笑みを浮かべた。
セイヤとしては、ちょっとしたいたずらが成功したという気分になっていたのである。
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側近からその報告を受けたリチャードは、その場で声を上げて笑った。
「ハッハッハ。やっぱりというか、やらかしたか、あやつは」
リチャードが聞いた報告は、当然というか、セイヤが入学式でやらかした挨拶のことだった。
入学生は勿論のこと、彼らの家族や来賓たちが集まる場で宣言するのは、これから学園に通うことになるセイヤにとっては、これ以上ない機会になる。
話を聞いた時点でセイヤの目論見を見抜いたリチャードは、だからこそ大笑いしたのである。
そのリチャードに、報告に来た側近が確認するような視線を向けた。
「よろしいのですか? せっかく立てた計画が無駄になってしまう可能性がありますが?」
「構わん構わん。完全に無駄になったわけではないからな。それに、そもそもお前たちも、こうなることも予想しておったのだろう?」
リチャードのその問いに、側近は沈黙を返した。
その側近が明確な答えを返さないということは、今リチャードが言った通りだということを示している。
それに対して、リチャードは何も言わなかった。
その代わりに、別の懸念点について念を押してきた。
「それよりも、余計なことをしでかす者が出ないように注意する方が重要だ」
「それは十分に承知しております」
貴族というものは、自分の利益の為ならあらゆる手を尽くすのが習性といっても良い。
その際に、相手のことをまったく考えずに、自分の能力を過信して突っ走る者が出ることも多々あるのだ。
リチャードが現時点で一番懸念しているのは、セイヤのことを侮って、馬鹿なことをする者が出ないかということなのだ。
「そうか。基本的に在学中は親の干渉は出来るだけ少なくというのが建前とはいえ、直接手を入れてくる馬鹿もいるからな。十分注意するのだぞ?」
「畏まりました。ですが、生徒たちが動いている分には、あまりこちらからも干渉できませんが……」
「それはそうだろう。そもそも学園とはそういう場所であるからな。あやつもそれは十分に承知しているだろう」
そもそも王都にある学園は、貴族の子弟が貴族のやり方を学ぶために存在している。
そこに通う子供たちは、親の影響を十分に受けている。
親の指示でセイヤと繋がりを持とうとする者が出てくるのは当然といえるのだ。
リチャードが言った通り、セイヤも自分に接してくる者たちは親の名代であることは十分に理解している。
それ以上に、子供たちは子供たちで、自分の立場を作るために動いていくということもわかっているのだ。
「とはいえ、その程度のことはあ奴も十分知っておるだろうな。とにかく、こちらはお手並み拝見と行けばよい」
リチャード、というよりはリーゼラン王国としては、セイヤの持つ魔法という技術が、国内に広まればそれで十分成果が得たと言える。
その中で貴族たちの争いはあったとしても、いずれにせよ国力になることには違いない。
できれば王家の権力基盤となっている家々に行き渡ればいいのだが、それは絶対の条件ではない。
むしろ、そんなことを直接セイヤに要求すれば、確実に反発されるとリチャードは予想している。
強引に手を出せばさらりと躱され、からめ手で行こうとすれば強引に振り払われる。
それが、いま現在のリチャードのセイヤに対する評価なのであった。
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セイヤが入学式で行った宣言は、式に参加していた新入生の親を通して、各所に伝えられていた。
その宣言を聞いた者たちの反応は、まさしく千差万別であり、それぞれの立場によって全く違っていた。
もっとも、その多くは強い影響力を持っている貴族の顔色を窺うような者たちで、彼らがどう出るのかというのを様子見しているというものだった。
とはいえ、自分で道を切り開いていこうと考える者もいることは確かだ。
とある部下から報告を受け取ったその男も、いささか強引に道を開いて来た者の一人だった。
「ふん。随分と小癪な真似をするものだな。一体、誰の入れ知恵か。……まあ、辺境伯あたりだと考えるのが妥当だとは思うがな」
男はそう呟いた後で、フンと鼻を鳴らして報告を持ってきた部下に、いくつかの指示を出した。
それを聞いた部下が出て行くのを見ていた男は、自分の出した指示が上手くいくことを信じて疑わないのであった。
セイヤの入学式でのやらかしでした。
とはいえ、周囲の反応ばかり書いていても仕方ないので、次からはきちんとセイヤがいろいろと動き回ることになる……はずです。




