(2)家族の来訪
セルマイヤー家の王都の屋敷は、いま非常に珍しい状態になっていた。
「シェリル母上もいらっしゃるとは思っていませんでした」
セイヤが出迎えの挨拶の時にそう言った相手は、当然当人であるシェリルである。
いつもならマグスの留守を預かるのがシェリルなので、まさか自分の入学式に合わせてくるとは考えていなかったのである。
アネッサとシェリルがきたことで、当然のように両方の娘であるサラとマリーも着いて来ている。
要するに、王都の屋敷には現在、セルマイヤー家のほとんどの人物が集まっているのである。
勿論、そんな状況に出来たのには、理由がきちんとある
「領地にはアーロンがいますからね。私が残る必要がなかったのよ」
跡継ぎであるアーロンが学園を卒業したことで、領主代行としての職務を全うできるようになった。
今回の件は、アーロンが領主代行業をきちんとこなせるかを見るのにちょうどいい機会だったのだ。
勿論その先には、領主として適正かどうかを見極める目的もある。
「なるほど。アーロン兄上も大変ですね」
「何を言っているのよ。私がこっちに来たのは、貴方のこともあるのよ」
「げっ。藪蛇でしたか」
少しばかり怒ったような顔になったシェリルを見て、セイヤはそっぽを向いた。
本来であれば、セイヤがやらかしたことは、母親であるアネッサが面倒を見ることになるのだが、いかんせん元平民であるアネッサは貴族との繋がりが細い。
そのため、シェリルがわざわざ出向いてくることになったのである。
あとは、来年同じように学園の入学を控えているサラのお友達付き合いも兼ねている。
サラはセイヤと違って、しっかりと洗礼の儀のときに、同年代の知り合いを作っているのだ。
横を向いてしまったセイヤに、シェリルはクスリと笑顔を見せて、それ以上はなにも言わなかった。
いまいる場所は屋敷の玄関先なので、長々と話すようなことではないと判断したのだ。
シェリルの挨拶が終わった後は一緒についてきたサラの挨拶が続き、次にアネッサとマリーの番が回って来た。
「お兄様、着きましたよ!」
「ああ。何事もなかったようで良かったよ。でも、きちんと順番は守ろうね」
本来であれば母親であるアネッサが先に挨拶をすることになる。
それをすっ飛ばしたマリーに、セイヤは釘を刺しておいた。
セイヤ自体は別にどうこう思うことはないが、その行動に眉を顰める者がいることは確かなのだ。
もっとも、マリーはシェリルたちの挨拶が終わるまできちんと待っていたので、わかっていながらやっているところもある。
セイヤの言葉に、マリーはプクリと頬を膨らませて、それを見たアネッサが笑って来た。
「ハハハ。まあ、そう言ってやるな。移動の間お兄ちゃんに会えなくて、マリーはずっと我慢していたんだ」
「お母様!」
アネッサの暴露に、マリーは抗議の声を上げて、ますます頬の膨らみを大きくする。
「そうですか。僕はマリーに会えて嬉しいですよ」
「マリーも!」
セイヤの言葉に反射的に答えたマリーは、次の瞬間ハッとした表情になって黙り込んだ。
折角抗議したのに、まったく無意味になってしまったと気付いたのだ。
それを見ていたセイヤとアネッサは、これ以上こじれると面倒になることが分かっているので、声を上げて笑うのではなく、小さく笑みを浮かべるだけにとどめたのだった。
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マグスに呼ばれて部屋に入ったセイヤは、少しだけ驚いて目を見開いた。
なぜなら、そこにシェリルはいたが、アネッサがいなかったのだ。
基本的に、シェリルが同席しているときにはアネッサがいたので、珍しいパターンに驚いたのである。
「おや。何かあったのでしょうか?」
わざとらしくそう言ってきたセイヤに、マグスは苦笑を返してきた。
「何かあったから呼んだんだがな。まあ、とりあえず座れ」
マグスはそう言いながら自分たちが向かいに用意した椅子に座るように、セイヤを勧めた。
大人しくその椅子に座ったセイヤに、マグスが早速切り出してきた。
「で? お前は、一体何をやらかしたんだ?」
「えっ!? いきなり何ですか? 最近は特になにもしていませんよ?」
唐突過ぎるマグスの言い分に、セイヤは本気で意味が分からずに首を傾げた。
入試の報告をした後は、入寮の準備で忙しかったので、クリステルとのデート(もどき)くらいしか大きな変化はなかった。
少なくともセイヤの中ではそうなっている。
そんなセイヤに、シェリルが小さくため息をつきながら言った。
「それではなぜ、リゼが大人しいのかしら?」
そう言われて、ようやくセイヤは例の話し合いのことを思い出した。
今の今まで忘れていたのは、セイヤが本気でリゼのことをどうとも思っていない証左である。
「ああ、そういえばそんなこともありましたね」
「お前なあ……」
スッキリした顔になってそう言ったセイヤに、マグスは呆れたような顔を向けた。
たったそれだけのやり取りで、二人の間で何かがあったのだと確信したのだ。
一方、セイヤはセイヤで、なぜこの場にアネッサがいないことを理解していた。
確かにリゼに関わる話であれば、微妙な立場にいるアネッサは混ぜないほうが良いだろう。
そう考えたセイヤは、更にマグスとシェリルに何を言うかと少しだけ悩んだ。
別にあの時に話した内容をすべて言うのは構わないのだが、ここらでちょっとした楔を打ち込んでおくのも悪くはない。
それに、最近はともかく、以前リゼに対して大した手を打ってこなかったマグスに不満が無かったわけではない。
マグスとシェリルの顔を何度か見比べたセイヤは、肩をすくめてから言った。
「別に大したことではありませんよ。単に、リゼ母上たちには、直接指導はしませんと言っただけです」
セイヤが指導するものといえばひとつしかない。
すぐにそれを理解したマグスとシェリルは、ほぼ同時に顔を見合わせた。
「はっきりと、当人にそれを言ったのね?」
「ええ、言いましたよ」
念を押すように確認して来たシェリルに、セイヤはきっぱりと頷いた。
これに関してセイヤは、一切譲るつもりはないのだ。
そのセイヤの顔を見て、マグスは大きくため息をついた。
「……そうか。それなら、リゼのあの態度も理解できるな」
リゼの態度がおかしかったのは、セイヤだけではなくアネッサやマリーに対しても同じだった。
だからこそ、マグスとシェリルはそのことに気付けたのだ。
それを考えれば、リゼが次に何を狙っているのか分かるというものだ。
マグスの言葉でそのことをすぐに理解したセイヤは、小さく笑みを浮かべた。
「そうでしょうね。まあ、上手くいくかどうかはわかりませんが」
「……セイヤ?」
何やら含みのある言い方をするセイヤに、マグスが首を傾げた。
「どうせマリーのことを狙っているのでしょうが、そう都合よくはいかないと思いますよ」
「セイヤ、お前……」
「いえ、勘違いしないでくださいね。私自身は、マリーに何かを言ったりはしていません。ただ、あの子は本当に敏い子ですから」
例え自分やアネッサがなにも言っていなくとも、マリー自身で気が付いていると含みを持たせて言ったセイヤに、マグスとシェリルは同時にため息をついた。
二人とも、マリーが賢いということは、十二分に理解しているのである。
確かにセイヤが言った通り、リゼの思惑が上手くいくかどうは、本当にこれからの態度次第ということになる。
それに対して、セイヤは特に何かを言うつもりはない。
勿論、マリーが相談して来た場合にはきちんと乗るつもりだが、自分の考えを押し付けるつもりはないのである。
難産でした><
でも、これでしばらくはリゼ関係の話は出てこないと思います。
はっきり断言しますが、マリーはお兄ちゃんっ子なので、マリーがリゼに傾くことはないかと思われますw




