(1)新しい生活の場
学園へのトップ合格を果たしたセイヤだが、入学式まで学園関係のことを何もしていなかったわけではない。
時に揚げ足取りをされて立場を危うくすることがある貴族社会では、自分の身を守る手段が多ければ多いほど立場を守ることが出来る。
いくら学園の生徒とはいえ、当然のように長い間に定められてきた規則が存在している。
そうした規則を知っていれば、時に身を守ることが出来るので、セイヤは事前にそうしたルールを覚えていた。
勿論、学園規則を覚えるために屋敷の部屋に籠っていただけではない。
というよりも、入学前に一番時間を取られていたのは、寮に入るための準備だった。
学園の生徒が寮に入るためには、事前の手続きから始まって、生活に必要なものの準備までかなりの手間がかかる。
もっとも、余裕のある貴族の子供たちは、全てを家令なりに用意をさせるので、自分自身が動くことはほとんどない。
だが、セイヤはエーヴァ一人しか連れてきていないので、自分で動く必要があったのだ。
ちなみに、リゼからは一応屋敷の侍女を使うかと言われていたが、セイヤ自身が断っている。
今のリゼは、このようなことで貸しだと言ってくるようなことはしてこないが、先日セイヤが行った宣言のこともあるので、余計なことをさせたくなかったのだ。
とはいえ、学園の寮に入るための準備で何ができるかと言われれば、少なくともセイヤは何も思いつかないのだが。
部屋の下見から必要な家具の準備等、ほとんどセイヤとエーヴァだけで用意をしていた。
時折、時間があるのか、エリーナやジェフリーが自身の侍女を連れて応援に来てくれていたが、それは荷物の整理などの人手が必要なときくらいだ。
しかも、セイヤの場合は、所謂アイテムボックスに必要な物を放り込んで、転移魔法で移動すればいいだけなので、普通に比べれば余計な手間はかかっていない。
ちなみに、セイヤが初めてアイテムボックスをエーヴァの前で使って見せた時には、彼女は真剣な表情になって必ず使えるようになって見せますと言っていた。
セイヤたちのように、侍女を連れて来ている子供たちは、どちらかといえば少数派である。
当たり前だが、侍女を雇うとなればそれだけお金がかかるので、下級貴族はすべてを自分だけで用意するのだ。
ただし、そうした下級貴族は寮の費用も抑える必要があるので、一人部屋ではなく二人部屋だったり三人部屋を使ったりすることになる。
そうした者たちは、備え付けの家具を使ったりするので、荷物はさほど多くないのだ。
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すっかり用意の整った部屋を見て、セイヤは満足げに頷いた。
「これで、明日からはこっちで生活できるでしょうか? できれば今晩からといいたいのですが」
「流石にそれはやめた方がよろしいかと思います」
セイヤの言葉に、エーヴァが反論して来た。
セイヤとしてはさっさと屋敷を出てしまいたいところだが、何の報告もなしに家を出るわけにはいかないので、エーヴァがいうことが正しい。
セイヤもそれは十分認識しているので、頷くだけにとどめた。
ぐるりと部屋の中を見回したセイヤは、ため息をつきながら言った。
「それよりも、ここに来るたびに思うけれど、学園生活するのにこんな豪華な部屋は必要なのでしょうか?」
セイヤがこれから先生活することになる寮の部屋は、全部で三部屋ある。
そのうちの一つはエーヴァのような傍付きの側近が寝泊まるする部屋で、あとは部屋の主の寝室と居間のような大き目の部屋があるのだ。
同じ寮で共同生活をしている学生のことを考えれば、雲泥の差といっていいだろう。
呆れたような顔になっているセイヤに、エーヴァが身も蓋もないことを言ってきた。
「貴族とは見栄を張らなくてはいけない生き物ですから」
「おや。珍しくエーヴァも言いますね」
久しぶりに聞いたエーヴァの毒舌に、セイヤは咎めるでもなく、むしろ笑い顔になった。
別にセイヤもエーヴァも貴族社会を否定しているわけではないのだが、時にはこうして毒を吐きたくなることもあるのだ。
セイヤが応えたときには、エーヴァは既にいつもの様子に戻っていた。
「それよりも、こちらで少し休むのですか? それとも屋敷に戻りますか?」
既に寮の部屋は手続きが終わっているので、自由に使うことが出来る。
ただし、荷物の片付けなど、まだ屋敷ですることは残っているのだ。
「エーヴァが疲れていなければ、屋敷に戻りましょうか。明日からは、完全にこちらで生活できるようにしたいですから」
「畏まりました。私は大丈夫です」
自分を気遣ってくれたセイヤに笑顔を見せながら、エーヴァは静かに頭を下げるのであった。
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転移魔法でエーヴァと一緒に屋敷に戻ったセイヤは、早速リゼのところに行って、寮で生活をする報告をした。
先日の件をどう考えているのかは分からないが、特に表情を変えることのなかったリゼだったが、変わりに釘を刺すようにこう言ってきた。
「それは構わないけれど、明後日にはマグス様方が到着するので、こちらに戻って来る必要がありますよ?」
「あっ!?」
すっかりそのことを忘れていたセイヤは、つい素っ頓狂な声を上げてしまった。
マグスたちは、セイヤの入学式を始めとして、シェリルやリゼの娘であるサラやローラの洗礼の儀の為に、王都に向かっている途中なのだ。
既にその行程もほとんど終えており、あとは隣に町に泊まって王都に入るだけという報告を受けていた。
これは別にリゼやエーヴァが言わなかったわけではなく、単純にセイヤの度忘れである。
昨夜の夕食の席で言われていたので、誤解のしようがない。
少しだけ呆れたような視線を向けて来たリゼは、セイヤに続けて言った。
「時折、おかしなところで抜けているわね、貴方は」
聞きようによっては嫌味と取れなくはないが、今回に関しては完全にセイヤが悪い。
この場にいるのがリゼではなく、例えばアネッサだったとしても、同じようなことを言ってきただろう。
「まあ、それはいいでしょう。どちらにせよ、明後日の朝には必ず屋敷にいるように」
「はい。畏まりました」
流石に両親が揃ってくるとなれば、セイヤが席を外すわけにはいかない。
ジェフリーのように授業があるというのならともかく、今のセイヤにはそうした用事はないのだ。
当然、両親の出迎えが最優先となる。
新しい生活の場ができて多少浮かれた気持ちになっていたセイヤだったが、水を差された形だ。
とはいえ、セイヤの為に来てくれる親に、文句がいえるはずもないのである。
屋敷の自室に戻ったセイヤは、ぐるりと部屋を見回して言った。
「さて、これからどうしましょうか」
ほとんどの物は寮に持って行ってしまったため、時間をつぶすための道具が何もない。
屋敷から出て王都を散策しようにも、そろそろ夕食の時間なので、それも出来ないのだ。
いっそのことまた転移魔法で寮に戻ってしまおうかという考えが頭をかすめたセイヤだったが、それを察したのか、それとも単に偶然なのかエーヴァが助言してきた。
「書斎で何か本でも見繕ってはいかがでしょうか?」
既に王都の書斎にある本には既に一度は目を通しているが、繰り返し読む価値がある本も多数ある。
エーヴァの言う通り、時間をつぶすのにはもってこいだろう。
結局エーヴァの提案を受けれたセイヤは、おとなしく屋敷の書斎で読書に励むのであった。
新しい部の始まりです。
そして、それに合わせるように学園生活が始まりました。
といっても、あと一話は二話は、王都に来たマグスたちとの会話になると思います。




