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異世界で魔法を覚えて広めよう  作者: 早秋
第2部4章
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(10)国王と公爵

 リーゼラン王国リチャード三世国王の元に、数人の側近が集まっていた。

「それで? 結果はどうだったのだ?」

「騒がしくはなっているようですが、今のところは様子見という判断をしているところが多いようです」

 側近の一人のその答えに、リチャードは納得の表情で頷いた。

 リチャードは、セイヤがヘルマンに勝った後の貴族たちの対応がどうなるかを調べさせていたのだ。

 その結果が、今の側近の答えだった。

「なるほどな。いかにも貴族らしい対応だ」

 中には確固たる情報を持って、様々な手練手管を発揮する者もいるが、多くは日和見をするという貴族がほとんどだ。

 特に、大貴族に分類される貴族家が動いているとなれば、どんなとばっちりが来るかもわからない。

 まずは家を守ることを第一とする下位の貴族たちが、重要なときこそ動かないというのは、ある意味で貴族としての習性といえるだろう。

 勿論、最初から助けてもらっている上位の貴族に追随するような動きをする貴族家もあるのだが。

 

 とにかく、今回のセイヤの件では、今のところは表立ってはっきりとした動きを見せる貴族家はないということだ。

 だが、だからといって、何も起こっていないとはリチャードは考えていない。

「ですが、やはりプルホヴァー家の動きを苦々しく思っているところは多いようです」

「むっ。ヘンリーの所か。あそこもかなり目ざといからな。まあ、今回の件に関しては、少なくとも最初はただの偶然だろうが」

 当然というべきか、リチャードの元には、セイヤとクリステルの関係についても情報が入ってきている。

 表向きこそ姉とその友達に付き合っての王都の散策ということになっているが、そんなことを信じている貴族家は、きちんとした情報を掴んでいるところほど、ないだろう。

 そういうリチャードも、まったく信じてはいない。

 ついでに、二人がかなり仲良くしていたという情報も入ってきているので、既にこの件に手を入れることも諦めていた。

 とはいえ、二人が将来的にどうなるかはまだまだ分からないので、いつでも次の手の用意をしておくことも忘れていていないのだが。

 

 そこまで考えて思考がずれたことに気付いたリチャードは、側近の一人を見て言った。

「まあ、今はそれは置いておくとして、それよりも他の連中に動きは本当にないのだな?」

「いえ。まったくないわけではありません。あの技術の特異性に目をつけているところもいくらかはあります」

 当然というべきだが、セイヤの使った魔法に関して目をつけているのは、騎士たちがほとんどだ。

 それに対して文官たちは、セイヤそのものよりも、それによって他の貴族たちがどう動くかに目を配っているという状況である。

 もっとも、そのどちらも、本当にセイヤの使った技術がただのまやかしではなく、本当に実効性のあるものなのかを見極めようとする動きのほうが強い。

 今はまだ、魔法が本物の魔法ではなく、ただの手品だと考えられている向きも強いのである。

 

 いずれにせよ、まだまだ貴族たちの動きは流動的だと言えた。

「そうか。例の力が本物だと理解されるまで、まだ当分かかりそうだな」

 そう呟いたリチャードに、側近の一人が進み出て来た。

「その……やはり王は、彼の力が本物だと考えておられるのですか?」

「ハッハハ。そうか。其方でも信じられないか。いや、其方だからこそ、信じられないのか?」

 そう言った側近に、リチャードは怒るでもなく、逆に楽しそうな顔になった。

 

 リチャードにしてみれば、その側近が言いたいことも理解しているのだ。

 そもそも情報源が女神ヘムクトリーゼからでなければ、リチャードでさえ半信半疑だっただろう。

 それが、一番信用している騎士であるヘルマンからの情報だったとしてもだ。

 それだけ、自然の恩恵の力を好きに使える(ように見える)魔法という技術は、この世界では異質なのだ。

 だからこそ、いやというほど現実を見て来た側近が、自分にそう言ってくるのは当然だとリチャードは考えているのだ。

 

 そんな側近に、リチャードはすぐに真面目な表情になって言った。

「だが、その考えは今すぐに捨てよ。あれは、紛れもなく現実の技術だ。偽物ではと疑っていては、この先の変化についていけなくなるぞ? とはいえ、そう考える者も多いだろうから、しばらくは其方の対処も必要になるだろうが」

 リチャードが言っていることは、魔法が偽物だと決めつけて、セイヤに嫉妬なり何なりをして応対してくる貴族がいるということだ。

 これが厄介な存在で、結果としてセイヤの気持ちをリーゼラン王国から離れさせることになりかねないのだ。

 それは、リチャードとしては一番起こってほしくないことなのである。

 

 セイヤの態度を見ていれば分かるが、彼はひとつの王国だけに魔法の技術を教えるつもりはないということが分かる。

 少なくとも今のところはセイヤ自身が魔法を教えているのは、所謂身内の非常に限定した範囲でしかない。

 とはいえ、リチャードはすでにセイヤがそれだけで終わるつもりはないということも知っていた。

 勿論情報源はとある女神からだ。

 そのことをリチャードは敢えて他に口にするつもりはないが、それでもこれからのセイヤの動きに注視して行くつもりに変わりはない。

 

 リチャードの言葉に、集まった側近たちはいっせいに頭を下げた。

「――畏まりました。これで彼の少年についての情報は終わりになりますが、王からは何かございますか?」

 その側近の言葉に少しだけリチャードは考え込むような顔になったが、すぐに首を左右に振った。

「いや、特にはないな。とにかく、しばらくは貴族たちの動きに注意しておくように」

 リチャードがそう宣言すると、側近たちは再び頷き、その後は別の話へと話題が移るのであった。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 セイヤとのデートの後、クリステルはヘンリーに呼ばれて王都にある屋敷を訪ねていた。

 最終学年であるクリステルは、寮へ申請しなくても自由に外泊できるようになっている。

 そのため、今夜は屋敷に泊まるつもりだった。

「それで? 彼の少年はどうだった?」

 単刀直入に尋ねて来た父親ヘンリーに、クリステルも直球で答えた。

「特にどうということはありませんよ? 王都にあるいくつかの店を一緒に回って会話を楽しんだくらいです」

「そうか、そうか。順調に進んでいるようで何より」

 クリステルには、ヘンリーが自分の答えをどう受け取ったのかはわからなかった。

 だが、ヘンリーは満足気に頷いている。


 そんなヘンリーに、クリステルはせっかくの機会だからと今まで溜めこんでいた考えを話すことにした。

「父上。せっかくですから話しますが、私を使ってセイヤを囲い込もうと考えるのは、お止めになったほうがよろしいですよ?」

「むっ!? それは、どういうことだ?」

「いえ、どうもこうも……言葉通りです。セイヤは誰かの元について動くことを良しと考えていません。すこしでもその気配を感じたら、すぐに離れて行くでしょうね」

 そう言ったクリステルに、ヘンリーは顔をしかめながら見た。

「そこはお前が手綱を握ればいいのではないか?」

 普段は鋭く本質を見抜くはずなのに、目の前にぶら下がった餌を見て盲目的になっているのか、的の外れたことを言ってくる父親ヘンリーに、クリステルはため息をついて見せた。

「父上。セイヤがあの国王様と渡り合ったことをお忘れではありませんか? 私程度が色仕掛けをしたところで、はまるような方ではありませんよ」

 はっきり無理だと言い切ったクリステルに、ヘンリーは再度ため息をついた。

 

 その顔を見て、未だに諦め切れていないことを理解したクリステルは、さらに以前から考えていた爆弾を落とすことにした。

「この際ですから言っておきますが、もしセイヤがプルホヴァーから離れる決断したときは、私も一緒について行きますからね?」

 はっきりと家を捨てると宣言したクリステルに、ヘンリーはようやくここで顔色を変えた。

「お前、それを私に向かって言うか」

「少なくとも今の父上は、現実を見ることができていないようですので、仕方ありません。こればかりは私も譲れませんので」

 家よりもセイヤを優先すると宣言したクリステルに、ヘンリーは頭を抱えた。

 

 クリステルが昔から自分の言ったことを実行してきたことを、ヘンリーは誰よりも知っていると自負している。

 それに、今でこそ女として落ち着いた行動を心がけているようだが、その本質は昔とまったく変わっていないことも十分わかっていた。

 どうしてそこまでクリステルがセイヤに入れ込んでいるのか、ヘンリーにはわからない。

 以前から何度も聞いているが、頑として教えてくれないのだ。

 絶対に譲らないという顔をしているクリステルを見ながら、ヘンリーはこれからどうするべきかと頭の中で考え始めるのであった。

はっきりとセイヤを取ると宣言したクリステルでした。

勿論、セイヤがはっきりと力を示したことで、周囲が騒がしくなることを理解したうえでの宣言です。


これで第2部は終わりになります。

第3部はいよいよ学園生活がスタートになります。

あとは、『旭日』も忘れないでくださいね。

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