(2)合格発表の前
『旭日』の人員拡張に関しては、セイヤはほとんどタッチせずに、アヒムたちに任せることにした。
一応、『旭日』の代表はセイヤということになっているが、活動しているのはアヒムたちの上、これからセイヤは学園に通わなくてはならない。
今までのように頻繁に顔を見せる時間がないので、それなら最初から関わらない方がいいと考えたのだ。
とはいえ、流石に最後の決定の時だけは顔を見せてくださいと言われてしまったが。
もともと週末には顔を出す予定だったので、そのときであれば構わないとセイヤは答えた。
『旭日』の拠点から屋敷に戻ったセイヤは、マグスたちに挨拶をした後で、王都へと戻った。
合格発表まではまだ日があるが、学園に入るための準備などがあるためだ。
セイヤは、学園入学後は寮に入るつもりでいる。
学生によっては王都の屋敷から通う者もいるのだが、寮に入るのがほとんどだ。
別に学園側が推奨しているわけではないのだが、集団生活に慣れるためとか、同世代の人間と交流を深めるためとか、色々な理由で寮での生活を望むものが多いのだ。
もっとも、王都にわざわざ屋敷を構えているのは高位貴族くらいで、下位貴族は屋敷がないという現実的な問題もあるのだが。
セルマイヤー家は王都に屋敷があるが、そもそも伝統的に寮に入ることになっているので、セイヤもそれに倣っていた。
最近はめっきり嫌味を言ってくることが無くなったリザを避けるためというわけではない。
ちなみに、寮の部屋は選択式で、入寮前に払う金額によって部屋のグレードが変わってくる。
当然身分によって差が出てくるわけだが、それは貴族社会の宿命と思うしかない。
もっとも、セイヤもその恩恵に従って、エーヴァを連れて行くつもりなので、文句が言える立場ではない。
最初は断っていたのだが、辺境伯家としての外聞があるということと、エーヴァがどうしても着いていくと言い張ったので、セイヤも最後は了承していた。
王都の学園は貴族だけが通う学校であり、もともとが貴族の社会というものを学ばせる場所でもあるので、身分の差によって違いが出るのは仕方ないというわけだ。
セイヤも貴族になるために学園に通うわけなので、そこはそういう場所であるからということで、飲み込むことにしたのである。
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合格発表当日。
セイヤは、合格することはほぼ間違いないとはわかっていても、久しぶりの感覚に何となく落ち着きを失っていた。
そもそも貴族であることを認めるための学校であるため、貴族家に生まれた者は、よほどのことが無い限りは落ちることはない。
マグスを始めとした他の家族も大丈夫だろうと太鼓判を押しているので、そこはセイヤも心配していない。
問題は、どの程度の成績で合格できたか、である。
騎士団長との実技試験で高得点を取ったことは分かるが、筆記試験では何があるか分からない。
一応、手応えからは満点に近いという確信はあるのだが、どこでどんなミスをしているのか分からないのだ。
そのため、微妙に落ち着きがないのである。
それに、試験と名の付くものを受けるのは、前世も含めて本当に久しぶりのことなので、その微妙な緊張感というのもある。
とにかく、着替えを終えて部屋を出たときのセイヤは、わずかに緊張していたのだ。
……そう。部屋を出るまでは。
「……エリーナ姉上、ジェフリー兄上。おはようございます」
いるとは思わなかった姉兄の登場に、セイヤは面を喰らいつつ朝の挨拶をした。
「おはよう」
「おう。おはよう」
セイヤの挨拶にエリーナとジェフリーは、当然と言わんばかりに返答して来た。
それに頷いたセイヤだったが、すぐに思い出したように突っ込みを入れた。
「いえ、そうではなく! なぜ、お二人がこちらにいらっしゃるのですか?」
エリーナはともかく、ジェフリーは学園に通っている時期のはずだ。
なぜ堂々と屋敷に帰ってきているのかが分からない。
だが、そんなセイヤに、ジェフリーは胸を張るようにして言った。
「なんだ。知らなかったのか? 試験当日や合格発表がある日は、基本的に学園は休みだぞ?」
何でも、家族そろってお祝いやら応援やらをするために、学園の授業などは完全に休みになっているらしい。
そもそも、試験日はそちらに人手を取られて、授業どころではないという事情もあるのだが。
「――それは知りませんでした。ということは、お二人とも私のために、こんなに朝早くから準備して来てくださったのですか」
エリーナもジェフリーも、昨夜は学園の寮に泊まっていたはずである。
それが、セイヤが部屋から出てきたときにはいたということは、かなり早くに学園の寮を出て来たはずだ。
ここで礼を言おうとしたセイヤだったが、なぜかエリーナに止められた。
「あら。お礼は私たちだけではなく、ここまで連れて来た方に言ってね」
「そうだな。俺たちは学園の門のところで待つはずだったんだ」
更に、ジェフリーが付け加えるようにそう言ってきた。
その二人の言葉を聞いて、セイヤはまさかという顔になった。
「ええと……その方というのは、まさか……?」
「そうね。まあ、セイヤの予想通りだと思うわよ?」
敢えて具体的な名前を言わなかったエリーナに、セイヤは内心で頭を抱えつつ、玄関から表に出た。
玄関の前には、セイヤの予想通りとある貴族家の馬車が留まっていた。
そして、その馬車の前には、クリステルが良い笑顔で立っていたのである。
「おはようございます、セイヤ。天気も良くて、良い合格発表の日ですね」
「おはようございます、クリステル」
クリステルの挨拶に、セイヤも挨拶を返しつつ、頭を下げるのであった。
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学園に向かう馬車に揺られる途中で、セイヤは思わずクリステルに言った。
「ここまでする必要はなかったのではないですか?」
そう言ったセイヤの言葉に、多少恨み節が籠っていたのは仕方ないだろう。
どう考えてもクリステルのこの行為は、セイヤがクリステルと仲がいいと喧伝するようなものだ。
だが、クリステルにもセイヤに言いたいことはある。
「何を言っているのですか。私もここまでするつもりはありませんでした。九割以上はセイヤのせいですよ?」
「えっ?」
意味が分からずに首を傾げるセイヤに、他の三人はため息をついた。
「あのなあ、セイヤ。試験で騎士団長をぶっ飛ばしておいて、何も起こらないはずがないだろう?」
「そうよ。学園内は、それはもう大変な騒ぎで……だからこそ、私たちは門のところで待つつもりだったのだけれど、クリステルがそれだと不十分だと言ってきてね」
セイヤがひとりでひょこひょこ歩いていては大変な騒ぎに巻き込まれると判断したクリステルが、わざわざ公爵家の馬車を用意したというのが、本来の趣旨だった。
色々と忙しくて、学園内の噂までは調べる時間が無かったセイヤは、ようやくそのことに思い至って、クリステルに頭を下げた。
「それは気付きませんでした。わざわざありがとうございます」
「良いのですよ。それに、私にも思惑はありますから」
その思惑は、わざわざ口に出さなくてもわかっている。
それでもセイヤにはあり難いことには間違いないので、文句を言うつもりはない。
なんだかんだ言いつつ、セイヤもクリステルの思惑に乗ることに、悪い気はしていないのである。
攻撃的なクリステルに押され気味なセイヤ。
……と、思われがちでしょうが、実際はそんなことはありません。
セイヤも悪い気はしていないというのが実情です。
……爆ぜろ。(ボソッ)




