(8)大騒ぎ
午後の試験は、学園内に二か所ある訓練場でそれぞれ行われている。
訓練場が二つあるのは、高学年に進んだときに、騎士を目指す者たちが専門的に時間を掛けて学ぶことが出来るようになっているためだ。
試験があるこの日だけは、それら二つの訓練場を全面的に使って行うことになる。
会場は番号で振り分けられるのだが、幸いにしてセイヤの会場は、キティとイアンと同じ場所だった。
訓練場の入り口で、受験生であることを示してから会場に入るのだが、その際に受付を担当していた学園生らしき男性がセイヤを見て眉をひそめた。
「うん? ああ、お前がセイヤ・セルマイヤーか。お前の順番は最後だから、まだまだ時間に余裕があるぞ?」
そんなことを言ってきた男性学生に、セイヤは首を傾げた。
「あれ? 受験番号的にはそんなに後ろではないはずなのですが?」
午前中の試験では番号順に振り分けられていたので、大体の位置はわかっている。
それから考えれば、そんなに後ろの番号ではないはずなのだ。
首を傾げるセイヤに、その男子学生は同意するように頷きながら話を続けた。
「ああ。本来であれば、そうなのだがな。お前さんは特例だそうだ」
「いや、特例って……」
男子学生の言葉に、セイヤは呆然とした様子で言った。
このときのセイヤは気付いていなかったが、一緒に来ていたキティとイアンは、二人の会話を聞いて何とも言えない表情になっていた。
セイヤが噂通りの実力を持っているのであれば、学園側が特別待遇するのは当然だと思えたからだ。
だが、今まで一緒にいて、セイヤがそんな人物だとは思えないという、複雑な感情を抱いているのである。
ちなみに、どんな噂が流れているのかセイヤが知ることになるのは、もう少し先のことである。
セイヤは脳裏に国王を思い浮かべつつ、ここまでするかと考えて、順番の変更についてはそれ以上なにも言わなかった。
「とりあえず、わかりました。ただ、知り合いも出るので、会場には入りますよ」
「そうか。まあ、出入りは自由だから好きにするといい。ああ、受験カードはなくすなよ?」
「はい。ありがとうございます」
最後にちょっとした気遣いを見せてくれた男子学生に礼をしつつ、セイヤはキティとイアンのほうへ振り返った。
「あれ? どうかしましたか?」
「い、いや、何でもないよ!」
「そ、そうです! なんでもありません」
キティとイアンの顔を見て不思議そうな顔をしたセイヤに、二人は慌てた様子で手を左右に振るのであった。
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セイヤたちが入った会場では、四面を使って実技が行われている。
それぞれの場所で、騎士の装備を着けた者が相手をしている。
受験生の実力をしっかりと見るために、現役の騎士が相手をしているのだ。
セイヤが見ている範囲では、さすがに騎士のほうが上手で、受験生は翻弄されている様子が見て取れた。
実際、キティとイアンの試験も見ていたのだが、どちらも騎士に軽くあしらわれていた。
もっとも、この試験はあくまでも受験生の実力を見るためなので、騎士に勝つ必要はない。
というよりも、これから学園に入学するような子供に、騎士が負けるはずがないのだ。
キティとイアンの実力は、ある意味でセイヤの予想した通りだった。
どう見ても文官志望のイアンは、全く騎士に相手にされていなかった。
それに対してキティは、中々の動きを見せていた。
とはいえ、騎士相手には敵うはずもなく、有効打になるような攻撃は当てられていなかったのだが。
ただ、明らかにキティのほうが剣を使っての戦いに慣れているようだった。
そして、何故かキティは、試験が終わった後に、セイヤに自分の戦いぶりを聞いて来た。
「私の戦いはどうだった?」
そう聞かれたセイヤは、思ったことを正直に答えるかを一瞬悩んだが、そのままを話すことにした。
そのセイヤの具体的な返答を聞いたキティは、悔しそうな表情を浮かべて言った。
「うーん。やっぱりお父様の言っていた通りか。まだまだ訓練が必要ね」
そのキティの言葉を聞いたセイヤは、首を傾げながら不思議に思ったことを聞くことにした。
「キティは騎士を目指しているのですか?」
「そう! だって、特別近衛騎士団、かっこいいわよね?」
「ああ、なるほど」
キティが言った特別近衛騎士団とは、女性ばかりの騎士を集めた国王直属の騎士団のことだ。
女性だけを集めた華やかさは勿論、しっかりとした実力を持っていることから、騎士を目指す女性たちの憧れの的になっている。
キティの目標を聞いて納得の顔になったセイヤは、頷きながら続けた。
「ということは、勉強もきちんと頑張らなくてはいけませんね」
特別近衛騎士団に入るためには、剣の実力だけではなく、学力も高くなくてはならないとされているのだ。
「ぐわっ!? 今、それを言いますか? ……って、何笑っているのよ、イアン!」
「うわっ! ゆ、許して! ごめんなさい!」
言葉と同時に拳骨でこめかみをグリグリとされたイアンは、助けを求めるように自分の右手でキティの腕をパンパンと叩くのであった。
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キティとイアンの漫才を見つつ、セイヤは他の試験を見回っていた。
ついにセイヤの番になったときには、全ての試験が終わっていて、なぜか試験会場には、多くの騎士たちが集まっていた。
「……ここまでしますか」
続々と会場に入って来る騎士たちを見ていたセイヤは、呆れたような表情でそう呟いた。
誰が、何を考えてここまでのことをしたのかは、言わなくても分かる。
ある程度は注目されるように動いたセイヤなのだが、まさか試験に関係する以外の正規の騎士団を動かすとは思っていなかった。
とはいえ、セイヤにとってもこの状況は、悪い物ではない。
折角なので、存分に利用させてもらうつもりになっていた。
試験が始まるセイヤを見送ったキティとイアンは、集まってくる騎士たちに目を丸くしていた。
「ね、ねえ。これってどういうこと?」
「分からないよ。噂の真偽を確かめに来たとかかな?」
イアンはそう言いつつも、違っているだろうなと考えていた。
噂が正しいかどうかを確認するだけなら、試験官役の騎士だけで十分のはずである。
わざわざ多くの騎士を集める必要はない。
騎士たちが集まってきていることを疑問に思っているのはキティとイアンだけではないようで、会場に残っている他の受験生や手伝いの学生たちも戸惑いの声を上げていた。
そして、その中の一人があることに気が付いて、驚きの声を上げた。
「な、なあ。あれって騎士団長じゃないか?」
「馬鹿言え。なんで新入生の試験に、騎士団長が…………ほんとだ。どういうことだよ?」
その会話をしていたのは、騎士講習を受けている生徒で、授業の一環として実際の騎士団とも面識があった。
だからこそ、セイヤの相手として前に出て来た人物を見て、驚きの声を上げていた。
その相手というのは、リーゼラン王国の第一騎士団長であるヘルマン・ベーアだった。
まさか現役の騎士団長が、たかが学園の入学試験に登場するとは思っていなかった受験生や学生たちが、半ばパニックを起こしたように騒ぎ出した。
それを抑えたのは、流石というべきか、現役の騎士たちだった。
まずは騒ぎを抑えるように忠告したあとに、自分たちはこれから行われることを見定めるように、どっかりとその場に納まったのである。
騎士団長登場!
ちなみに国王は、騎士団長をたきつけただけで、誰がどうしろとは一切言っていませんw




