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異世界で魔法を覚えて広めよう  作者: 早秋
第2部3章
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(5)セイヤの弱点

 ジェフリーの話を始めて聞いたセイヤは、大きくため息をついた。

 今こうしてエリーナが話をしてくれたのはありがたいが、そもそもマグスはこの話を知っていたはずだ。

 そうでなければ、アーロンやエリーナが勝手に魔法(内気法)を広めるはずがない。

 それはジェフリーにしても同じで、手紙か何かでマグスに相談したはずである。

 となれば、マグスはこのことを知っていたうえで、セイヤには黙っていたということになる。

 セイヤとしては、できれば前もって知っていたかったと思う反面、知らせないのも当然だよなと考えてた。

 何故なら、もし自分がマグスの立場なら必ずそうするからである。

 理由は単純で、王都に来る前にこの話を知っていれば、間違いなく逃げ出したからだ。

 セイヤのことを領地にとどめておきたい領主としては、ごく当たり前の決断をしたということになる。

 そのことをセイヤも十分理解しているので、マグスのことを責めるつもりはない。

 何よりも、今エリーナから話を聞いて逃げようと思っていないところが、マグスの作戦が見事にはまっている。

 セイヤは、さすがにこの状況で兄姉を見捨てて逃げ出すような薄情な人間ではないつもりなのだ。

 

 と、そんなことを考えていたセイヤは、ふと肝心なことを聞いていないことを思い出した。

「エリーナ姉上とジェフリー兄上への訓練は確定として、聞いていないことがあるのですが?」

 セイヤは、前半を聞いて「確定しているんだ」と項垂れたエリーナを放置して、クリステルを見た。

「あら。何でしょう?」

「一体、何の計画を進めるつもりなのでしょうか?」

 今までの話の流れからセイヤの恋愛方面の経験不足に関することだということは分かっているが、具体的に何を考えているのか分からない。

 ここで聞いておかないと、それこそ余計なことに巻き込まれかねないので、しっかりと確認しておくことにした。

 

 セイヤと同じように、打ちひしがれるエリーナを無視して、クリステルがニコリと笑顔になって答えて来た。

「大したことではありませんよ。私と貴方の婚約話をきちんと進めて行くということだけです」

「………………ハイ?」

 クリステルの言葉を聞いたセイヤは、思考が飛んでしまい、間抜けな答えしか返せなかった。

 ここまで意表を突かれたのは、本当に久しぶりのことだった。

 

 たっぷりと時間を掛けて、右から左へと通り過ぎ去ろうとした言葉をもう一度思い出して、その言葉の意味をきちんと理解したセイヤは、それでも衝撃から抜け出せずにいた。

「えーと……? ………………それは、どういう意味でしょうか?」

「あら。やはりこういうことには疎いのですね。今のような態度になっているセイヤは初めてかもしれません」

 なぜだか呆然としている自分を見て嬉しそうにしているクリステルに、セイヤはようやく我に返った。

「そ、それはどうでもいいです! それよりも、婚約って!? クリステル様と!?」

 半分叫んでそう言ったセイヤに、クリステルは悲しそうに眉をひそめた。

「ですから、様づけはやめてくださいとあれほど注意したのに……」

 その顔を見て、別の意味で慌てたセイヤは、すぐに頭を下げた。

「す、すみません。それに関しては謝ります」

 以前も領地の屋敷に来たときに、さんざん同じような顔をされて結果的に呼び捨てになった経緯があるので、セイヤは素直に謝った。

 

 それよりも、今は大事なことがある。

「あ、姉上! 婚約なんて私は聞いていませんよ!」

「あら。それは、当然でしょう。内々に打診はしていても、実際にはまだ進んでいるわけではないもの」

 具体的には進展していないと聞いたセイヤは、内心でホッと安堵のため息をついた。

 貴族同士の婚約が親同士で勝手に決められることもあることを知っているセイヤだが、マグスがそんなことをするわけがないと思っていたのだ。

 現に、エリーナの言葉はそれを裏付けるものであった。

 

 ただ、セイヤがここで安心してしまったのは早すぎるというものだ。

「もともとお父様は、プルホヴァー公爵からお話を頂いていたのだけれど、ジェフリーの件があって以降は、前向きに検討すると返したそうよ」

 その言葉を聞いたセイヤは、思わず空を仰いでしまった。

 その答えは、はっきり言えば、了承するという返事に限りなく近い。

 天井を見ているセイヤを見ながらエリーナがさらに続けた。

「もうわかっていると思うけれど、あとはセイヤとクリステル次第というわけね。お父様は、本人の気持ちを無視して婚約させるような人じゃないから」

 後半はセイヤの予想通りで安心できるが、前半はある意味で無視できる言葉ではなかった。

 特に、エリーナの言葉を聞いて嬉しそうに笑っているクリステルを見てしまえば、セイヤとしてはとても安心できるものではない。

 

 笑顔になったままのクリステルを見ながら、セイヤはそっと確認するように聞いた。

「えっと、その、クリステルは嫌ではないのですか?」

 何が、という部分を敢えて聞いたセイヤだったが、きちんとクリステルには伝わったようだった。

 益々笑みを深くしたクリステルは、

「あら。嫌なわけありませんよ。そもそもお父様に婚約の話を持って行ったのは、私ですから」

 と、セイヤにとっては斜め上の答えを返してきた。

 いや、実際にはそうではないかという考えも、セイヤの頭の中にはちらりとあった。

 だが、出来れば違っていてほしいという思いの方が強かったのだ。

 ちなみに、なぜそんなことを思うのかという根本の理由については、セイヤはこの時点で気が付いていない。

 

 クリステルの答えに戸惑うセイヤに対して、その当人が悲しそうな表情を浮かべた。

「セイヤは、私との婚約は嫌ですか?」

 そのクリステルの顔を見たセイヤは、何の思考も巡らせずに、ただただ感情と共に浮かび上がった答えを返した。

「いえ、そんなことはありません」

「そうですか。それは良かったです」

 そのセイヤの答えに、クリステルは満足げに笑みを浮かべてから頷いていた。


 セイヤがしまったと思ったときにはもう遅い。

 これで言質を取ったと言われてしまえば、貴族社会では否定することが難しいのだ。

 先ほどからエリーナとクリステルが言っている通りに、自分にそういった方面での経験がないと実感できたセイヤは、僅かばかりの抵抗をしてみることにした。

「……何やらはめられた気分です」

 気分でもなくそれが事実なのだが、どうにも認められなくてついて出た言葉に、なぜかエリーナとクリステルがくすくすと笑い出した。

「そろそろいいのではありませんか?」

「そうね。いい加減可哀そうになってきたわね」

「……どういうことでしょうか?」

 いたずらが成功したような表情を浮かべている二人を見て、セイヤはそう返すことしかできなかった。

 

 

 早い話がこれまでの会話は、まさしく恋愛・婚約話にまったく向いてないセイヤのために、エリーナとクリステルが一計を案じて計画したものだったのだ。

 少しばかりだますことになるが、実際に会話をすることによって、セイヤに自覚を促すことを目的としている。

 ただし、会話の中で出て来た『事実』に関しては、全て本当のことだ。

 両家の当主同士で婚約の打診があることも、あとは当人同士の気持ち次第だということもだ。

 もっといえば、クリステルが公爵に婚約を望んだという話も事実である。

 

 それらの話を聞き終えたセイヤは、何度目かの安堵のため息をついた。

 だが、そんなセイヤにクリステルが意味ありげな視線を向けた。

「というわけですから、試験が終わったあとには、私とデートをしましょうね」

「……え? あれ?」

 なぜそうなるのかという顔になるセイヤだったが、クリステルはそれを無視してエリーナを見た。

「エリーナにも付き合ってもらいますからね」

「はあ。仕方ないわね」

 基本的に貴族たちは、婚約ないし結婚を行わない限りは、兄弟以外の異性と一緒に二人だけで行動することはない。

 逆にいえば、二人だけで行動していると、そういう関係を疑われても仕方がないということになる。

 正式に婚約を発表する前にそんなことをすれば、世間から白い眼を向けられることになるので、クリステルの要請にエリーナは頷いた。

 

 そんな中で、自分の意見がまったく考慮されずに話が進んで行くことに、セイヤは呆然とする一方で、仕方ないかと思っている部分があることに気付きつつあるのであった。

今のセイヤであれば、間違いなく自覚なしに肉食系貴族女子に食われてしまうので、先んじて動き始めたエリーナとクリステルでしたw

クリステルはともかく、エリーナにしても変な輩がセイヤの隣には立ってほしくない(親族にしてほしくない)という考えがあるので、両者の思惑が一致したという面があります。

ちなみに、公爵家と辺境伯家の思惑も似たり寄ったりです。

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