(1)新たな出会い
リーゼラン王国の貴族家に生まれた者は、十二歳になる年から王都にある学園に通わなくてはならない。
それは、その子供が貴族家の生まれであることを証明するものである。
逆にいえば、学園に通わなければ、たとえ実際に血族であったとしても国からは正式に貴族の一員としては認められないのである。
セイヤが学園に通うことにマグスがこだわったのはこれが最大の理由である。
もっとも、セイヤ自身も貴族であることの利点はわかっているので、学園に通うこと自体は問題がない。
問題があるとすれば、諸外国からリーゼラン王国の一員として見られてしまうことだが、それは動き方次第でどうとでもなると楽観視していた。
さらにいえば、既にリチャード三世の友となっているのも大きい。
国王という立場のある人間との繋がりを持てたということは、今後のセイヤにとっては非常に重要なのである。
そんなわけで、セイヤは現在、学園に通うための試験を受けるために王都の屋敷に向かっていた。
計算上では試験が行われる一週間ほど前には着く計算になっている。
セイヤとしては、リザとの関係もあることからもう少しぎりぎりに着くようにしたかったのだが、それは両親が許してくれなかった。
セイヤ一人だけの移動ならまだしも、家臣を連れたうえでの馬車で移動するとなるとなにが起こるかわからない。
ぎりぎりで着くようにするのは、貴族としてご法度なのだ。
セルマイヤー辺境伯家としての体面もあるため一人での移動も認められるはずもなく、セイヤも渋々納得したというわけだった。
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セルマイヤー領からモンスターに襲われることもなく順調に旅路は進み、翌日には王都に入れるだろう思われていたその日。
馬車の中で読書に励んでいたセイヤは、突然止まった馬車に怪訝な表情を浮かべた。
「おや? モンスターでも出ましたか?」
魔法を使って探知していればすぐにでも分かるのだが、今回はその探知魔法は使っていない。
というのも、マグスから兵たちの訓練にならないので、使うなと言われていたのだ。
「セイヤ様。あまり嬉しそうに仰らないでください」
向かいに座っていたエーヴァがそう釘を刺してきたが、セイヤはどこ吹く風で馬車の窓から外を見る。
ただ、ことはそう単純なものではなく、セイヤは眉をひそめた。
「おや。どうやら襲われているのはうちではなく、別の馬車のようですね。……どうやら貴族家のようです」
セイヤがそう判断したのは、商人が使う馬車と比べて豪華すぎるように見えたためだ。
勿論、大店の商人の中には貴族に負けないほどの豪華な馬車を使う者もいるが、家紋を掲げている者は流石にいない。
馬車に家紋を掲げることが出来るのは、リーゼラン王国では貴族の特権の一つなのだ。
セイヤの言葉に、エーヴァがようやく重い腰を上げた。
自分たちの馬車が襲われているだけなのであれば、護衛の兵だけで対処ができる。
兵たちが対処できないほどの大物が出たとしても、そのときはしっかりと報告が来るだろう。
だが、助ける相手がいて、しかもその相手が貴族となれば話は変わってくる。
場合によっては、セイヤ自身が出なくてはならなくなる可能性があるのだ。
エーヴァは、自分たちが乗っている馬車の御者に状況を確認している間、セイヤは手持ち無沙汰で黙っていた。
セイヤとしては自分で動きたいところなのだが、真っ先に動いては駄目だと実親のみならず、シェリルやアーロンにまで釘を刺されている。
自分たちの目の届かないところで、セイヤが余計な騒動を起こさないようにと、口を酸っぱくして言われてしまった。
さらに、自らは動かずに、家の者に任せるのも貴族としての役目だということも何度も繰り返されている。
さすがにそこまで言われれば、セイヤも大人しくせざるを得ない。
自分で動けないことにもどかしく思いつつ、セイヤはエーヴァからの報告を待った。
といっても、エーヴァが動いてからそんなに時間が経っているわけではない。
昔であればこの程度の時間をジッとしていることなど何ということもなかったのだが、本当の意味で転生をしたのだと妙なところで実感を得てしまった。
「……セイヤ様?」
余計なことを考えて苦笑をしていたセイヤに、エーヴァが不思議そうな顔を向けて来た。
「ああ、いや、何でもないよ。それよりも、状況はどう?」
「襲撃してきているモンスターは大した相手ではないので、私たちの兵で十分対処できるようです。ただ、やはり襲われていた相手は貴族だったようですので……」
「私が出なくては駄目、ということですか」
面倒臭いという顔を隠しもせずに言ったセイヤに、エーヴァは当然ですとばかりに頷いた。
セイヤたちの一行で、一番立場が上なのはセイヤ自身なので、こればかりはどうしようもないのである。
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モンスターが完全に討伐されて、十分に安全が確保できたということで、ようやくセイヤが表に出ることを許された。
襲撃したきたモンスターはビッグラビットという兎系モンスターの一種で、さほど強いというわけではない。
とはいえ、数が増えれば脅威にはなるので、襲われていた貴族家はそこそこ対処に苦慮していたようだった。
ただし、時間さえかければどうとでもなる相手なので、セイヤたちが加わらなくても犠牲も出すことなく何とかなっただろう。
それでも、セルマイヤー家の助けが入って楽にはなったのは間違いないので、しっかりと相手から頭を下げられた。
「助かりました、ありがとうございます」
「ありがとう。でも、貴方の助けが無くても何とかなったけれどね!」
……しかも二人から。
二人を見る限りでは、セイヤと同年代の子供に見える。
時期的に考えても、学園に通い始める貴族の子弟ということで間違いなさそうだった。
最初の男の子はともかく、なぜか女の子の方は頭を下げるどころか、胸を張っていた。
ただ、男の子のほうが若干青い顔になって、女の子の腕をつついていた。
「キティ、駄目だって!」
「何でよ、イアン? 私は子爵家の……」
「向こうの紋章をちゃんと見て、あの子は辺境伯家の子!」
「えっ……!?」
このやり取りは小声でやり取りされていたのだが、しっかりとセイヤの耳に届いていた。
どうやらキティと呼ばれた女の子は自分のほうが、身分が上だと思っていたようだ。
「な、なんで、辺境伯家が、たった一台の馬車で動き回っているのよ!」
「知らないよ! でも、あの紋章は間違いないから!」
完全に丸聞こえになっているそのやり取りを聞きながら、セイヤはどうしようかと困っていた。
別に身分がどうのこうのは、セイヤにとってはどうでもいいことだ。
だが、対外的には、そういうわけにもいかないことも、よくわかっている。
若干青い顔になって頭を下げているキティを見たセイヤは、何も聞こえなかったことにした。
「何事もなかったようで、良かったです。怪我人などはありませんでしたか?」
「えっ!? あっ、それは……どうでしょう?」
泡食って辺りを見回したキティに代わって、イアンが答えて来た。
「皆、無事なようです。少し危ないところもあったのですが、貴方の加勢で助かったようです」
「そうですか。それは良かったです」
笑みを浮かべながら無難な答えを返したセイヤだったが、頭の中では二人を見ながらどうでもいい別のことを考えていた。
気が強そうな女性と知り合いになるのは、自分の宿命なのか、と。
新章開始です。
そして、新キャラも登場!
ただ、残念ながら(?)ヒロインではありません。
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活動報告にてちょっとしたお遊び企画進行中。
ご参加いただけると嬉しいですw




