(8)神様の前に立つということ
「父上、話があると……あれ? アーロン兄上?」
マグスに呼ばれて執務室に顔を出したセイヤは、そこにアーロンがいるのを見て首を傾げた。
今このタイミングで、兄と同時にされる話というのが思いつかなかったのだ。
だが、そのセイヤの表情を見て、マグスとアーロンが呆れたような顔になった。
「ほら、見ろ。言った通り、すっかり忘れているだろう?」
「セイヤ…………」
そして、マグスはなぜか勝ち誇ったような顔になり、アーロンは呆れを通り越して憐れんでいるような視線を向けて来た。
二人の表情の意味が分からずに、セイヤはもう一度首を傾げた。
「あの……どういうことでしょう?」
「どうもこうもあるか。アーロンが旅から戻ってきた時点で気付かないか?」
「そうそう。そもそも、セイヤが元になっている話だよ?」
マグスとアーロンの言葉を聞いて、ようやく思い当たることが出ていたセイヤは、ポンと両手を打った。
「ああ、もしかしなくても巫女の話ですか」
領地にとってはかなり重要なことなのに、今の今まですっかり忘れていたという顔になるセイヤに、マグスとアーロンはガクリと肩を落とした。
そもそもアーロンのための巫女を探すという話は、セイヤ経由でリムセルマから聞いたことだ。
マグスとアーロンにとっては、神が関わっている重要な要件を、簡単に忘れているセイヤが信じられないという思いなのだ。
その評価としては、神の指示を忘れることが出来る大物と見るか、神をないがしろにしているだけの大ばか者なのか、微妙なところだ。
もっとも、マグスとアーロンが知る限りではリムセルマがセイヤのことを気にかけているのは確かなので、今のところは前者であって欲しいと考えているのだが。
この辺りは、前世の記憶が残っているセイヤならではの感覚なのだが、この世界の普通とはずれているということに、セイヤは気が付いていなかったりする。
セイヤのやることに慣れ切っているマグスが、アーロンよりも早く立ち直った。
「まあ、いい。もしかしなくても巫女の話だ」
「やはりそうですか。でも、巫女はアーロン兄上が探すのではないですか?」
セイヤとしては、てっきり自分は関わらないと考えていたのだ。
理由としては、巫女の存在は領地にとって大事になるため、出来るだけ公にはならない方がいい。
それにセイヤが関わってしまえば、リスクが増えるだけになる。
そう考えてのセイヤの言葉だったが、アーロンは首を左右に振った。
「それはそうなんだけれどね。例の件を考えれば、出来るだけ早く見つけたほうがいいと、父上と話し合ったんだ。それに、そもそもセイヤは、巫女の存在を知っているんだから今更だよね」
「そうだ。であるなら、セイヤの魔法を当てにした方が早いだろう?」
セイヤがどんな魔法を使えるのかは二人とも知らないが、必ず役に立つ魔法があるだろうと確信している顔になっている。
それを受けて、セイヤは鼻の頭をポリポリと掻いた。
「……そんなに便利な魔法があると思っているのですか?」
「ないのか?」
少しだけ驚いた表情でそう聞いてきたマグスに、セイヤは顔を逸らしながら呟いた。
「…………ないわけでは、ありません」
セイヤがそう言うと、マグスとアーロンは、ほらみろと言わんばかりの表情になった。
二人の顔を見て、何となく負けた気分になったセイヤは、慌てて付け加えた。
「ですが、その魔法を使うにはひとつネックがあります」
「それはなんだい?」
「私が、その相手をまったく知らないということですよ。せめて、捜し人の使っていた道具とかがあればいいのですが……」
いくら魔法といえど、まったく手掛かりなしに人を探しだせるほど便利なものはない。
そんな魔法が使えるとすれば、それは神の領域になるとセイヤは考えていた。
魔法というものを使っていて何を今更といったところなのだが、セイヤにとってはそんな魔法は非常識な領域に入るのである。
あるいは、魔法が人々の間に広まって、相当に発達したときにはそうしたものも開発されるかもしれないが、少なくとも今のセイヤには不可能な領域なのだ。
セイヤの説明に、アーロンが何かを考えるような顔になった。
「そうか。それは困ったね。それじゃあ、どうやって探せばいいんだい?」
「いや、それこそ兄上か父上でしたら、あの方に聞けばいいのではありませんか?」
セイヤは敢えて具体的な名前を出さなかったが、すぐにそれが誰であるかは二人に伝わったようだった。
だが、何故かマグスとアーロンは微妙な表情になった。
「どうかしましたか?」
「いや、あのね。そもそもセイヤが何故そんな顔が出来るのか、不思議なのはこっちなんだけれどね」
「そうだな。気軽に神の前に立てるセイヤが、常識的に考えておかしい」
マグスやアーロンにとっては、神の御前に出るということは、相当な負担になる。
それは、精神的にもそうだが、物理的にも圧迫感のようなものを感じるのだ。
ふたりにとっては、なんの抵抗もなく普通に会話をしていたセイヤは、不思議の塊なのだ。
アーロンからそう説明されたセイヤは、小さく首を傾げた。
「私は特になにも感じなかったのですが……無意識のうちに魔法でも使っていたのですかね?」
「魔法を?」
「ええ。勿論、魔法といっても内気法ですが」
セイヤは既に、内気法であればごく自然に普段から使っている。
そのため、神と相対したときにもマグスやアーロンが感じた威圧のようなものを受けなかったというわけだ。
セイヤの言葉を聞いて、今度はアーロンが首を傾げた。
「そんなことがあるのかい?」
「と、思うのですが……どのみち、父上もアーロン兄上も、今後はリムセルマ様の前に立つことがあるのですから、今のうちから慣れておいた方がいいのではありませんか?」
当然のようにセイヤがそういうと、マグスとアーロンは顔にしわを寄せた。
セイヤにしてみれば、そこまで嫌かとしか思えないのだが、こればかりは事実なのでどうしようもない。
毎度毎度セイヤが代わりに会うわけにはいかないのだ。
セイヤから呆れたような視線を向けられたマグスは、ついとアーロンを見た。
「うむ。それもそうだな。というわけで、アーロン、任せたぞ」
「あっ!? そういうことを言いますか、父上」
「何を言うか。今後のことを考えれば、私よりもアーロンの方が会う回数が多くなるのだから、早いうちに慣れておいた方がいいだろう?」
「それこそ何を言いますか。父上は現役なのですから――――」
自分の目の前で微妙に情けない言い争いを始めたマグスとアーロンを見ながら、セイヤは蚊帳の外に置かれたようにしばらく立ったまま、親子の争い(微)が終わるのを待つのであった。
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ごくごく局地的な戦闘に勝ったのはマグスだった。
とはいえ、結局セイヤの予想は当たっていて、内気法を使ったアーロンは、以前ほどリムセルマから威圧を感じたりはしなかったようだった。
ただし、しっかりと二人の醜い(?)争いは見通されていたのか、リムセルマの待つ部屋に入るなり「私はそこまで怖い?」と笑顔で言われて、アーロンは震えあがっていた。
リムセルマの顔を見る限りでは、セイヤはすぐに冗談だとわかったので、間に入ってアーロンを宥めたのだが。
そんなやり取りを経てから、巫女に関する情報はいくつか得ることができた。
最後に「これだけあればセイヤなら探せるでしょう」とリムセルマが断言してしまったので、巫女捜しに加わることになってしまったのは、セイヤにとっての誤算だった。
それはともかく、こうして本格的にアーロンのための巫女捜しがスタートするのであった。
ようやくフラグの回収ですw
次話はアーロンと一緒に巫女捜しです。




