(5)事後処理
近場の森に出たグレイトウルフを『旭日』が倒したという話は、その日のうちに同業者の間に広まっていた。
すでに『旭日』は、一流の一歩手前まで噂されていたので、この件で確実に仲間入りしたと話がされていた。
特に、メンバーの年が若いことに加えて、もともとの人数が少ないことから、入団を希望する若手が増えると言われている。
どの噂も『旭日』にとって悪いものはなく、その意味ではセイヤの目論見通りにいったと言えるだろう。
残念ながら当初の予定通りにいかなかったのは、魔法に関する噂が広まらなかったことだ。
これに関しては、他の傭兵が到着する前に片付けてしまったということもあるし、そもそも使っていた魔法が目立ちにくいものだったからということもある。
どちらかといえば、自分の介入が早すぎたからという理由のほうが大きいので、それは仕方がないとセイヤは諦めることにした。
どのみち、今後は魔法の活用も解禁しているので、これから広まって行くだろうと考えていた。
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魔法を交えての戦闘は、今後の課題ということをアヒムたちに伝えたセイヤは、すぐに拠点から屋敷へと戻っていた。
その理由は、当然というべきか、領主であるマグスへと報告するためだ。
「父上、お待たせしました」
「ああ、戻ったか。それで? どうだった?」
「特に問題ありません。そのうち素材も流れてくるのではないでしょうか?」
グレイトウルフの毛皮は、貴族が着るコートなどに使われる素材になることが多い。
基本的には、高額で買い取りをするのが貴族になるので、真っ先に打診されるのが狩られた場所の領主になるのだ。
もっとも、セルマイヤー家では、マグスは当然として、夫人たちもさほどそうした物に興味を示さないので、一般に流れることが多いのだが。
現に、マグスの興味は討伐されたグレイトウルフよりも、魔法のことに向いていた。
「それで? 魔法の噂は広まりそうか?」
「いえ、残念ながら無理でしょうね。さほど目立つ使い方はしなかったですし。戦闘場所にわざわざ出向いて調べる団があれば別でしょうが、ほとんどは気付かないかと思います」
「……そうか。それでいいのか?」
確認するように視線を向けてくるマグスに、セイヤは肩をすくめた。
「良いも悪いも、どうしようもありません。これからもっと『旭日』の噂も広まるでしょうから、少しだけ遅いか早いかの違いでしかありませんよ」
「まあ、そうなるか」
セイヤの答えに、マグスも頷いて同意していた。
マグスがこれほどまでに魔法について気にかけているのは、諸々に対しての影響力が大きすぎるためだ。
セイヤの実父ということで、他よりも先んじているセルマイヤー領だが、既に国王がそれらしい対応をしていることから、独占しているというわけでもない。
それに、今のところセイヤは協力的だが、必ずしも盤石というわけでもないのだ。
それは、マグス自身がよくわかっている。
だからこそ、少なくとも情報に関しては、他と比べて先んじて仕入れておきたいということなのである。
ちなみに、マグスがセルマイヤー領の騎士たちに魔法を教えるように言わないのは、セイヤがそれを望んでいないからである。
ここで強引にことを進めようとすれば、あっという間にアネッサとマリーを連れて家を出て行ってしまうだろう。
それがわかっているからこそ、マグスはセイヤをつつくこともなく、好きにさせているのだ。
それに、以前家族には魔法を教えてくれている。
セイヤの行動に合わせて、そこから魔法を広めていけばいいだろうという考えもある。
折角魔法の話題が出たので、マグスは別のことを聞くことにした。
「そういえば、外気法を試しているのだが、さっぱり上手くいかないぞ?」
すでにマグスたちには外気法を教えている。
だが、どういうわけか、一番簡単な魔法でさえ発動することが出来ずにいた。
これはマグスだけではなく、同じように習い始めたシェリルやアネッサも同様だ。
それとは逆に、子供たちは割と早い段階で使えるようになっている。
少しつまらなそうな表情で言ってきたマグスを見て、セイヤは小さく肩をすくめた。
「それは仕方ありません。以前にも話したように、大人になると常識が邪魔をしますから。時間を掛けてゆっくりやって行くしかないですよ。もしかしたら外気法よりも内気法に時間を掛けた方がいいかもしれませんね」
アネッサなどは、外気法はさっさと諦めて、内気法を磨くことを優先している。
完全に外気法を諦めるのではなく、時折は混ぜて練習を行ったほうが良いとはセイヤも助言をしているが、内気法に重点を置いた方が強さに磨きがかかっている。
そのお陰で、アネッサの強さがまた一段と上になったのは、さすがというべきだろう。
ちなみに余談だが、外気法を教わったうえで内気法を鍛えていけば、その延長として武器に魔力を纏わせるということもできるようになる。
その分、武器の攻撃力が上がるので、アネッサは喜々として習得に励んでいる状態である。
セイヤの答えに、マグスはため息をついた。
「……なんというか、つくづく生まれるときを間違ったと思うな」
「そうは言いますが、父上。私の父親は一人しかいないのですから、先に生まれてくるしかないのでは?」
聞きようによってはセイヤ自身の自慢になるのだが、この場合はマグスを慰めるための言葉だということは分かっている。
現にマグスは、セイヤの台詞を聞いて、ニヤリとした表情になった。
「まあ、それもそうか。むしろ幸運だったと思うべきだろうな」
「そういうことです。それに、大人になってから習っても使えないとは限らないのですから、今は練習に励むべきですよ」
セイヤがそう言うと、マグスは「それもそうか」と頷くのであった。
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セイヤがマグスの執務室から出ると、そこではマリーがプクリとほほを膨らませて立っていた。
「にいさま、おそい!」
「あれ? 今日は用事があるので遅くなると伝えていませんでしたか?」
「聞いていません!」
プリプリと怒っているマリーを見ながら、セイヤは内心で首を傾げていた。
討伐に出かける前に、マリーに伝えるようにと、エーヴァに言ってあったはずだ。
ちらりとエーヴァを見たセイヤは、特に表情を変えずに立っている彼女を見たあと、続けてマリーの侍女を見て、全てを察した。
同時に、随分と露骨な手を取ってくるようになったなと思った。
なんとも地味な手ではあるが、マリーのセイヤに対するちょっとした不信感を植え付けるには、子供のころからこうしたことを繰り返せばいいだろうということなのだろう。
毎回毎回同じようなことをすれば、それをもとに首にすればいいが、一カ月に一回とか、数カ月に一回とかだと厳しく処分するほどのことでもない。
だからといってこのまま放置するのも鬱陶しいことこの上ない。
マリーに謝りながら、さてどうするかとセイヤは頭を悩ませた。
地味すぎる手段であるが故に、思い切った対応も取ることが出来ない。
セルマイヤー家は、その程度のことで家人を首にするのだという噂が広がることもあるのだ。
なんとも面倒臭いことだが、これが貴族社会だと思えば、どうにか対処していくしかない。
「にいさま、どうかした?」
セイヤと手を繋げて、すっかり機嫌を直したマリーが、ずっと黙ったままのセイヤを見て首を傾げた。
「いえいえ、なんでもありませんよ。今日も勉強頑張りましょうか」
「うん!」
勉強しようと言われて、素直に頷く子供というのもどうなんだと思わなくもないが、やっぱり可愛いと思わざるを得ないセイヤなのであった。
マリー可愛い。(´∀`*)




