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異世界で魔法を覚えて広めよう  作者: 早秋
第2部2章
58/177

(2)前準備

 『旭日』の拠点は、一階がアラナ商会の店舗、二階が傭兵団の事務所のような役目を果たしている。

 セイヤがその事務所に顔を出すと、そこではボーナがなにやら書類と格闘している姿が見えた。

 大きな傭兵団ともなれば、どんぶり勘定は出来ないので、今のうちから書類にしてまとめるようにセイヤが指示しているのだ。

「あれ? 兄貴、どうしたんだい? 今日は来ないはずだったんじゃ?」

 セイヤが部屋に入って来る音で気付いたのか、書類から顔を上げたボーナがそう聞いてきた。

「そのつもりだったのですが、ちょっとした情報を仕入れたので、それを報告しにきました」

「ふーん。兄貴がそう言うってことは、大物かい?」

「ええ。グレイトウルフの群れが見つかったそうですよ」

 セイヤがそう言うと、ボーナの顔が一気に引き締まった。

 群れのグレイトウルフの厄介さは、傭兵であれば誰もが知るような事実なのだ。

 

 ボーナは、完全に書類から視線を外してセイヤを見た。

「それで? どこで見つかったんだい?」

「ゲッタの森の浅瀬で、だそうですね」

「目と鼻の先じゃないかい!」

 セイヤの答えに、ボーナは慌ててその場で立ち上がった。

 

 ゲッタの森の浅瀬は、例えば馬車で移動する人の場合では、一日がかりになることも珍しくはない。

 だが、それがグレイトウルフの足となれば、それが一気に半日と縮まることもある。

 流石にモンスターが町を目指して一直線に来るとは思えないが、それでもボーナの言う通り、目と鼻の先といっても違いが無いような距離なのだ。

 

 セイヤは、慌てるボーナを落ち着かせるように言った。

「ボーナ、落ち着いてください。いまはまだ情報が少なすぎて、本当にこっちに向かっているのかはわかっていません。見つかったのが深淵部との境ですから、まだ時間はあるでしょう」

 ついでにいえば、たとえ町に近付いて来たとしてもすぐにどうにかなるわけではない。

 なぜなら、フェイルの町の周辺には、セイヤが網を張って警戒しているのだ。

「そういえばそうだったね。町に来ているんだったら、兄貴がこんなに落ち着いているはずがないか」

 落ち着いた様子のセイヤを見て、ボーナはそう言いながら、少し恥ずかしそうな顔になって椅子に座り直した。


 自分のことを信用しているからこその言葉に、セイヤは少しだけ顔をしかめた。

「出来れば、これくらいのことは、すぐに自分で判断できるようになってほしいのですが?」

「ウウッ。……す……ごめんなさい」

 釘を刺すようなセイヤの言葉に、ボーナは萎れるように首を項垂れた。

 直情的なところがあるボーナは、時折判断を誤って、早まった行動をすることがある。

 その辺のことを直すようにと、普段からセイヤに言われているのだ。

 特に今は、近くにアヒムがいないので、素直になっている。

 

 項垂れるボーナを見たセイヤは、苦笑しながら続けた。

「まあ、それは良いです。それよりも、一応明日には動けるように皆に伝えておいてください」

「明日? 今からじゃなくていいんだね?」

「ええ。それで十分です」

 セイヤがそう答えると、ボーナは頷きながら立ち上がった。

 早速仲間たちに話を伝えに行くのだろう。

 セイヤもまた、別の場所に用事があるので、その場での話はこれで終わりとなった。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 次にセイヤが向かったのは、当然というべきか、マグスの執務室だ。

 その途中で、珍しく廊下で立ち話をしているシェリルとアネッサがいたので、回収しつつ向かっている。

「また緊急事態か?」

 シェリルとアネッサを連れてきていることで瞬時にそう判断したマグスが、セイヤに向かってそう聞いてきた。

「また、というのがどことなく引っかかるのですが、間違ってはいません」

 セイヤが微妙な顔になりながらそう答えると、マグスはわざとらしく勝ち誇ったような顔になった。

 また、二人のやり取りを見ていたシェリルとアネッサは、同時に顔を見合わせて笑っている。

 

 ただし、マグスの表情は長くは続かずに、すぐに真面目な表情になった。

 セイヤが緊急事態というときは本当にそうなので、領主としてのマグスにとっても重要な報告には違いないのだ。

「何があった?」

「ゲッタの森の浅瀬と深淵部の境で、グレイトウルフの群れが見つかったようです」

 その報告に、マグスはボーナとは違って落ち着いた様子のままだった。

 

 そして、一度だけ頷いてすぐにセイヤを見た。

「なるほど。確かに大事だな。……それで? どうするつもりだ?」

 いきなりそう聞いてきたマグスに、セイヤは首を傾げた。

「どう、とは?」

「お前が動くのであれば、こちらは兵を動かさなくても済むからな。出来ることなら余計な出費は押さえたい」

 はっきりとそう言ったマグスに、セイヤは苦笑を返して、話を聞いていたアネッサが大きく頷いた。

 領地の兵の管理をしているのはアネッサなので、マグスの言葉は大いに賛同できるのだ。

 ついでにいえば、貴族の第一夫人としては珍しく、シェリルは財務を担当(というか監査)しているので、アネッサの隣で同じように頷いている。

 

 マグスの答えにセイヤはため息を一度ついた。

「では、私に任せてもらえますか? ただし、報酬はもらいますよ?」

「当然だな。グレイトウルフの毛皮となれば、貴族の奥方たちが喜んで買い取ってくれるだろう。出来るだけ痛まないように頼む」

 セイヤの実力であれば、それくらいのことも可能だとわかったうえでのマグスの要求だった。

 ただ、セイヤはその言葉には首を左右に振って否定した。

「さすがにそこまでの余裕はないかもしれませんね」

「……なに?」

 予想外のセイヤの返答に、マグスは眉をひそめた。

 

 マグスたちは、セイヤの実力であれば例え群れであってもグレイトウルフ程度はすぐに片付けられると考えている。

 それが、いきなり否定されるような言葉を言われればマグスの反応も当然だ。

 そんなマグスに対して、セイヤは説明を付け加えた。

「今回、私は直接は動きません。直接の戦闘は『旭日』に任せようと考えています」

「……なるほど、そういうことか」

 マグスは、セイヤが傭兵団を作ったことは聞いている。

 その傭兵団を動かすと聞けば、セイヤが何を考えているのかも理解できた。

 

 ただし、それには大きな問題もある。

「大丈夫なのか? まだできて一年も経っていないのだろう?」

「まあ、大丈夫だとは思いますけれどね。いざとなれば私も動きますから、さほど心配はしなくてもいいです」

「そうか。それなら安心だな」

 折角作った傭兵団なのだから、そうそう簡単に見捨てるような真似はしない。

 そう断言したセイヤに、マグスも安心したように頷いた。

 

 そんなマグスに、セイヤは付け加えるように言った。

「ですが、一応町でも警戒はしてくださいね。何が起こるかはわからないのですから」

「それは当然だろう。一応、こちらでも森に偵察は出すつもりだ」

 流石にセイヤに任せっぱなしにつもりはないと続けたマグスに、アネッサも頷いていた。

 いくら信用できるセイヤが動いているからといって、領主として何もしないでいるのは怠慢と言ってもいいだろう。

 そうした隙を他の貴族たちは決して見逃さないのだ。

 余計な突っ込みを受けないためにも、きちんとするべきことはするのが、領主としての役目なのである。

必要ないかなと悩みつつ、長々と書いてしまいました。

『旭日』とマグスに報告して準備をした、だけでも十分だとは思うのですが。

まあ、一応こんなやりとりもあるのですよ、ということで。

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