(7)傭兵団始動
セイヤが購入した物件の一階には、アラナ商会の店舗が入る準備がされていた。
購入して三日目には、すでに店としての体裁が整えられていたのだから流石フラビオというべきだろう。
ただし、それはあくまでも商品棚などが置かれたという意味で、商品まで並んでいるというわけではない。
それに、店に出る店員もそろえなければならないので、本格稼働するのはもうしばらく先だろう。
ちなみに、元からあるアラナ商会の小さな店舗は、引き続きモンスターの素材買取専門店となる。
これまでは、傭兵が必要になる回復薬などの小物も扱っていたのだが、今後はそれらの部門と分けられて運営を行うということである。
店舗の準備が進められていく中、店舗の二階にある部屋では、セイヤが六人の仲間たちにとある講習を行っていた。
その六人は、アヒムとボーナに加えて、昨日セイヤが選んだ十才から十五才の子供たちになる。
残りの四人の内訳は、ちょうど半々で男女に分けらる。
男子のうちのふたりがマークとサイラスで、女子のふたりがシェリーとハンナだ。
この六人が、セイヤが初めて作ることになる傭兵団『陽炎の旭日』の初期メンバーとなる。
ただ、いまはまだ正式稼働は行っていない。
それにはきちんとした理由がある。
「――というわけで、皆には、選抜のときにも言った通り、文字から覚えてもらいます」
にこやかな笑顔でそう宣言したセイヤに、シェリーを除いた他の面々は、多少げんなりとした顔になった。
これからお勉強をすると言われて喜べるものは少ないだろう。
「兄貴、それってやっぱり必要なのか?」
「当然です! 自分の名前を書けるようになるのは勿論、これから傭兵団として成長していくには、絶対に必要になります!」
そう力説するセイヤだったが、シェリー以外は懐疑的な表情になっていた。
これは仕方のない面もある。
何しろこの世界のこの時代には、文字を扱える者は貴族や商人くらいで、ほとんど必要のないものなのだ。
アヒムたちのやる気が出ないのも分からないではないのだ。
ただし、セイヤにはある目論見があるので、どうしても彼らに文字を覚えてもらうのは、必須事項になるのだ。
アヒムやボーナが選んだ面々は、さすがというべきか、嫌々とはいえセイヤがきちんと教え始めると、しっかりと対応してきた。
特にシェリーは最初から向学心を持っていたのか、セイヤの予想以上に早く文字を覚えて行った。
こうなると負けていられないと奮起するのが他の者たちだ。
良くも悪くもこの年代の子たちは、比較対象がいればある程度までは頑張れるものなのだ。
勿論、勉強ばかりでは腐ってしまう者が出てくるので、午後からは別の方面での講習を始めた。
「さて、これから教えることは、とても特殊な技術になります。私がいいと言うまでは、ここにいるメンバー意外には、絶対に口外しないようにお願いします。これは、あなたたちのためでもあります」
急に真面目顔でそう宣言したセイヤに、アヒムは顔を引き締めて聞いた。
「もし、話してしまった場合は?」
「この傭兵団からの追放は当然として、仲間たちを危険にさらすことになるでしょうね」
はっきりとそう断言したセイヤに、六人が顔をひきつらせた。
その顔には、これから一体何が始まるんだと書いてある。
それらの顔を確認したうえで、セイヤは更に念を押した。
「これは冗談でも誇張でもありません。もし、この技術のことが貴族の耳にでも入れば、孤児でもあるあなたたちは、間違いなくいいように扱われることになると思います」
「あ、兄貴、それはちょっと怖いんだけれど……」
貴族といわれてボーナの顔がさらに引きつった。
スラム暮らしで親がいない彼らにとっては、貴族は自分ではどうすることもできない畏怖の対象でしかない。
要するに、簡単に自分たちの命を取ることができる存在なのだ。
もっとも、スラムの者たちの中にはその貴族に手を出して稼ぐものもいるが、少なくともマグスの目が光っているフェイルの街ではそうした危険を侵す者はいない。
とにかく、セイヤが貴族の名を出したのは、彼らに本当の意味で警戒心を持たせる意味だ。
何しろ、セイヤがこれから教えようとしているのは、いまだにこの世界ではきちんと体系化されていない魔法なのだから。
「申し訳ありませんが、こればかりは本当のことなので、どうしようもありません。もし辞退するのであれば、今のうちですよ?」
さらにそう念を押してきたセイヤに、一同の喉がゴクリと鳴った。
そんな中でアヒムが腹の座った目で聞いてきた。
「外に話を漏らさなければいいんだな?」
「ええ、そうです。そういう意味では、この仲間は一蓮托生といえるでしょうね」
一人でも情報を漏らせば、他の仲間も危険に晒すことになる。
悪い言い方をすれば、お互いに監視をすることになり、良い方面で見れば、結束を深めることにもなる。
仲間として裏切らないというのは、当然のことなので、逆にいえば悪いことは無視できるともいえる。
セイヤの言葉に、アヒムが仲間をぐるりと見て言った。
「なんだ。だったら最初から同じことじゃないか。兄貴に対する裏切りは許さない。そういうつもりで、俺たちは集まったんだからな!」
何ともアヒムらしい言葉だったが、その場の空気は悪くなるどころか、それもそうかという雰囲気になった。
それを見たセイヤは、そんなのでいいのかと思ったのだが口には出さなかった。
これから先、傭兵団として活躍していくことになる彼らには、結束は絶対に必要になるのだ。
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全員の意思が確認できたところで、セイヤは本格的に魔法の授業を始めることにした。
念には念を入れて、話し声や音が漏れないように、きちんと結界を張っている。
アヒムやボーナは勿論、今回集まったメンバーは、セイヤが姿を消す魔法を一度は見たことがある者たちだったので、セイヤが結界を張ってもそこまで驚く者はいなかった。
「これから私があなたたちに教えるのは、魔法という技術になります。私が良いと言うまでは、絶対に外で使ったりしないようにしてください」
もう一度セイヤがそう念を押すと、彼らは真剣な表情でコクリと頷いた。
まずセイヤが教え始めたのは、魔力の扱い方からだった。
体の中にある魔力を感じて、自由に動かせるようにする。
これができなければ、魔法を使うことは一切できないのだ。
とはいえセイヤは、この世界の人間に魔力を持たない者は、いないと考えていた。
神様からの言葉でもそう推測できるし、何よりもセイヤはそうした人間に出会ったことがこれまでに一度もなかった。
マリーに魔法を教え始めるようになっていたセイヤは、他人に魔力が視れるようになっているのだ。
魔力という存在を教え始めてから二日目には、全員が魔力を感じ取れるようになっていた。
これが遅いのか早いのかは、マリーしか教えたことのないセイヤには分からない。
何しろマリーは、気付いたときから魔力を扱っていたのだから比べようがない。
ただし、彼らの中でも遅い者と早い者に別れたことから、ある程度の差は出てくるのだろうと推測できる。
ちなみに、それぞれ魔力を感じ取れたときの反応は、喜び一色だった。
自分の中にある今まで感じたことのない不可思議な感触に、彼らは戸惑いつつもようやく兄貴と同じスタートラインに立つことができたと、それを受け入れるのであった。
今回出て来た六人の名前は、これからずっと出てくる名前になるはずです。
そしてついに始まりました、魔法の教習です。
ようやくタイトル詐欺と言われないところまで来た感じでしょうか。
もっとも、細かく教える様子は書いたりしませんが。




