(4)神殿の役割
「父上は、フェイルにある神殿が周辺と比べても立派なことに、不思議に思ったことはありませんか?」
「は? いや、それはないわけではないが……」
確かにセイヤが言った通り、以前はフェイルの街にある神殿が立派だと考えたことはある。
それは、見た目もそうなのだが、毎年のように出している寄付金の額を見てもそうなのだ。
ただし、今となってはその理由もよくわかる。
何しろ、守護神と直接対面できている領主であれば、当然その神を祀っている神殿を大事にするのは当然だろう。
口には出さなかったが、マグスは一時寄付金の額を減らすことを考えたこともある。
実際にはやっていなかったのだが、思いとどまって良かったと思っていた。
ただ、セイヤが言いたかったのは、そういったことだけではない。
「確かに、リムセルマ様を祀っているからという理由もあるのですが、それ以外にも理由があるのです」
「なに!? どういうことだ?」
「それは……リムセルマ様、お願いします」
初めは自分で説明しようと考えていたセイヤだったが、すぐに思い直してリムセルマに話を振った。
ここは自分よりもリムセルマに任せるべきだと考えたのだ。
セイヤに話を振られたセルマは、頷きながらマグスを見た。
「マグス。まずはここに手を触れてくれるかしら?」
セルマはそう言いながら、部屋の中央にある祭壇らしきものを指した。
この場にリルセルマ神がいる以上、祭壇で間違いないのだろうが、マグスが知るものと形が違っているので、先ほどから疑問に思っていたのだ。
だが、今はそんなことよりも、セルマの言う通りにすることの方が重要だ。
祭壇に近付いて行って、言われた通りに手を置くと、一瞬だけその祭壇が光を帯びた。
「……これは?」
「今ので貴方がセルマイヤー領の正式な領主だと登録されたわ。それから、あちらを見て」
セルマに促されてマグスが視線を動かすと、そこには先ほどまでなかった扉がひとつ出来ていた。
「あの扉の先は、フェイルの神殿に出るようになっているわ。それで、神殿の者たちにはマグスが正当な後継者であることを示すことになるのよ」
「なんですと? そんな話は聞いたことがない……」
呆然とした表情になったマグスに、今度はセイヤが肩をすくめながら言った。
「敢えて教会の者たちが情報を抑えたのか、あるいは、王家の威光が働いているのか。どちらもありそうですよね」
教会の者にとっては、直接神と話ができる存在など、できるだけ少ない方が自分たちの威厳が保てる。
王家にとっては、セルマイヤー領が特別な存在ではなく、ごく普通の領地となってもらったほうが管理がしやすい。
それらは、あくまでも人の世の事情なので、神が口を挟むことはできないのだ。
そう考えれば、両者が結託して、わざと情報を抑えていたというのは、ありそうな推測だった。
セイヤの言葉で、すぐにそう推測出来たマグスは、少し間をあけてからセイヤを見た。
「――セイヤ。王都を落としてみないか? 全力でバックアップするぞ?」
「父上。そういうことは、本気で仰らないでください。実の息子を大量殺人犯にするつもりですか?」
「何。少数を殺害すれば、凶悪犯。大量に行えば、英雄だ」
あっさりとした父親の言葉に、セイヤはこの世界にも似たような表現があったのかと思いつつ、首を左右に振った。
「止めておきます。それに、そろそろ冗談もいいでしょう?」
「……割と本気だったのだがな」
「なお悪いです!」
叫ぶようにして言ったセイヤに、マグスは残念そうな表情になった。
その親子のやり取りを見ていたセルマが、クスクスと笑った。
「まあ。セイヤが国を作るのだったら、私も応援するわよ?」
守護神であるセルマまで冗談の話題に乗ってきたことに、セイヤはげんなりとした表情になった。
「……勘弁してください。それでなくとも、私は神様からの要求で忙しくなるのですから」
「それもそうね」
セイヤの事情を知っているセルマは、あっさりと頷いた。
そしてセルマは、今度はマグスを見て言った。
「ここから神殿に行くのは、正当な後継者しか出来ないわ。それにはセイヤも含まれているの。だから、ここから先は貴方が一人で対応してね」
「なるほど。そういうことでしたら、すぐにでも。ですが、巫女に関しては、どのように話をすれば?」
肝心のことを聞いていないマグスが、首を傾げながらセイヤとセルマを交互に見た。
どちらに問うべきか分からなかったための仕草だが、セイヤがマグスを見て答えた。
「父上。神殿では、何故三種の儀式を行っていると思いますか?」
「……なるほど。そういうわけか」
勿論、文様を得るために行っているということもあるが、更にいえば、守護神の巫女となるべき存在を確保するためなのだ。
そうして教会が人材を確保することによって、それぞれの領地に対しての発言力を持とうとしているのである。
もっとも、長い歴史の中で完全に教会の傀儡となって動いていた巫女は、さほど多くはない。
それはそうだろう。
そもそも巫女は神が直接選ぶので、そんな簡単に教会のいうことを聞く者を選ぶはずがないのだ。
セイヤの言葉に付け加えるように、今度はセルマが情報を付け加えた。
「今はセイヤがいるので、慌てて巫女を見つける必要もないわ。だから、神殿も誰が次代の巫女かは把握していないと思うわよ?」
「なるほど。ということは、リルセルマ様は、次の巫女が誰であるかはわかっているのですね?」
「それは勿論。ただ、今はまだ私から教えることは出来ないわね」
神々には神々の事情があるのだろうと察したマグスは、素直に頷いた。
「そうですか。確かに、今すぐ慌てて探す必要は無いでしょうね」
マグスの父のように不慮の事故に遭わない限りは、マグスが急に亡くなるということはない。
そう考えれば、何が何でも今のうちに巫女を捜しておかなくてはならないというわけではないのだ。
それよりは、今マグスが聞いた話を、どのタイミングでアーロンに話すのかを考えるほうが重要だ。
セルマの言葉に頷くマグスに、今度はセイヤが話しかけた。
「できれば、アーロン兄上に話をするのはしばらく待ってほしいですけれどね。少なくとも、今度の長期休みに帰ってくるまでは」
「うん? それはなぜだ?」
「魔法の扱い方を教えるつもりですから。ただし、内気法だけですが」
セイヤが内気法だけを教えようと考えているのは、アーロンもエリーナも既に使えそうな魔力の動きをしているためだ。
まずは、覚えやすそうなものから教えようというわけだ。
そのセイヤの言葉に、マグスは真剣な表情になって頷いた。
「なるほど。そういうことなら確かに待った方がいいな。直接話すべきことだろうしな」
「まあ、貴族の世界でもいろいろあるでしょうから、こちらの事情はあくまでも材料の一つとして考えてください」
「わかっている」
跡取りに関しては、完全に領主の専任事項である。
いくらセイヤの言葉を重用しているマグスであっても、何でもかんでも鵜呑みにしているわけではないのである。
話がアーロンのところにまで及んだところで、今回のセルマとの話し合いは終わりとなった。
その後は、マグスが一人で新たにできた扉から神殿に向かったわけだが、そこでもひと悶着があった。
結果として、フェイルの街の神殿のトップが入れ替えになったりしたわけだが、それはまた別の話だ。
セイヤはそのときの様子をマグスから伝え聞くだけで、特に関与はしなかった。
四話にわたって続いた正当後継者に関する話はこれで終わりです。
これでマグスの基盤が強くなり、結果としてセイヤにも丈夫な足場ができたという感じでしょうか。
次からは、いろいろとセイヤ自身が動いていくことになります。




