(1)神々と国の成り立ち
王との会談が終わった三日後。
セイヤたちは、領地に戻るために王都の屋敷の前に集まっていた。
「アーロン兄上、エリーナ姉上、冬には必ず領地に戻ってきてくださいね」
すでに何度も同じことを言っているセイヤに、アーロンとエリーナは笑顔になりながらも頷いている。
「わかったわかった。そう何回も言わなくとも忘れないよ」
セイヤのことを何も知らない者が見れば、同じことを繰り返しているセイヤは子供の我が儘のように見えるだろう。
だが、王との会話を聞いていたアーロンには、仲の良い兄姉と一緒にいたいというだけで、ここまで繰り返しているわけではないと察していた。
そのアーロンの推測は当たっていて、セイヤはとある目的のために、二人を領地に呼んでいるのだ。
アーロンが苦笑しながらも頷いている一方で、エリーナは内心で首を傾げていた。
普段のセイヤは、これほどまでにしつこくお願いしてくることはない。
それだけで何かがあるのだろうとは分かるのだが、今のセイヤには何やら必死さがあるように見える。
ただ、その詳しい理由は、エリーナにはまったく分からない。
勿論、三日前にマグス、アーロンとともに行った王との会談で何かがあったということは分かるのだが、細かい内容までは聞いていないのだ。
それだけに、領地に戻ったときには何かがあるのだろうと、推測することしかできないのである。
セイヤたちが仲良く会話をしている中で、リゼは内心で苦々しくそれを見ていた。
セイヤをセルマイヤー家から合法的に追い出そうと打った手は、物の見事に打ち砕かれてしまった。
具体的には、セイヤが優秀な男子ということで、リゼは跡継ぎに困っているセルマイヤー家にとって役に立ちそうな貴族家に紹介をしていたのだ。
ついでにその役に立ちそうな家というのは、当然のようにリゼの息がかかった貴族家になる。
セイヤが養子になるにせよ結婚してその家に入るにせよ、リゼにとっては一石二鳥以上の成果を得るはずだった。
ところがその目論見は、王との会談で吹き飛んでしまった。
リゼは、会談が終わったあとで、マグスからセイヤがリチャード三世の友となったとの報告を受けた。
最初に聞いたときは、一体何の冗談だと思ったのだが、実際にセイヤから友誼の証を見せられて、その考えを否定せざるを得なかった。
その場ではなにも言わずに、ただ「おめでとう」とだけ言っておいたのだが、部屋に戻ったあとは、どんな裏技を使ったのだと荒れまくっていた。
もっとも、そんな状態を表には絶対に出さないリゼは、流石というべきなのかもしれないが。
とにかく、王との親交を得たセイヤは、リゼが下手な小細工を出来ない相手になってしまった。
だからこそリゼは、自分の子供以外の兄弟と仲をよさそうにしているセイヤを、ただ黙って見ていることしか出来ないのであった。
こうしてセイヤの初の王都訪問は、様々な結果を残して終わることとなった。
流石のセイヤも、王都に来たときは、王との友誼を結ぶことになるとはかけらも考えていなかった。
ただ、結果としては、セイヤにとって十分に意義のある王都訪問になったと、揺れる馬車の中で考えていた。
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領地に戻ったセイヤは、その日のうちにマグスに呼ばれて、私室に出向いていた。
「まったく、頭が痛いものだな。何がどうなって王と友誼を結ぶことになったのか、しっかり話してもらうぞ」
実際に頭を抱えながらそう言ってきたマグスに、セイヤは小首を傾げた。
「いえ、王とのやり取りは父上もその場で見ていたでしょう? 王があんなことを言い出すとは、私も予想外でしたよ?」
「それはそうだろうが……いや、それはもういい。それよりも、領地に戻ってからすると言っていた話をしてもらおうか」
マグスはそう言いながら、眉間に指を当ててぐりぐりとする仕草を見せた。
その顔は、絶対に言い逃れはさせないという気迫に満ちている。
もとより領地に戻ったら話せることは話そうと考えていたセイヤは、苦笑しながら頷いて話し出した。
ちなみに、当然のように音が漏れないように結界は張ってある。
「そうですね。ですが、何から話したものか…………」
悩ましい表情になって一度言葉を区切ったセイヤは、頭の中を整理してからマグスを見た。
「父上は、国の起こりがどういったものであるかはご存知ですか?」
「……何?」
唐突すぎるセイヤの言葉に、マグスは眉を顰めるが、すぐに答えを返した。
セイヤが新しく生まれた世界では、各国に必ず守護神というべき神が存在している、と言われている。
本からの知識でそのことを知ったセイヤは、当初はよくある国起こりの神話的な話だと考えていたのだが、既に三柱の神と直接会っているので、単なる伝承の類でないことは理解している。
ついでにいえば、その神々から直接国の成り立ちというものを聞いていた。
遥か昔、人々がまだ国とよべるようなまとまった集団にはなっていなかった頃、人は土地神と呼ばれる神を信仰していた。
それらの神が守護神として人を守り、それぞれの土地で暮らしていたのだが、魔物を相手にしなければならない人は、やがてもっと大きな集団を作るようになっていく。
そのたびに土地神たちは、より強い神に吸収されたり、眷属神となったりしていったのだ。
やがて、ある程度の大きさの集団を作った人々は、それを国と呼んで、最初から信仰されていた強い神をその国の守護神として崇めるようになったのである。
そして、国の守護神となった神は、それぞれの国の趨勢によって、生まれたり消えたりすることとなったのである。
突然に始まったセイヤの神話語りに、マグスは戸惑ったような表情を浮かべていた。
「セイヤの神話に対する解釈は理解できたが、それがどうしたというのだ?」
「分かりませんか、父上? セルマイヤー領は、少なくともこの周辺のどこの国よりも、古い王家から成り立っているのですよ」
「何を当たり前のことを…………古い?」
セルマイヤー家の当主として、知っていて当然のことを言われたマグスだったが、セイヤの言い方に引っかかるものを覚えた。
そして、セイヤが言いたいことが理解出来たのか、信じられないという顔になった。
「ひょっとして、セルマイヤー領を守護しているリムセルマ神は、この周辺のどの神よりも強い力を持っていると言いたいのか?」
「ひょっとしなくても、そういうことです」
あっさりと肯定したセイヤに、マグスは嘘だろうという顔になった。
「だったらなぜ、セルマイヤー領が王国に吸収されることになったのだ?」
「正確にいえば、神の力と人が作った国の大きさは、あまり関係ないそうです。まったく無関係というわけではないのですが、やはり土地神ということもあって、年月のほうが重要なようですね」
付け加えると、人々の信仰の多さも神の力に影響を与えているという考え方もあるが、それもあまり関係ないそうだ。
セイヤは、こうした話を直接神々からあの時に聞いたのだ。
初めて聞く神と国の成り立ちに、マグスは自分の中にあった常識が崩れていくのを感じた。
そして同時に、なぜセイヤがこんな話をしているのかという疑問も湧いてきた。
確かにこの話を人々が聞けば、大騒ぎになることは間違いないだろう。
だが、わざわざ領地に戻ってから話すような話ではなく、王都の屋敷でも十分話せる内容なのだ。
ということは、今までの話はあくまでも前置きで、これからが更に重要な話になるということになる。
そう考えたマグスは、一体これからどんな話をセイヤから聞くことになるのかと、内心で大きくため息をつくのであった。
王都からの旅立ちと神話についてでした。
折角なので、国の興りを紹介するついでに、神話と絡めて話してみました。
マグス(領地)にとって重要な話は、次話以降になります。




