(11)賢者の友
セイヤから思わぬ反撃を受けたリチャードは、助けを求めるようにマグスを見た。
勿論これはわざとで、マグス自ら息子を説得させるように仕向けているのだ。
だが、そのマグスはリチャードからの視線に、首を左右に振った。
そして、さらにそれに追い打ちを掛けるように、セイヤがリチャードに言った。
「私の身を確保しておきたいという意図は光栄に思いますが、それを父や兄に求めても無駄ですよ。もし、どちらからそう言った趣旨のことを言われれば、国外に逃げるだけですから」
正確にはひとりで逃げるわけではなく、アネッサとマリーを連れて逃げることになるだろうが、わざわざそんなことを言うつもりはない。
それに、言わなくてもマグスとアーロンには十分意味は通じているだろうし、セイヤにとってはそれで十分だった。
セイヤにとっては、リーゼラン王国全体よりも、セルマイヤー領から自分を守られるようにすることの方が重要なのだ。
セイヤの言葉で考え込むような顔になったリチャードに代わって、王太子のオーバンが間に入ってきた。
「随分と自信満々だが、本気でそれができると?」
言外に軍を向けることもできるのだぞという意味を込めて言ってきたオーバンだったが、セイヤはどこ吹く風で表情を変えることはなかった。
「この国の騎士団程度の力であれば、簡単に逃げ切れるでしょうね」
逃げるだけなら転移魔法を使って移動しつつ、国境を越えるときも森を突っ切るなりすればいいだけだ。
「な、なにっ!?」
はっきりと騎士団の実力など大したことはないと言い切ったセイヤに、オーバンとジェラールは目を見開き、護衛に付いていた騎士たちが敵意をむき出しにするような顔になった。
そんな中でリチャードだけは、表情を変えずにジッとセイヤを見ている。
それでセイヤは、リチャードは自分の持つ力のことをある程度知っているのだと理解できた。
そして、セイヤがなにかを言うよりも早く、リチャードがオーバンを含めて周囲の者たちに静まるように右手を上げた。
「オーバン、よせ」
「し、しかし、父上!」
この場でのオーバンの対応はなにも間違っているわけではない。
何しろ、これまでのセイヤのリチャードに対する態度は、とても一国の王に対するものではない。
もしこれが公式の場であれば、その場で不敬罪に問われてもおかしくはないような物言いをしている。
いくら私的な場とはいえ、セイヤの態度が目に余るとオーバンが考えたとしても何ら不思議なことではないのだ。
だが、そんなオーバンに、リチャードは首を左右に振った。
「もう一度言う。よすのだ」
リチャードがはっきりとそう言うと、オーバンはしぶしぶといった顔になって黙り込んだ。
そんな親子のやり取りを、セイヤは面白そうな顔で見ていた。
いまのセイヤは、わざと喧嘩を売って王家がどんな対応をするのかを見ている側面もある。
本来であればできないことだが、リチャードの態度を見る限りでは十分に可能だと判断して、敢えてそんな態度を取っているのだ。
そんなセイヤのことをジッと見つめたリチャードは、確認するように口を開いた。
「別に其方個人でなくとも、領地そのものに兵を向けることもできるのだがな」
そう言ったリチャードは、わざと直接目を見ずに顔を逸らしながら、まるで独り言を言うような感じになっていた。
実際に自分がそう発言してしまえば、周囲にいる者たちが本気にするとわかっているからこその対応だった。
あくまでもセイヤ及びセルマイヤー家の反応を見るためだけのパフォーマンスだと周囲に示しているのだ。
そして、そのリチャードの言葉に、これまで黙って話を聞いていたアーロンがかすかに反応したことをセイヤは察した。
昨夜のうちに釘を刺していたが、流石に国王から直接こんなことを言われれば、反応せざるを得なかったのだろう。
むしろ、まるで態度を変えなかったマグスのほうが、普通ではなかったといえる。
そして、いわれた張本人であるセイヤは、ニコリと笑って応対した。
「そうですか。そうなると、王自ら古の約定を破るということになりますね」
そのセイヤの返答に、その場の空気は意味がわからないというものになった。
ただ一人、国王であるリチャードを除いて、だが。
セイヤの台詞を聞いたリチャードは、数秒の間瞑目してから大きくため息をついた。
「一つ聞くが、其方はどこまで知っておるのだ?」
「さあ? 知っていることは知っているし、知らないことは知らないとしか言いようがありません」
「……そうか」
まるで謎かけのようなセイヤの返答だったが、リチャードはフッと笑みを浮かべて頷いた。
今までとはまるで雰囲気が変わったリチャードに、セイヤが僅かに戸惑っていると、リチャードが真っすぐにセイヤを見ながら言ってきた。
「一つ願いがあるのだが聞いてもらえるだろうか?」
唐突にそんなことを言い出してきた国王に、セイヤの戸惑いはさらに深くなった。
「……話の内容を聞いてみないことには、答えようがありませんが?」
「それはそうだな」
リチャードは当然だと頷きながら、さらに続けて言った。
「其方……いや、セイヤ。我が友になってくれないか? ――いや、其方を取り込むとはまったく別の話だ。時折こうして共に話をしてくれるだけで良い」
先ほどと同じように拒絶しようとしたセイヤだったが、あとから付け加えられたその言葉に、思わず目を丸くした。
リチャードの顔を見れば、本気で言っているということがわかる。
同時に、リチャードの思いを察したセイヤが、敢えて自分からとあることを申し出ることにした。
「よろしいのですか? 十才でしかない私を友にするということは、あくまでも私的な立場で会うということになりますが?」
いくらなんでも子供を相手に公的な立場で会うわけにはいかない。
少なくとも成人するまでは、大人のお茶会などには出席できないことになっているのだ。
「それはそうだろう。……というよりも、そんな面倒な立場で会うのはこちらから願い下げだ」
はっきりとそう言い切ったリチャードに、セイヤはクスクスと笑い出した。
流石に、こんな方向で話が進むとは考えてもいなかったのだ。
「そういうことでしたら、喜んで」
そう言いながらセイヤは右手を差し出した。
そしてリチャードは、周囲が驚く中、しっかりとセイヤが出したその右手を取るのであった。
当初の予定とは違って、自分が小さな友を得ることになったリチャードは、ふと何かを思いついたような顔になった。
「そういえば、セイヤ。其方の父には、領地のことは話さないのか? 我との会話の意味もわかっていなかったようだが」
「勿論話しますよ。ただ、内容が内容なので、領地に帰ってからと考えていたのですが、その前に呼ばれてしまいましたから」
セイヤの返答に、リチャードは一瞬訝し気な顔になってからすぐに頷いた。
「ああ、そうか。其方は、洗礼の儀を受けたばかりだったな。つい忘れてしまっておったわ」
カカカと笑うリチャードに、セイヤはわざとらしくため息をついた。
受け取り方によっては無礼になりかねない態度だったが、リチャードはまったく気にした様子も見せなかった。
先ほどまでは張り詰めたような空気の中で会話をしていたにもかかわらず、一転して和やかな雰囲気で話し始めたセイヤとリチャードに、周囲は戸惑ったような様子を見せていた。
それでもふたりは気にすることなく、以前からの友達だったかのようにしばらくの間会話を続けていた。
このときのふたりの対面が、後にリチャード三世を<賢者の友>等と呼ばれる要因のひとつになるのだが、今はまだ当人たちも含めてそのことを知る者は誰もいないのであった。
お友達(だいぶ年上)ゲット!
果たして同年代の友達を得るのは、いつになるのか!?
冗談です。すみません。
それらしい友達はきちんとできてきますのでご安心(?)ください。




