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異世界で魔法を覚えて広めよう  作者: 早秋
第1部4章
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(10)王からの招待

 リーゼラン王国のリチャード三世は、若くして王位に就いた国王である。

 彼が若くして王位に就いたのは、前国王である父王が早くに病気で亡くなってしまったためで、決して血みどろの争いが行われて奪い取った座位ではない。

 それどころか、リーゼラン王国のこの世代の王族は、周辺各国や歴史から鑑みても稀に見るほどに仲がいい。

 当初は、若くして病に倒れた前国王を家族全員で支えるために仲が良くなったと考えられていた。

 だが今では、リチャード三世の王国運営の手腕を見るに、それも現国王の手のひらの上だったのではないかとさえ囁かれている。

 実際にはそんなことはなく、必死に王位に食らいついた結果が、現在の王国の繁栄をもたらしているのだが、それほどまでにリチャード三世の手腕が素晴らしいのだ。

 現状、権力を巡っての貴族同士の対立も表立ってのものはほとんどなく、安定した国家運営がなされている。

 長い歴史を持つリーゼラン王国の歴代王の中でも、五本の指に入るほどの国王というのが、国内におけるリチャード三世の評価なのだ。

 

 セイヤがリチャード三世を見たときの感想は、なるほどこれが王という存在なのだな、というものだった。

 顔が美形なのはさすが王族といえるだろうが、そんなものは彼の持つ独特の雰囲気の中では、ひとつの要素でしかない。

 それよりもリチャード三世を前にした時に、膝を屈したくなるような、自然と言うことに従いたくなるような不思議な空気を持っていた。

 もし、セイヤが前世の記憶がなく、魔法という特殊な技術を持っていなければ、これほどまでに客観的な評価をすることはできなかっただろう。

 それほどまでに、リチャード三世は王者としての貫禄を身に纏っていた。

 

 

 リチャード三世に招待されたセルマイヤー家の三人が無難に挨拶をこなすと、国王は自分の前にある椅子に座るように勧めて来た。

 今回の招待は公的なものではなく、あくまでもリチャード三世個人が私的に招いたという体を取っているので、王側の人間も限られた数しかいなかった。

 近くに護衛がいるのは当然だが、最初の挨拶の時に紹介されたのは、王太子であるオーバンと第三夫人の長男であるジェラールだった。

 オーバンは王太子だからという理由で同席させているのはわかるが、ジェラールがいるのは、セイヤと同い年のために仲良くさせようという目的が透けて見えている。

 セイヤはそれがわかっていても、ごく普通に挨拶を交わしていた。

 それが、王族を含む貴族同士の付き合いだということはよくわかっているためだ。

 それよりも、ジェラールがいることで、リチャード三世が自分の予想した通りに動いていることわかっただけでも十分に収穫だったと、王とマグスが会話を進める中でセイヤは考えていた。

 

 リチャード三世は、マグスと領地についての話を軽く交わしたあとで、ついでのようにセイヤへと視線を向けて来た。

「話を聞いたところに寄ると、セイヤは我が息子のジェラールと同い年のようだ。是非とも仲良くしてやってほしい」

 事実上の深い交流を持たないかという国王の宣言に、マグスは深く頭を下げた。

「……はっ。身に余る光栄です」

 ここで具体的な返事を返さないのは、貴族としての言い回しということもあるが、あくまでも子供同士の問題だと考えているところもあるからだ。

 王族と深い繋がりを持って悪いことはないのだが、それが強制だと上手くいかなくなった時に領地に悪い影響を与えることもある。

 それに、そもそもセルマイヤー家は、もともと中立的な立場を貫いてきたので、敢えて王族と深いつながりを持つ必要がないということもある。

 

 マグスの返答は予想の範囲内だったのか、リチャード三世は小さく頷いたあとで、セイヤを見た。

「どうかな? 其方の先ほどの挨拶を見るに、ジェラールの良き先達となってくれると思うのだが?」

 同い年の子供に先達になれというというのはどうなんだろうと思ったセイヤだったが、これで王の目的ははっきりしたと確信した。

 先ほどマグスに言った時と違って、友ではなくわざわざ(・・・・)先達と言ったのだ。

 リチャード三世は、確実にセイヤを王家に取り込もうとしている。


 そう考えたセイヤは、軽く頭を下げてから答えた。

「身に余る光栄ですが、王子の先達となるには、わが身はまだまだ若輩者です。そのお役目には、他にふさわしい方がいらっしゃるでしょう」

 事実上の拒絶の言葉に、王子二人が驚きの表情になり、国王は目を細めてセイヤを見て来た。

「……ほう。我の申し出を拒否するか」

 軽く威圧さえ感じさせるようなリチャード三世に対して、セイヤはなにも言わずに、ただコクリと頷いた。

 

 セイヤにしてみれば、王の申し出は自分を縛る枷でしかない。

 魔法を世界中に広めるという目的がある以上、セイヤ自身が一国に縛られるわけにはいかない。

 王の申し出がそういうものである以上、セイヤは断ることしかできないのだ。

 さらに、今回に関しては、それ以外の理由もある。

 

 

 セイヤがそんなことを考えている一方で、自分の申し出を拒否されたリチャード三世は、表では表情を変えずに内心で楽しく思っていた。

 そもそもこの場にセイヤを呼んだのは、ただの周辺の噂を聞いた故での戯れだけではなく、守護神からセイヤの話を直接聞いたからだ。

 勿論、神から話を聞いたといっても、事細かく教えてもらったわけではない。

 いつものように神への祈りを捧げている最中に、突然「セルマイヤー家の四男と親交は要注目」と神託が来たのだ。

 リチャード三世はその言葉通りに、セイヤと自身の子であるジェラールの友誼を結ぼうとしたのだが、その当人から見事に断られた。

 断った理由はわかっていないが、神から神託が来るほどに見守られている人物を、リチャード三世が簡単に手放すはずもない。

 

 だからこそリチャード三世は、ついセイヤを試すようなことを言ってしまった。

「なるほど。王である我の言うことが、聞けないということか」

 リチャード三世がこういえば、大抵の者たちは顔を青くして、すぐに同意するようなことを言ってくる。

 いまのリチャード三世は、実際にそれほどの権力を持っているのだ。

 だが、目の前の子供セイヤは、リチャード三世の予想外の対応をしてきた。

 

 小さく小首を傾げたセイヤは、リチャード三世に向かってこう聞いてきたのだ。

「それは、国王の権限を持って、正式に『命令』をするということでしょうか?」

「むっ…………」

 セイヤの言葉は、リチャード三世が思わず言葉に詰まってしまうほど、的確な指摘だった。

 

 今までのセイヤに対する会話は、あくまでも私的な会話であり、決して公的なものではない。

 だからこそリチャード三世も、受け取り方によっては脅しと取られても仕方ないような言い方をしたのだ。

 これが公的な場であれば、いくらリチャード三世でもそんな馬鹿な言い方はしない。

 ついでにいえば、いまの「脅し」もあくまでもただの戯れであって、それでセイヤが簡単に態度を変えるようであれば、所詮はまだまだ子供だと見ていただろう。


 だが、このセイヤの返答に、リチャード三世の意識は完全に変わった。

 今、自分の目の前にいる子供は、見た目通りの子ではなく、まさしく神が注目するに値する人物だと認識を改めた。

 そして同時に、これほどの子供を隠していたセルマイヤー一家に対しての認識も一段上げた。

 これまでもマグスに対しては、重要人物として見ていたのだが、これからは一家全体を見ていくべきだと思わされたのである。

王の前哨戦です。

もう一話……で、終わればいいなあ。

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