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異世界で魔法を覚えて広めよう  作者: 早秋
第1部4章
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(8)壁を越えし者たち

 クリステルは、自分の目の前で行われている模擬戦を見て、驚愕の表情を浮かべていた。

 自分自身もかなりの腕があると自負していたクリステルだが、その自信が吹き飛ぶほどの戦いが繰り広げていた。

 戦いを行っている一方の女性――アネッサのほうはまだいい。

 アネッサは、十年以上前に国内でも指折りの傭兵団に所属していて、その中でも特に有名なメンバーの一人だった。

 さらにいえば、二つ名まで持っていることまで知られているので、これくらいの動きが出来るのは当然だと考えることは不思議ではない。

 

 ただし、アネッサの相手をしているセイヤに関しては、話は別だ。

 一応、親友のエレーナからセイヤの実力に関しては話を聞いていたのだが、それも話半分に聞いていたのだ。

 それもそのはずで、セイヤはまだ十歳になったばかりなのだ。

 その年で、エレーナが言っていることが本当にできるのだとすれば、天才どころの話ではない。

 貴族家の誰もがこぞってその腕を求めて、勧誘にかかるだろう。

 それどころか、王族自体が動いてもおかしい話ではない。

 もっとも、セイヤ自身がセルマイヤー辺境伯家の一員なので、いくらセイヤが四男だとはいえ、よほどのことが無い限りは他家に移ることはないだろうが。

 

 そんな事情があるために、クリステルはエレーナの話をまともに聞いていなかったのだ。

 そんな腕があれば、とっくに噂になっていると考えていたためだ。

 だが、そんな考えは、目の前の模擬戦を見て吹き飛んでしまった。

 それと同時に、もしかしたらという思いが自分の心の中に浮かんでくることを自覚した。

 そして、それを認識したとたん、頬が赤くならないように気持ちをコントロールすることに、とても苦労する羽目になっていた。

 

 

 クリステルが乙女心を人知れず抑えている一方で、観戦組のセルマイヤー親子は、呆れたような視線をセイヤに向けていた。

「セイヤ、また腕を上げたわね」

「いや、上げたどころの話ではないよね。今すぐにでも騎士団に入れるのじゃないかい?」

 エレーナとアーロンは、セイヤの剣の腕の実力だけではなく、学力も実感として知っている。

 そもそも父親であるマグスと一緒に、領地の政務をこなせるくらいの実力があるのだ。

 騎士団の実務をこなせないはずがない。

 ふたりともそのことを知ったときには、やはり嫉妬というべき感情も浮かんではいたのだが、いまではとっくにそんな感情は通り過ぎていた。

 それどころか、セイヤから色々と教わるうちに実力を伸ばすことができた。

 いまのふたりは、セイヤに感謝こそすれ、悪い感情はまったくもっていない。

 

 アーロンとエレーナが、クリステルが近くにいるのに隠すことなく堂々とこんな話をしているのは、きちんとしたわけがある。

 そもそもセイヤが今まで通り自分の実力を隠すつもりなら、最初から王都の屋敷の庭ではなく、領地の屋敷の庭で戦うはずなのだ。

 それをしていない、というよりも、敢えてこちらで戦っているということは、噂が広まっても構わないと判断しているということに他ならない。

 だからこそ、ふたりは遠慮なくごく当たり前の様子で、セイヤの実力について話をしているのだ。

 

 アーロンとエレーナの雰囲気を感じ取ったのか、マリーが嬉しそうな表情になって聞いてきた。

「にいさま、つよい?」

 マリーは、セイヤからしっかりと魔法のことを含めて、自分たちの力のことに関して他には話さないように言い含められている。

 兄の言うことは必ず聞くマリーは、普段はしっかりとその教えを守っているので、こんなことを聞いてくることはほとんどない。

 いまは、アーロンとエレーナの様子を見て聞いてきているのだ。

 マリーは、空気の読めるお子様なのだ。

 

 横から嬉しそうに自分を見上げてくるマリーの頭をなでながら、エレーナは同じように笑顔になって頷いた。

「ええ。とっても強いわよ」

「やっぱり、にいさま、スゴイ!」

 そう言いながらクルクルと回りだしたマリーを見て、アーロンとエレーナがくすくすと笑い出した。

 セイヤが凄いのは今更言うようなことではないが、やはり子供が素直に喜ぶ姿を見れば、楽しくなってくる。

 

 そのマリーを、アーロン、エレーナと同じように笑みを浮かべてみていたマグスが止めた。

「マリー、少し落ち着きなさい。そろそろ決着しそうだぞ?」

 マグスがそう言うと、マリーは慌てて回るのを止めて、セイヤとアネッサのほうに慌てて注目した。

 そして、その視線の先では、セイヤとアネッサが大勢を整えるように、一旦離れた距離にとどまってお互いの様子を見ていた。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 セイヤから距離をとったアネッサは、ニヤリと笑っていた。

「……なるほど。言うだけのことはあるね」

 口ではそう言ったアネッサだが、内心では大喜びをしていた。

 というのも、セイヤが一流といわれるための「壁」を超えたのだと理解できたからだ。


 武器を持って戦う者たちの間では、一流とそうでない者の間には大きな壁があるとされている。

 その壁を越えることができれば、普通では考えられないほどの力やスピードを出すことができるのだ。

 当然アネッサもその壁を越えた者であり、以前所属していた傭兵団には、そうした者が何人か存在していた。

 ちなみに、セイヤの師匠役をしていたデニルも、そのうちの一人だ。

 

 そして、セイヤの動きを間近で見たアネッサは、その壁が一体何であるのかも同時に理解していた。

 普通、壁を越える者は、ある程度の年齢になっていないと駄目だと言われている。

 ところがセイヤは、その壁をあっさりと超えて来た。

 であれば、壁を越えるために何が必要なのか、セイヤに一番近いところにいるといっても過言ではないアネッサが見抜けないはずがない。

 

 あとで詳しく話を聞かなければだめだと決意したアネッサに、不意にセイヤが話しかけて来た。

「母上」

「……なんだい? 戦闘中におしゃべりかい? 随分と余裕だね」

「ええ、まあ。――一段上げますから、注意してくださいね」

「なんだって!?」

 セイヤの言葉に驚きの表情を浮かべたアネッサだったが、セイヤから答えをもらうことができなかった。

 それどころか、自分に向かってきたセイヤの攻撃を防ぐのに精一杯になっていた。

 

 セイヤが放ってきた攻撃は、なんの細工もない上段からの振り下ろしだった。

 だが、そのスピードも威力も、これまでのものが冗談だったかのように、まったく違っていた。

 アネッサは、何とかセイヤの攻撃を防ぐことができていたが、その手にはしびれが残っている。

 それがわかったアネッサは、続いて出されたセイヤの攻撃を剣では受けないように、全て躱すことにした。

 だが、何度か繰り返される攻撃を何とか躱したアネッサは、それも長続きしないだろうと理解していた。

 とてもではないが、ずっとセイヤの攻撃を躱し続けることできない。

 隙を見て攻撃をしようにも、今のアネッサにはとてもそんな隙は見つけられなかった。

 

 一瞬の間にそう判断したアネッサは、こみ上げる笑いとともに大きく離れながら模擬剣をぽいと地面に投げた。

「参った。降参だよ。セイヤの勝ちだ」

 アネッサがそう宣言すると、周囲で見守っていた者たちから、ワッと言う声が上がった。

 それは、セイヤとアネッサ両者を讃える歓声だった。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 稀に見る模擬戦を行った二人を取り囲んでいる様子を、少し離れている場所から見ている視線があった。

「…………なんなのよ、あれは」

 自分の目でも見ても信じられないほどの動きだった。

 だが、まぎれもなくその動きをしたのは、リゼが毛嫌いしているアネッサであり、その息子のセイヤだった。

 リゼは紛れもなくお嬢様育ちなので、剣など持ったことはない。

 だが、そんなことは関係なく二人の動きが常軌を逸しているということだけはわかった。

 

 ギリリと歯ぎしりの音さえ立てそうな母親リゼの顔を見ていたレオが、不意に言った。

「あいつは時折街に繰り出しているらしい。何だったら、何人かけしかけようか?」

「お止めなさい。どうせ防がれるのがおちだわ。それよりも家の役に立つように利用して……」

 レオの言葉に首を振って否定したリゼは、そう言いながら不意に言葉を切った。

 

 そして、今思いついた自分の考えを少しの間吟味したあとで、楽しそうに笑った。

「そう。そうよね。なにも邪魔をするだけができる手段ではないわ。家のために利用する者は利用する。それが貴族ですもの」

 そう言っいながら笑っているリゼを見ていたレオは、それ以上はなにも言わなかった。

 こんな顔をした時のリゼを止める勇気はレオにはない。

 それに、その相手がセイヤのことであれば、敢えて止める必要もないのだ。

 

 この日、リゼは幾つかの家に向けて手紙を出すことになる。

 マグスもそれには気づいていたが、知り合いに出す手紙を出すことを止めることはできない。

 それよりも、マグスはとある場所から来た手紙をどう対処すればいいのかに、頭を悩ませていた。

 そして、マグスが受け取ったその手紙は、リゼがこのときに思いついた思惑を遥かに越えるものだったのだ。

裏でセイヤを嵌めるために動こうとしたリゼでしたが、とある方面からストップがかかることになります。

もっとも、ストップをかけた相手は、そんなことはまったく意識していませんが。

その相手が誰であるかは、次話に明らかになります。

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