(7)模擬戦
王都の屋敷にある中庭は、警備兵の訓練場でもあるのでそれなりの広さがある。
模擬戦を行う場所を中庭に決めて、セイヤとアネッサ以外の者たちは移動していた。
当然のように移動についてくるクリステルに、エリーナがちらりと横目で見た。
「クリステル、嬉しそうな顔が隠せていないわよ?」
「あら。これは失礼いたしました」
わざとらしく口元に手を持ってきてオホホと笑うクリステルに、エリーナがため息をついた。
「……セイヤに、嫌われたくなかったのでは?」
他の者たちには聞こえないように小声で言ったエリーナに、クリステルはピタリと口を閉ざしてから同じように小声で返した。
「……いま、それを言いますか。そもそも皆と一緒に着いて来ている時点で手遅れですよ。それに、お父様に報告する義務もあります」
「はあ。まあ、そういうことにしておきましょうか」
自分の趣味と貴族としての建前を持ち出したクリステルに、エリーナはこれ以上は無理だと判断してそう答えるのであった。
そもそもクリステルは、エリーナからセイヤが年に見合わない実力を持っているということを聞いていた。
エリーナはそのことを他の兄弟たちの情報と一緒に、父親に話をしていた。
もともとセルマイヤー家は、辺境にあるせいか当主を始めとして戦力が高いことが知られている。
クリステルがエリーナから得た情報を話したときには、長男であるアーロンの実力も噂に上るほどだった。
その姿を間近で見ていたはずのエリーナが、アーロンではなくセイヤのことを褒めていたということで、父親もセイヤの実力に興味を持っていた。
なので、いまクリステルが言ったことは、嘘ではないのである。
勿論、セイヤのことを知りたいという自身の欲求があることは、まぎれもない事実なのだが。
こそこそと会話をしているクリステルとエリーナとは対照的に、マグスとアーロンはごく普通に会話をしていた。
ちなみに、マリーはそのふたりの横をちょこちょこと歩いて着いて来ている。
「セイヤの剣の腕を見るのは、久しぶりだね。とても楽しみだよ」
「にいさま、とっても強いもん!」
「ハハハ。そうだね。セイヤはとっても強いよ」
マリーの主張に、アーロンが笑いながら頷いた。
ふたりのやり取りを笑みを浮かべながら見ていたマグスが、ふと真顔に戻ってアーロンに言った。
「アーロン。折角の機会だから、本当の天才という者がどういう存在であるのか、しっかりと目に焼き付けておくように」
「…………それほどですか?」
僅かに疑わしそうな視線を向けて来たアーロンに、マグスは頷きつつ答えた。
「ああ。恐らくだが、私などは、もう運が絡まない限りは勝てないだろうな」
「父上がそこまで言いますか」
マグスの剣の実力は、貴族の当主としてはかなり高いものだ。
少なくともアーロンが学園を通い始める前に、実家で戦ったときには、結局勝てずに王都に向かうほどだった。
今ではマグスといい勝負を出来ると考えているアーロンだったが、そのマグスが勝てないと言い切るということは、アーロンも勝てないということになる。
父親の真剣な表情を見ながら、アーロンはセイヤがどれほどの実力を身につけたのかと、期待と若干の不安を胸に中庭へと向かうのであった。
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中庭に集まったギャラリーに見守られながら、セイヤとアネッサは軽く模擬剣を振っていた。
体の準備運動という意味もあるが、それよりも初めて持つ模擬剣の様子を見ていたりしているのだ。
それもすぐに終えたふたりは、いよいよだとばかりにお互いに向き合った。
そして、剣を合わせる前に、アネッサがセイヤに話しかけた。
「こうしてセイヤと戦うのも久しぶりだね。一年ぶりかい?」
「ええ。それくらいにはなるでしょうね」
セイヤの傭兵になるための条件は別にして、ふたりは領地の屋敷でよく戦っていた。
ただ、いまアネッサが言った通り、一年ほど前にセイヤから申し出て戦うのを止めていたのだ。
洗礼の儀を終えたら傭兵として活動していいというマグスからの許可も得たので、それに合わせてアネッサに勝ってしまおうと目論んだのと、折角なので一年で急成長して驚かせようといたずら心を働かせたのだ。
別に、実力を隠して不意打ちをしようなんてことを企んでいるわけではない。
「それじゃあ、始めようか」
アネッサがそう言うと、すぐにその気配が変わった。
いつもの母親としての穏やかな雰囲気はなくなり、一人の実力者としての気配に変わった。
勿論、セイヤもそれを黙って見ていたわけではなく、きちんと対応して影響を受けないようにその気配を受け流している。
それから数秒もせずに、まずはアネッサから小手調べとばかりにセイヤに向かって行った。
三メートルほど離れていた距離を一気に詰めたアネッサは、勢いよく上からセイヤの頭をめがけて持っていた剣を振り下ろした。
とても、模擬戦とは思えない速度だったが、セイヤは焦ることなくその剣をさばいて、そのまま流れるようにアネッサの胴に向かって繰り出そう――としたところで、アネッサの次の攻撃が来てしまった。
もともとアネッサは、スピードで相手を圧倒するタイプなので、そう簡単には相手に攻撃させる隙は作らないのだ。
セイヤもそれはこれまでの経験でしっかりと叩き込まれているので、特に焦ることなくアネッサからの攻撃を受け流していった。
激しいアネッサの攻撃にあっているセイヤだが、いつまでもその攻撃が続くわけではない。
二十秒ほどアネッサからの攻撃を耐えきったセイヤは、ついに反撃の隙を見つけて攻撃に転じることができた。
といっても、アネッサが防御に弱いというわけではなく、あっさりとその攻撃は躱された。
セイヤもその攻撃が決まるなんてことは欠片も考えていなかったので、すぐに次の攻撃を繰り出し始めた。
二度ほど攻守を入れ替えて、激しい打ち合いが続いていたが、不意にその攻撃が止まった。
「そろそろいいかい?」
不意にそんなことを言ってきたアネッサに、セイヤも疑問に思うことなく頷いた。
「勿論、いつでも構いませんよ」
セイヤがそう答えると、アネッサは見る者が見れば凶悪といわれそうな笑みを浮かべて、再びセイヤに向かっていった。
そのアネッサの動きは、今までとはまったく違うものだった。
まるで、先ほどまでの動きはただの準備運動だと言わんばかりだ。
ただ、セイヤもアネッサの動きにしっかりとついて行っている。
元々何度も模擬戦を繰り返してきたセイヤは、アネッサがこれほどの動きができることをきちんと把握していたのだ。
普通に考えれば、ただの人ができるような動きではないのだが、生憎アネッサはただの人ではない。
一流の仲間入りをしていた傭兵団の副団長を務めるほどの腕があるのだ。
一方で、セイヤはアネッサがどうしてこれほどの動きができるのかを、きちんと考察できていた。
ついでにいえば、いまのセイヤはアネッサと同じ方法を使って動きに転化している。
簡単にいえば、セイヤとアネッサは、魔法の内気法を使って身体能力を強化しているのだ。
ちなみに、アネッサは自分が魔法を使っているなんてことは、まったく考えてもいない。
いまのような動きができるようになるということは、一流になったことの証なので、どちらかといえば魔法なんていう曖昧なものではなく、技術の一種だと考えている。
他の一流と呼ばれる者たちも、同じような認識だろう。
セイヤがこのことに気付いたのは他者の魔力が視れるようになってからのことだが、敢えてそのことは誰にも言っていない。
内気法も魔法の一種であることには変わりはないので、いまはまだ公表するには早いと考えているのであった。
気付かないうちに魔法を使っていたアネッサでした。
そうでなければ、高位のモンスターなんて倒せませんw




