(6)意外な訪問者
セルマイヤー家の王都の屋敷に戻ったセイヤは、予想外のことに戸惑うことになった。
屋敷に入ったとたんに出迎えがあったこと自体は問題ない。
洗礼の儀を家族の者が受けた場合は、お祝いをすることが当然なので、たとえ仲が悪いリゼといえども外聞を考えれば、無視することはできない。
むしろ、外聞のことを考えて、きっちりと出迎えに来ることは予想できていた。
王都にある学園に通っているアーロンとエリーナがいることも予測の範囲内だった。
セイヤが予想外だったのは、エリーナの隣にプルホヴァー公爵令嬢であるクリステルがいたことだ。
問いかけるような視線をエリーナに向けたが、返ってきたのは無言の首ふりだった。
その姉弟のやり取りをしっかりと見ているはずなのに、クリステルはニコニコと笑顔を浮かべているだけだった。
セイヤが後ろにいた両親を振り返ると、ふたりとも驚いていたので、予定にはなかったことは間違いない。
いつまでも驚いていては仕方ないので、挨拶ついでにセイヤはクリステルになぜここにいるのかを問いかけた。
「わざわざ私のお祝いのためにいらしていただきありがとうございます。……ところで、なぜこちらに?」
貴族としては直球すぎるその問いかけに、クリステルは笑顔のまま答えた。
「エリーナからセイヤが今日儀式を受けると聞きましたから。せっかくですから、私も一緒にお祝いさせていただきたいとお願いをしました」
「そ、そうですか」
リーゼラン王国の貴族が洗礼の儀を迎えた家族以外の子をお祝いすることは、さほど珍しいことではない。
ただしそれは、親同士の繋がりがあって、さらに子供同士での繋がりがある場合に限ってだ。
セルマイヤー家とクリステルのプルホヴァー家は、家同士の繋がりが強いとは言えない。
エリーナとクリステルの仲がいいのは、あくまでも個人間のことであって、家同士の繋がりではないのだ。
そのため、以前に屋敷に来たときに挨拶をした程度の関係で、わざわざ洗礼の儀のお祝いに来るというのは、多少違和感がある。
戸惑うような表情を浮かべるセイヤに、クリステルは口元を隠しながらクスクスと笑った。
「そんな不思議そうな顔をしないでください。エリーナが毎日のようにあなたの話をするものですから。せっかくの機会ですし、もう一度お会いしたいと思っていたのです」
そう穏やかに話すクリステルは、以前のようなお転婆なところは影をひそめているように見える。
大人への階段を上り始めている少女らしく、体つきも丸みを帯びてきていて、以前よりも一段と女性としての美しさに磨きがかかっていた。
「は、はあ。そうですか」
そんな答えしか返せなかったセイヤは、少し呆れたような視線をエリーナへと向けた。
エリーナには同腹の兄弟がふたりもいるのに、その二人を差し置いて、なぜ自分の話をするのだという意味を込めている。
セイヤの視線の意味を正確に受け取ったエリーナは、少し慌てたように首を左右に振った。
「クリステル、その言い方は少し卑怯ではないかしら!? わたくしは、貴方がせがむからセイヤの話をしているのよ」
「あら。それは、仕方ないではありませんか。あなたが面白おかしくセイヤのことを話すのですから」
クリステルの答えに、セイヤはエリーナが一体どんな話をクリステルにしているのかと、以前と同じようなことを考えていた。
クリステルの表情を見る限りでは、悪い印象ではなく、好印象を持っているように見える。
ただ、自分の知らないところで、一体どんな話をしているのだと思うのは当然のことだろう。
とはいえ、いまのふたりの会話のお陰で、リゼの態度が変わっている理由には見当をつけることができた。
エリーナは、普段は学園の寮で生活しているとはいえ、時折王都の屋敷に帰って来ることもある。
その際に、クリステルがセイヤに興味を持っていることを知ったのだ。
クリステルは公爵家の三女であるために、対外的に考えても表立ってセイヤを非難することは得策ではないと判断したのだ。
内心はどうであれ、表面上はきっちりと取り繕って見せる実に貴族らしい対応といえるだろう。
そこまで考えたセイヤは、色々な意味でリゼに感心していた。
思考が脇道にそれたことを自覚したセイヤは、すぐに目の前の状況に対処することにした。
そもそもセイヤは、クリステルがいたことに驚いただけで、嫌だというわけではない。
以前もそうだったが、クリステルほどの美人にお祝いされて嬉しくないはずがないのだ。
「そうでしたか。それはともかく、わざわざお祝いに来ていただき、ありがとうございました」
セイヤは、もう一度祝福してくれたことに感謝を述べて、頭を下げた。
エリーナとクリステルの間でどんな会話がなされていたのかは気になるが、それをいまこの場で問うわけにもいかない。
「気になさらないでください。私が好きでしていることですから」
再度のセイヤのお礼に、クリステルは首を軽く左右に振って答えるのであった。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
いつまでも玄関ホールで会話を続けるわけにはいかないと、一同は屋敷の広間へと移動した。
ちなみに、リゼ親子は特にセイヤを見下すことなくきっちりとした挨拶をして、退席している。
折角クリステルがいるということで、以前屋敷に来たときのことを話していたセイヤだったが、ふととあることを思いついてアネッサを見た。
「そういえば、母上。折角の機会ですから、例の件を始めませんか?」
「例の件? ……ああ、あのことか」
敢えて具体的には言わなかったセイヤに、アネッサは首を傾げて一瞬考える様子を見せたが、すぐに何のことか思いついて頷いた。
以前からセイヤは、洗礼の儀を終えてからアネッサとの模擬戦を希望していた。
その模擬戦とは、セイヤが傭兵になるためにアネッサから条件として出されているものだ。
これに勝つことで、アネッサはセイヤが傭兵になることを正式に認めることになる。
既にマグスは半分正式に認めているような状態なので、アネッサから許可をもらえれば、セイヤは表立って傭兵として活動することができる。
ただし、模擬戦自体はいつでもできるので、王都の屋敷で行う必要はない。
セイヤがわざわざこの場で言い出したことには、別の理由がある。
アネッサに頷き返したセイヤは、
「ええ、そのことです。せっかく兄上と姉上がいるのですから、ちょうどいいですよね?」
言外にクリステルがいるのだからという意味も込めて言うと、アネッサは納得の表情になった。
「なるほど、そういうことか。たしかに、いまがちょうどいいかもな。……だが、いいのか? 約束通り、手加減はしないぞ?」
「勿論です。そうでなければ意味がありませんからね」
ニヤリと笑って言ってきたアネッサに、セイヤも笑みを返した。
そんな二人に、マグスがため息をつきながら仲裁した。
「二人とも、こんなところでそんなに殺気を飛ばすな。皆が引いているだろう」
「おや。これは失礼したね」
「すみませんでした」
アネッサとセイヤは、主にクリステルに向かって頭を下げていた。
領地の屋敷にいるときの二人は、好んで戦っていたので家族の皆は慣れているのだが、初めて見るクリステルには多少刺激的だったようで、目を丸くしていた。
ただクリステルは、驚いているだけで引いていたわけではない。
むしろ、エリーナから聞いていた二人の模擬戦を間近で見られるのかと期待していたりもした。
勿論、貴族の令嬢としてその顔は見せないように取り繕っていたのだが。
そんなクリステルに気付かずに、セイヤはこれから始まる模擬戦へと意識を強く向けるのであった。
クリステル襲来!
順調にヒロインとしての地位を高めて行っています。
というのは冗談で、いまはまだ気になる相手、といったところでしょうか。
ちなみに、セイヤは肉体的にはまだ十歳なので、そういう気持ちは一切持っていません。
……いや、十歳だと遅いのか?w
次回は無駄に話を引っ張ったりせずに、アネッサとの模擬戦です。




