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異世界で魔法を覚えて広めよう  作者: 早秋
第1部4章
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(5)得られた文様について

 神の世界から現実世界へと戻ったセイヤは、最後に落とされた爆弾のせいで、表情を変えないようにするのが精一杯だった。

 部屋にいるのがマグスだけであれば、特にそんなことをする必要はないのだが、この場には儀式を担当している司祭もいる。

 儀式を経て喜ぶのならともかく、驚くというのは違和感でしかないだろう。

 セイヤの努力の甲斐があってか、司祭は特に不思議そうに見てきたりはしていなかった。

 それよりも、なにか期待するような視線をセイヤに向けてきている。

 その視線の意味に気付いたセイヤは、ごく自然な感じで右手の甲を見た。

 するとそこには、いくつかの幾何学模様を集めたような複雑な文様が描かれていた。

 儀式をする前はこんなものはなかったので、間違いなくこれが今回の儀式で得ることができた文様ということになる。

 

 セイヤの仕草を見て気が付いたのか、司祭が笑顔になってセイヤを見て来た。

「おお。おめでとうございます。文様を得られたようですな」

 貴族の子供とはいえ、セルマイヤー家にとっては四男でしかないセイヤには、司祭もむやみにへりくだるようなことはしてこなかった。

 もっとも、もともとこういう性格なのかもしれないが、初めて会うセイヤには見極めがつかなかった。

「そうか。セイヤも無事に文様を得たか」

「セイヤ、おめでとう!」

 司祭の言葉に、マグスが満足気な顔になり、アネッサは嬉しそうな表情になっていた。

 ちなみに、セルマイヤー家では、長男であるアーロンをはじめとして何人かがすでに文様を得ているので、これによってお家騒動が起こるということはない。

 

 両親から祝福の言葉を得たセイヤは、ようやく嬉しいという感情が湧いてきて笑顔になった。

「ありがとうございます。……これで、儀式は終わりでしょうか?」

「おお。そうでしたな。まだ宣誓をしておりませんでした。コホン。――これにて洗礼の儀を終わります」

 セイヤが確認の視線を向けると、司祭が最後の締めの言葉を言った。

 これでセイヤにとっての儀式は終わりとなる。

 

 最後の締めの言葉を聞いたマグスは、司祭に向けて小さめの袋を渡していた。

 それを手渡す際に、中から金属がこすれる音が聞こえてきていた。

 当然といえば当然だが、儀式を行ってもらうには金がかかる。

 建前上は「御心付け」となっているが、単純に教会を運営していく資金になるのだ。

 貴族ともなれば、これをケチってしまうと将来にわたって何を言われるか分かったものではない。

 高位の貴族になればなるほど、慈善の意味も込めてそれなりの金額は必要になってくる。

 付け加えると、何回かにわけて纏めて儀式を行う平民は、こうした物は必要ではない。

 勿論、稼ぎのある商人の子などは、個別に儀式を行ってもらうこともあるが、そうした場合は「御心付け」はきちんと払っているのである。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 神殿を出て馬車に入ったマグスは、早速とばかりにセイヤに聞いてきた。

 馬車は動き出していて、すでに教会の敷地を出ている。

「それで? 今度はなにがあったのか、話を聞かせてもらえるのだろうな?」

 やっぱりというべきか、マグスもアネッサもセイヤの態度に違和感を覚えていたらしい。

 アネッサは言葉には出していなかったが、探るような視線をセイヤに向けてきていた。

 

 マグスの言葉に、セイヤはゆっくりと首を左右に振った。

「いえ。ここでは止めておきましょう」

「ここでは? ……それは、馬車の中ではという意味か? それとも領地に戻ってからという意味か?」

 今使っている馬車は、セイヤたちが領地から乗ってきた馬車のため、リゼが普段から使っているものではない。

 ただし、だからといって何を話しても大丈夫というわけではない。

 馬車に限らず、辺境伯という立場上、どこにどんな耳があってもおかしくはないのである。

 

 少しだけ考える様子を見せたセイヤは、ゆっくりとした口調で答えた。

「……領地で、ということにしましょう」

 神々から聞いた話には、セルマイヤー家にとっては非常に重要な内容が含まれていた。

 場合によっては、国内における立場が不安定になりかねないようなこともあるので、領地に戻ってからのほうがいいと判断したのだ。

「…………そうか。セイヤがそういうのなら、そのほうがいいのだろうな」

 セイヤの顔を見て何か感じるものがあったのか、マグスも少しだけ考えてから頷いていた。

 

 

 父と子の話し合いが終わったと察したアネッサが、微妙な雰囲気を察して、話題を変えて来た。

「それで、セイヤが得た文様はどんなのだったんだい? さっきは少ししか見えなかったからね」

 文様は、人によって得たりえなかったりするため、あまり人に見せびらかすようなことはしない。

 ただし、完全に隠してしまえば、それはそれで文様を授けてくれた神を蔑ろにすることになりかねない。

 そこで、聞かれたらきちんと答える、あるいは隠すことなく見えるようにしておくということが必要になるのだ。

 なんとも面倒な慣習だが、その理由には納得できるものがあるので、セイヤもそれに従っていた。

 

 あまり親しくない人物に対してはそれで十分なのだが、親しい者たちにはきちんと見せることもある。

 とはいえ、いかに親しい間柄とはいえ、神に対する失礼に当たるため、無理に文様を見ることはしない。

 そのためセイヤは、特に抵抗することなく、アネッサに右手をスッと差し出した。

「ああ、やっぱり、あたしとまったく同じ文様だね」

「ほう、そうなのか? ということは、私と同じなのだな」

 セイヤはここで初めて両親が同じ文様を持っていることを両親の口から聞いた。

 今まで聞いていなかったのは、生活するうえで特に必要ではなかったためだ。

 ただし、神から話を聞いた今となっては、それがとても重要な意味を持っていることがわかる。

 だが、それはいま言うべきことではないと、先ほどマグスに答えたばかりなので、それに関してはなにも言わなかった。

 

 代わりにセイヤは、別のことを口にした。

「そうですか。ふたりとも領地のために頑張っているのですから、リムセルマ神の文様を得るのも当然なのでしょうね」

 順番的には逆なのだが、それでもふたりが領地のために頑張っているのは間違いないことだ。

 セイヤとしては無難なことを言ったつもりだったのだが、その言葉にマグスとアネッサが驚いた顔になっていた。

「この文様は、リムセルマのものだったのかい?」

「セイヤは、文様が誰のものかわかっていたのか?」

 ほぼ同時にいわれた言葉に、問われたセイヤは逆に目を丸くした。

「ふたりとも知らなかったのですか?」

 

 セイヤの問いに、マグスとアネッサは同時に頷いた。

「あたしは知らなかったよ。そもそも文様を得たのは、皆と混ざっての儀式でだったしね」

「ああ、私も聞いたことはないな」

「そうでしたか。母上はともかく、父上は知っていると思っていました」

 そのセイヤの言葉に、マグスは不思議そうな顔になった。

「そうなのか? なぜ私が知っていると?」

「いえ、単に領地を司っている神の文様なので、領主にはそうした資料もあるのかと」

「ああ、なるほど。だが、残念ながら私は知らなかったな。少なくとも父上からそういう話を聞いたことはない」

「……そうでしたか」

 マグスの答えに、セイヤは一瞬だけ間をあけてから素直に頷いた。

 幸いにもその一瞬のにはマグスもアネッサも気付かなかったようで、そのまま別の話へと流れて行くのであった。

なにやら含みのある会話になっていますが、はっきりしたことは領地に帰ってからになります。

今章の間にきちんと出てきますので、しばらくお待ちください。

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