(3)洗礼の儀
セイヤが王都について三日後。
ようやく神殿の予約が取れたため、セイヤの洗礼の儀を行うことになった。
いくら国内で立場が強い辺境伯家とはいえ、強引に他の予約に割り込んでしまえば、容赦なく評判は落ちて行く。
また、マグスもそんなことをする性格ではないので、それだけの日数を待つことになったのだ。
もっとも、セイヤとしても王都でやれることはいっぱいあるので(主に王都散策)、まったく問題はないのだが。
王都にある神殿は、さすがに一国の守護神を祀っているだけあって、フェイルの街に神殿よりも規模が大きかった。
建物自体もひとつだけではなく、神官たちが修行を行うためだけの建物もあったりする。
勿論、そういう場所は、一般人は立ち入り禁止のため、たとえ興味があってもセイヤには入ることができないのだが。
そうした建物を十歳という立場(?)を利用して、セイヤはチロチロと横目で見ながら、案内されるまま儀式を行う建物に入った。
その建物は、一般の者たちが普段から礼拝を行うよう所ではなく、貴族の子弟たちが儀式を行うために用意されている場所だ。
それだけ王都で儀式を望むものが多いので、逆に建物を一つ用意する必要があるのである。
ちなみに、この建物自体は過去に王国から寄贈されたものだったりする。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
セイヤは、誕生の儀の時と同じように祈りの姿勢になって、司祭が唱える祝詞を待った。
目の前の司祭が祝詞を唱えると、以前に見たことがあるような光が見えて来た。
そして、その光が消えると、いつぞやと同じようにセイヤの目の前に神が立っていた。
ただ、その姿を見たセイヤは、懐かしいと思うよりも前に、戸惑っていた。
なぜなら、その場には以前に会った老人の神以外に、他にふたりの女性が立っていたのだ。
ふたりのうちひとりは、女性と呼んでいいのか分からないくらいに背が小さかったりした。
「あーっ! いま、失礼なこと考えてる!」
声には出していなかったのに、鋭すぎる指摘が飛んできて、セイヤは思わず内心でギクリとしていた。
だが、それさえも見抜いたように、その少女――もとい、女性はセイヤを指さして、
「ほら、やっぱり!」
「リーゼ、少し落ち着きなさい」
「でも、セルマお姉様!」
小さな方の女性をリーゼと呼んだ大人な女性は、小さな女性を宥めながらセイヤを見た。
「セイヤ、ごめんなさいね。リーゼは背が小さいことを気にしているものだから……。勝手に心を読んでおいて、それはないでしょうにね」
「ああ、いえ……」
やっぱり心を読まれていたのかと思ったセイヤだったが、なぜかそれでも別にいいかと思ってしまった。
そもそもこの場にいる以上、ふたりがどういう立場にいるのかは、察することができる。
ふたりのやり取りを苦笑しながら見ていた老人が、セイヤに視線を向けて来た。
「久しぶりだの、セイヤ君」
「はい。ご無沙汰しておりました」
どう見ても三人の中で一番偉そうな老人の挨拶に、セイヤは丁寧に頭を下げた。
老人が話し出すと、リーゼもセルマもピタリと口を閉ざしている。
「うむ。元気そうで何よりじゃ」
セイヤの挨拶に、老人は笑いながらそう答えて来た。
「それで、早速なのじゃがな、セイヤ君」
「はい」
「其方、吾が渡した世界に、別の者が入れるようにならないかと考えておったじゃろう?」
老人が渡した世界というのは、勿論セイヤが魔法の訓練のために使っている別世界のことだ。
ちなみに最近のセイヤは、面倒なので単純に「遊び場」とだけ呼ぶようになっている。
「そうそう。その遊び場じゃが、其方の希望通りにしておいたぞ。他にもいくつか機能が追加されているからあとで確認しておくとよい」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
派手な魔法を訓練するには、どうしても周囲に気を使うことになる。
ばれないようにするためには、やはり遊び場で訓練できるのが一番いいのだ。
マリーに魔法を教えているセイヤにとっては、いま一番欲しい機能だった。
老人と話をしながらも、セイヤはふたりの女性に視線を向けていた。
それに気付いた老人は、思い出したかのようにふたりに視線を向けた。
「ああ、そうじゃったの。先にこのふたりの紹介をすべきじゃった。こっちのちっこいのがヘムクトリーゼで、こっちの大きいのがリムセルマじゃ」
そのあまりにもあまりな紹介の仕方に、リーゼは憮然とした表情になり、セルマは額に手を当てた。
ちなみに、それぞれ小さいのと大きいのが決して背だけではないことを、セイヤはしっかりと確認している。
さらにいえば、セルマの背の高さは見た感じでさほど高いというわけではなくごく平均的な身長だ。
リーゼがあまりにも小さ――――。
「セ、イ、ヤぁー!」
セイヤが余計なことを考えていたら、リーゼから怒りの言葉が飛んできた。
そのリーゼの頭をなでながらセルマが宥めている。
どうやら、ふたりの関係は普段からこんな感じのようだった。
なんとなく見ていて楽しくなったセイヤだが、それを顔には出さないようにしながら問いかけた。
「それで、リーゼラン王国の守護神と従属神とお見受けいたしますが、私にどのような用件でしょうか?」
自分の怒りをわざと無視して丁寧に言ってきたセイヤに、リーゼはなぜか微妙な顔になった。
「なんか、あんたにそういう態度を取られると、調子が狂うわね」
「リーゼ、あなたは……」
リーゼに呆れたような視線を向けたセルマが、改めてセイヤを見た。
「いくつか直接会ってお話ししたいことがあるのですが、主な目的は儀式です」
「儀式? あ、文様ですか?」
そもそもセイヤがこの場にいるのは、洗礼の儀を行っていたためだ。
セイヤに洗礼の儀の際に授けられる文様を与えることが、この場に呼んだ本来の目的だ。
ただし、洗礼の儀で得られる文様は、全員が神に呼ばれて授けられるわけではない。
といよりも、わざわざ神が前に現れること自体が稀である。
「そうね。でも、文様を与えること自体もそうですが、セイヤには知っておいてもらいたいことがあるのです」
「知ってほしいこと?」
何のことがわからずに首を傾げるセイヤに、セルマが頷きつつ説明を始めた。
洗礼の儀のときに得られる文様は、神の守護を得られるということで間違いではない。
ただし、その守護というのは、目に見える形で現れるわけではない、といわれている。
だが、それは間違いなのだ。
そもそも昔から、文様を得られてから体が軽くなったとか、病気がしにくくなったという話は出ていた。
だが、それはあくまでも文様を得られたことによる気の持ちようで変わっただけだと言われているのだ。
ところが、それは実際には間違いで、とある効果が出ているために、そういう現象が出ているのである。
そこまで話を聞いたセイヤは、それがなにか思い当たることがあった。
「…………もしかしなくても、魔力が関わっていますか?」
「そうなのよ。具体的には、魔力の制御がやりやすくなるのよ」
セイヤの言葉に、セルマが頷いた。
この世界では、魔法や魔力の存在は認められていないが、無意識のうちに使っている者たちは多くいる。
その中には洗礼の儀式を得る前に使えるようになっている者がいて、そうした者たちが直感的に動きやすくなっていると感じ取っていたのだ。
「ということは、基本的には内気法を使っている者たちでしょうか?」
「そういうことね」
内気法であれば、無意識のうちに魔法を使っていても分からないことはあり得るだろうと考えてのセイヤの言葉に、セルマが再び頷いた。
文様の意外な効果を知ることができたセイヤだった。
だが、セルマの話はそれだけでは終わらなかったのである。
儀式で得られる文様の意味を知ったセイヤでした。
神様たちとの話し合いは、まだ続きます。




