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異世界で魔法を覚えて広めよう  作者: 早秋
第1部3章
33/177

(10)お別れと報酬

いつもより少しだけ長めです。

 アヒムとボーナから話を聞いたセイヤは、すぐにマグスにその内容を伝えたが、特に何かをするでもなく様子をみようということになった。

 セルマイヤー家としては、スラムのことを知られても問題はない――というよりも、歴代の当主が行ってきたことなので、知っている貴族は知っているという事柄なのだ。

 スラムのことなどどうでもいいと考えている貴族たちにはまったく意味のない施策なので、大した影響があるわけでもない。

 クリステルがフェイルの街にあるスラムを見て、何をどう考えたのかは分からないが、それはセイヤたちにとってはあまり関係のないことである。

 というわけで、セイヤとマグスは何事もなかったかのように、その後もクリステルと接触することになったのだ。

 そもそもクリステルは、セイヤの姉であるエリーナに会いに来たのであって、セイヤとの接点は少ない。

 初日にいきなりお茶会に呼ばれたことの方が、異例だったのだ。

 そんなわけで、セイヤにとってはクリステルが時折街に出ているときに気付かれないように様子を見る以外は特に接点もなく、クリステルは予定していた滞在日数を終えたのである。

 

(ハア。結局、初日以降、まともに話もできませんでしたね)

 用意された室内で、帰宅の準備を終えたクリステルは、内心でため息をつくとともにそんなことを考えていた。

 誰のことかといえば、勿論(?)セイヤのことである。

 最初のお茶会への呼び出しは、エリーナがあまりにも自慢するのでという適当な理由をつけることができた。

 だが、二回目以降は適当な理由が思いつかず、結局間近で長い時間話すことは叶わなかった。

 五日間の滞在でセイヤと話せたのは、最初のお茶会以外では、食事のときかたまたま屋敷内ですれ違ったときに挨拶をしたとき位である。


 ネネなどは、理由などそれこそ適当にでっち上げて会えばいいのではと言っていたが、なぜかそんなことをする気にはなれなかったのだ。

 どうせ会うのであればきちんとした理由をつけて会いたいと思ってしまった自分の気持ちに、クリステルは気付いていない。

 ただし、その気持ちが恋だの愛だのにまで発展しているわけではない。

 もっとも、そんなことを考えている時点でそうじゃないかという意見もありそうで、ネネもそう考えているからこそ、その件に関しては敢えてそれ以上は何も言わずに、放っておいたのだ。

 つまりは、クリステルに取ってのセイヤの存在は、今はまだ「初めて眼のことをほめてくれた珍しい人」どまりなのだった。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 セルマイヤー辺境伯の屋敷の前に数台の馬車が止まっていた。

 勿論それは、公爵令嬢であるクリステルが公爵領へと戻るための馬車だ。

 公爵令嬢ともなれば、気軽な旅といっても一台の馬車で済ませるわけにはいかない。

 道中の着替えなどもそうだが、そんなものよりも護衛の数が必要になるためだ。

 

 旅に向けての準備が整えられる中で、一行の中心であるクリステルは、辺境伯家の面々と対面していた。

「セルマイヤー辺境伯、このたびは手厚い歓迎をしていただき、ありがとうございました」

「うむ。公爵の許可が取れるのであれば、またいつでもくると良い」

 初日の騒動はともかく、その後の行動はマグスにとっても許容できる範囲であった。

 なにしろ、現在の辺境伯家には、セイヤという問題児(?)が存在しているのだ。

 お嬢様が街に御しのびで繰り出すことくらいは、大した問題ではない。

 

 マグスに「ありがとうございます」と頭を下げたクリステルは、続いてエリーナに視線を向けた。

 本来であれば辺境伯の第一夫人に挨拶をすることになるのだが、今回は建前上屋敷に招いたのがエリーナということになっているので、エリーナが先になる。

「エリーナ。今度はあなたが我が家に来てくださいね」

「ありがとうございます。是非、行かせてもらいます」

 エリーナは、笑顔になりながらそう言って頷いた。

 勿論、あっさりとそう返事ができるのは、すでにそれぞれの保護者に許可が取れているためだ。

 というよりも、エリーナが公爵家を訪ねやすくするために、今回のクリステルの辺境伯家訪問が実現したと言ってもいい。

 

 そのあとクリステルは、第一夫人から始まって次々に辺境伯の者たちに挨拶をしていった。

 そして、セイヤの番が来たときに、クリステルはこんなことを言ってきた。

「セイヤ、もしよろしければ、あなたも我が家にいらしてください。……お姉様と一緒に」

「えっ!? あ、はい。機会があれば是非に」

 突然の誘いに、セイヤは驚きのあまりそう答えることしかできなかった。

 いくらセルマイヤー辺境伯家が通常と違って立場があるとはいえ、簡単に公爵家に行けるはずもない。

 先ほどのエリーナの返事は、最初から許可が取れていることがわかっているからこそのものだ。

 ましてや、第二夫人の息子とはいえ、元傭兵でしかないアネッサの子供であるセイヤが、そうそう簡単に公爵家訪問の許可を取れるとは思えなかったのだ。

 

 だが、内心で戸惑うセイヤを余所に、クリステルは嬉しそうに笑顔を浮かべたあとに、あとの挨拶を続けた。

 といっても、セイヤへの挨拶が終われば、あとは第一夫人の次女であるサラと、マリーしか残っていない。

 その二人には無難な受け答えをしたクリステルは、最後に締めの挨拶をした。

「この五日間、皆様には大変お世話になりました。お陰様で、大変気持ちよく過ごすことができました。ありがとうございます」

「うむ。クリステル様は道中無事に過ごされますように」

 最後にマグスがそう答えると、クリステルは頷きながら自分が乗るべき馬車へと乗り込んだ。

 

 クリステルが馬車に乗ると、その一団はゆっくりと歩みを進め始めた。

 当然のように、クリステルが乗っている馬車は、ちょうど真ん中あたり(・・・)に来るように配置されている。

 そして、セルマイヤー一家のクリステルのお見送りは、馬車の一団が屋敷の敷地内を超えるまで続いたのである。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 見送りの後、セイヤはすぐに部屋に戻るわけではなく、マグスに呼び出されていた。

「やれやれ。どうにかやり過ごすことができたな」

「そうですね。むしろ構えていたよりも大人しかったと思います」

「そうだな」

 セイヤとマグスはこんなことを言っているが、実際には大人しかったとは言い難い。

 なにしろ、スラム訪問は一度しかなかったとはいえ、屋敷を抜け出しての街の探索は二度ほどあったのだから。

 

「それよりも父上、要件はなんでしょう? 愚痴を言うために呼んだわけではないですよね?」

「当たり前だ。お前は父を何だと思っているんだ。……ああ、いや。答えなくていい」

 スッキリきっぱりと、親バカと答えようとしていたセイヤだったが、その前に本人から阻まれてしまった。

 わざとらしく残念そうな表情をしたセイヤに、マグスはフンと鼻を鳴らして続けた。

「要件は、ふたつある。まずひとつめだが、マリーについてのいい案が思いついたぞ」

「おや。さすが父上ですね。どうするおつもりですか?」

 自分では思いつかなかった案をあっさりと思いついたマグスに、セイヤはきちんと感心していた。

 

 珍しく(?)直接褒めて来た息子に、マグスは少しばかり誇らしげな顔になった。

「思い付けば簡単なことだったのだがな。お前をマリーの教師にすればいいだろう」

「え、いや、それは…………ああ、なるほど。確かにそれはありですね」

 思ってもいなかったマグスの提案に、セイヤは一瞬驚いたあとで、納得の表情になった。

 

 この場合の教師というのは、魔法についてのことではない。

 ごく普通の歴史だったり計算だったりの教師のことだ。

 まだマリーは文字が読めないので、そこから教えることになるだろう。

 教えるのが八歳のセイヤということが問題だが、別に絶対に駄目という法律があるわけではない。

 兄妹としてのお遊びの一貫としても言い訳ができる。

 さらにこの場合の利点は、本格的に授業をするとなると、件の侍女を追い出すことができる。

 勉強している最中にふたりの侍女は必要ないので、エーヴァがいれば十分と言うことができるのだ。

 多少怪しまれたりはするだろうが、当主であるマグスの命となれば、例え第三夫人であるリゼも文句を言うことはできないだろう。

 

 そこまで考えたセイヤは、頷きながらマグスに視線を向けた。

「その件に関してはそれでいいと思います。それで? 二つ目は?」

「クリステル嬢の護衛の報酬についてだ」

「ああ、そういえばそんなことも言っていましたね」

 セイヤの台詞は、傭兵としては失格ものだが、そもそも相手がマグスだけに過大な期待はしていなかった。

 これは別に、マグスがケチだとかそういうわけではなく、単に思ったよりも楽に終わったので大したことにはならないだろうと考えていたのだ。

 

 ところがマグスは、そのセイヤの予想を裏切ることを言ってきた。

「お前が十歳の儀式を超えたあとであれば、領内に限って傭兵として活動することを認める」

「えっ!? 本当ですか?」

「ああ、本当だ」

 マグスの言葉に、セイヤは本気で驚いていた。

 

 そもそもマグスはセイヤが傭兵になる条件として、学園を卒業することを上げていた。

 だからこそセイヤも、あまり目立たないようにこそこそとモンスターの討伐に出たりしていたのである。

「だが、別に例の条件が無くなったわけではない。学園には必ず行ってもらうからな」

「ええ、それは勿論ですが……本当にいいのですね?」

「ああ、構わない。ただし、魔法に関しては、まだ表に出すなよ?」

「はい。それはわかっています」

 追加されたその条件に、セイヤはごく当たり前のことだと頷いた。

 さすがにまだ魔法のことを世に広めるには早すぎる。

 だからこそ、セイヤも細心の注意を払って行動しているのである。

 

 マグスから予想外の報酬を得たセイヤは、その日はルンルン気分でマリーへの教育計画を立て始めた。

 結局のところセイヤは、誰かにものを教えるということを、根っから楽しむ性格なのであった。

だからこそ、神はセイヤを転生者として選んだのである。


――というところでしょうか?w

これで次の章に行きますが、セイヤの年齢は十歳になります。

マリーへの教育は省きます。しばらくは文字を教えるくらいですし、なにを教えていたかは次の話で触れますから。

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